第91話

 それから2週間後の金曜日、


「付いてきなさい、殴り込みに行くわ。信じていた私が馬鹿だった」


 ソロ配信を終えたばかりの俺の部屋に入ってきた宮崎さんは憤怒の表情をしていた。


「えっと、どこに?何を?」


 宮崎さんが怒っている理由も殴り込みに行く相手も全く分からないので、一旦事情を聞こうと試みた。


「私があなたを連れて殴り込みに行くとしたらあの女しかないでしょう。レンガの所よ」


「え?」


 まさかドタキャン?突然曲が作れませんとか言って投げ出された?あの真面目そうな人が?


「とにかく行くわよ」


 しかし宮崎さんが理由を説明してくれるわけもなく、何も分からないままレンガさんの家へと連行された。



「でっか……」


 そして連れてこられたのは都内のタワマンだった。タワマンに詳しくないのでよくわからないが、5千万とかでは済まなさそうなレベルの大きさと高級感だった。


 流石超人気ボカロPだ。スケールが違う。やはり印税というものは凄まじいのだろう。


「入るわよ」


 そんなでかい建物に一切怯むことなくいつも通りの調子で中に入り、レンガさんの部屋番号をインターホンに入力していた。


『はい』


「宮崎よ。入れなさい」


『はい』


 エントランスを開錠してもらった俺たちは中に入り、これまた立派なエレベーターの中に入った。


「ねえ宮崎さん。凄まじくないこれ?」


「歌ってみた界隈の頂点に立つボカロPならこの程度当然よ。ボカロPが居なければ歌い手は廃業なんだから」


「そこが理由なの……?」


 いや、人気アニメの主題歌を作っているとか、超人気音ゲーに曲を提供しているからとかそっちの方がお金稼げる理由なんじゃない?


「ええ。歌い手に曲を提供したという事実が何よりも金持ちの秘訣よ。どう?あなたもならない?」


「いや、良いです……」


 そんな宗教みたいな勧誘されても俺音楽に一切詳しくないので……


「あら、まだ早かったみたいね。やはり飛び級は目指さず順当にレベルを上げていくべきね」


「飛び級?」


「ええ。歌い手にはレベルが10段階あるのよ。レベル1は人生で歌ってみたを投稿したこと。レベル2は1万再生以上の歌ってみたを所持している事。レベル3が自分で歌ってみたのMIXが出来るようになること。レベル4が誰かに作詞作曲をお願いしたオリジナル曲を持っている事。レベル5は100万再生を超える歌ってみたを所持している事。レベル6が自身で作詞作曲したオリジナル曲を持つこと。レベル7は……っと、到着したわね。あの女の部屋に行くわよ」


「……」


 歌い手に存在する10段階のレベルという見たことも聞いたことも無い謎の話を途中で切り上げた宮崎さんはエレベーターを降り、レンガさんの部屋のインターホンを一切の迷いなく連打していた。


 宮崎さん、レンガさんって凄い人なんだよね……?そして前の顔合わせが初対面なんでしょ……?


「宮崎さん、よく来てくださいました。お入りください」


 そんなあまりにもヤバい態度を取っている宮崎さんをレンガさんは笑顔で出迎えた。


 ってか自宅でもこの人スーツなんだ……


「お邪魔します」


「ではこちらへ」


 そして俺たちはリビングではなく客間のような部屋に案内された。流石にUNIONの事務所の会議室や応接室程の大きさは無いが、大学生が一人暮らしする一般的な部屋広さの客間を個人で持ち合わせているのはかなり凄いことだと思う。


「では早速ですが宮崎さん。どうされましたか?」


 全員が席に座ったタイミングで、レンガさんが早速本題に入った。


「どうかされましたかじゃないわ。あなたが作った曲に文句を付けに来たのよ」


「文句、ですか?あの曲は私の中でもトップクラスの出来だと自負しているのですが。要望にも沿っていますし」


 イライラしている宮崎さんに対して、レンガさんは何故かニヤニヤしていた。


「そうね。私の要望は『九重ヤイバと雛菊アスカの声と歌唱力を最大限に活かせる曲』だけだったものね。それさえ達成されるのであればどんな曲でも良いといったわ。ロックであろうが、演歌であろうが、歌詞が全てアラビア語だろうが構わないと」


「そうですよね?だから私はその条件を踏まえた最高の曲を作らせていただきました。だから問題は無い筈ですが?」


「そうだけども……」


 どうやら宮崎さんはレンガさんに殆ど条件を付けない状態で依頼した結果、レンガさんがあまりにも好き勝手に曲を作ったことで怒っているらしい。


 ……これって宮崎さんが悪くない?


 こういう依頼の時って自分たちの要望を細かく伝えていかないと……


「というわけで宮崎さん。諦めてこの曲を投稿してくださいね。そこまでが契約ですから」


「くっ……」


 宮崎さんは突きつけられた契約書の書面を見て悔しそうに机をたたいた。

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