第90話

 超人気ボカロPの筈のレンガさんは歌が下手だったのだ。


 ボカロPという人種は大体歌唱力が高く、セルフカバーでも好評である。それは音楽への造詣が深いことが要因のため、人気なボカロPであれば全員が当てはまるものだと思っていたのだが、そうでは無かったらしい。


 それを自覚していたのか、カラオケから出た後レンガさんは申し訳なさそうに謝罪していた。


「いえ。あれはあれで良かったです!是非また聞かせてください!」


「え……?ごめんなさい……」


 本気でまた歌って欲しいと願うアスカはレンガさんの手を握り、その熱い思いを伝えていた。


 まさかそんな反応をされると思っていなかったレンガさんは驚きつつも、申し訳なさそうに謝っていた。


 多分レンガさん、社交辞令で言われていると思っているな。


「レンガさん。アスカは割と本気で歌を聞きたいと思っているんだと思いますよ」


「どうしてですか?」


「多分レンガさんの歌声が好みだからだと思いますよ」


 確かにレンガさんの歌は下手だった。ただ、声は良かった。


 レンガさんの低音で落ち着いたクールな女性ボイスはアスカに突き刺さったのだろう。


 アスカはカッコいい声が大好きだからな。


「はい!だからもっと聞かせてください!!Vtuberじゃあ摂取できないんです!!!」


「そういうことだったんですね。期待に沿えるように練習しておきますね……」


「いえいえ、そこまでしてもらわなくても!!!!」


 まさか自主練までしてくれると思っていなかったアスカは全力で制止した。


「いえ。音楽で食べているものとして、求められているものは最善の状態でお見せしたいので。これはただのプライドです」


「レンガさん……!!!」


 恐らくアスカは歌ではなくて本業に時間を割いてくださいと言う予定だったのだろうが、レンガさんのあまりにカッコいい返答のせいか、感激してレンガさんに抱き着いていた。


「えっと……?」


 突然抱き着かれて状況が分からないレンガさんはまた歌を聞かせろと言われた時以上に困惑していた。


「アスカの発作です。抱き着かれるのが嫌であれば引き剥がしますが、どうします?」


「別に嫌では無いので大丈夫ですよ」


「そうですか。すみませんね」


「いえ、私の歌をここまで気に入っていただけるのは人生で初めてで。とても嬉しかったです」


「それは良かったです」


「では解散しましょうか。お陰様で曲のアイディアも湧きましたし」


「はい。今後も何かありましたらお二人を気軽に呼んでください。大雨でも台風でも指定の場所にすぐさま向かわせますので」


「あの?」


「良いじゃない。あなたもアスカさんも学校の時間以外は別に何もないでしょう?」


「俺たちVtuberだから配信をしているんですが?」


「配信なんていつでも出来るじゃない。曲の方が大事でしょ?」


「さも当然みたいに言っているけど、Vtuberの本業は配信なんだよ?あなたも同じVtuberだから分かるよね?」


 何を言っているんだこの人は。突然配信をキャンセルしたらファンがどう思うと思っているんだよ。


「動画が本業の人だっているわ」


「それはそうだけど!俺たちは配信が本業でしょ……」


「別に配信なんて直前でキャンセルしたところで何も言われないわよ。私、1時間前に廃威信をキャンセルするって報告することが度々あるけど、ファン達は怒らないし頑張ってくださいと応援してくれるわよ」


「この人は……」


 歌の為にVtuberになった人に聞くんじゃなかった。絶対ファンがこういう人だからって諦めているだけでしょ。


「ってことでよろしくお願いします」


「本当に何かあった時は連絡させていただきますね。お気遣いありがとうございます」


「はい、それでは。じゃあアスカ、そろそろ離れて」


 そう言って俺は未だレンガさんに抱き着いていたアスカを引き剥がした。


「あっ……」


「あっじゃないよ。そろそろ解散しないと。レンガさんも暇じゃないんだよ。それに、アスカは今日の夜メン限配信するんでしょ?準備しなくて大丈夫なの?」


「そうだった」


「ってわけでまた今度よろしくお願いします」


「はい、ありがとうございます」


「レンガさんが作る曲、楽しみにしていますね」


「また今度カラオケに行きましょうね!!!!!!」


 そして俺たちは解散し、それぞれ帰路に就いた。

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