第36話

「ねえヤイバくん。これについてどう思う?」


 初手で尋ねてきたのはアゼリアハル。意外な所から話しかけられたが、FPSといえばこの中だと俺か奏多が思いついて当然か。


「そうだな。とても好きだぞ」


「ふむふむ。なるほど、ありがとう!」


 俺の話を聞いたハルは何故か満足そうに頷いている。そして葵も。


 なるほど。俺が味方だと確信してくれたみたいだな。


「人がやっているのって見る?例えばながめちゃんのとか!」


 とリラに聞かれた。なんでそんなに楽しそうなんだ。


「ながめのは何個か見たな。ここにいる他の奴だと奏多のも見たことがあるぞ」


 一応チームを組むから強みを把握しておきたいという名目で配信を見たんだよな。実際はこいつが羽柴葵かどうかを確認するためだったが。


「うんうん、最高だね。ごちそうさまです!」


「何がだよ」


 コラボ相手の配信を見ることのどこに最高な要素があったんだ。


「全てがに決まってるじゃん」


「ひゅーひゅー」


「てぇてぇなあ」


「わけがわからん。そしてタツマキとハヤサカ、冷やかすな。大したことじゃないだろ」


「いやあヤイバくんにあれを見られているとは思わなかったよ。恥ずかしいなあ」


「照れる要素無いだろ。上手いんだからもっと堂々としろ」


「キャー!!」


「光、キャーじゃねえよキャーじゃ。普通のことじゃねえか。そもそも何故お前が叫んでるんだ」


 せめて奏多が叫べ。


「ねえねえヤイバくん、アスカちゃんとのアレはどう思ってるの?」


 聞き方的にFPSのコラボか。


「またハルか。アスカとはしつこすぎるアプローチさえなければ純粋に楽しいぞ」


 俺の事をよく分かってくれているからコンビネーションも取りやすいんだよな。


 樹より上手いかと言われれば怪しいが、動きやすさとなるとワンチャンアスカの方に軍配が上がる。


「なるほどなるほど。それは良いことを聞かせていただきました」


「じゃあ次は私!ヤイバ君は——」


 それから時間制限までひたすら俺は質問責めを受けた。


 正直滅茶苦茶疲れた。俺に聞いて周りの反応を見て当てようとしているのかもしれんが、流石に疲れるわ。




『というわけで開票です!九重ヤイバさん9票、水晶ながめさん1票でした。九重ヤイバさん、お題は何でしたか?』


 なるほどな。俺だけお題が違うからあんなに質問されていたのか。でも俺の初手の回答であんなに分かるものか?


「【FPS】だった」


『というわけで多数派【ASMR】の勝利です!!!』


「ASMR?」


『はい』


「いやあヤイバくん、まさかながめちゃんと奏多くんのASMRを常用しているとはねえ」


「それにあの配信、アスカちゃんに弱みでも握られていたのかなって思ったけど自分からノリノリでやったんだね。次回も期待できるみたいで嬉しいよ」


「悪いけど僕は女の子が恋愛対象だから……」


 こいつら嵌めやがったな……


「お前ら!俺はFPSの話をしていただけだ!断じてASMRの話をしていたわけではない!」


『本当ですか?実は分かってたんじゃないですか?』


 平原まで……


「おい!MCまでふざけたことを言うな!」


 円滑に回すことが仕事だろうが。仕事に専念しろ。


「というわけでこれから始まるアキバVtuber祭、楽しんでいってくださいね」


「勝手に終わらせんな奏多!」


 そんな俺の叫びも空しく、オープニングイベントは終了となった。


「お疲れ様でした~!これからは事前に渡してあるプログラムを元に移動してください!」


「ふう、終わったか」


 俺はヘッドホンを置き、一息ついた。


 最後のせいで評判が若干落ちた気もするが、リアルイベントに来る人の数なんて登録者の1割にも満たない。


 つまり配信で話さなければ全て問題ない。良し、切り替えて次に行こう。


 確か次はアナウンス係だったな。


 俺は葵が出て行ったのを確認してから部屋を出て放送室へと向かった。


「ではよろしくお願いしますね。これが大まかな台本で、そこの画面から会場の様子が見れます」


「ああ、分かった」


 構内アナウンスは別に録音でも良かった気もするのだが、運営曰く折角会場に来てもらっているんだし生で話してほしいとのこと。


 まあ別に大した負担では無いし、今日一日はこのイベントだけで終わるので暇つぶしに丁度いい。


 それに楽屋で待機していたら葵に遭遇する確率も上がるしな。



「お前ら、ひとまず来てくれてありがとう。今回の祭を存分に楽しんでくれ。基本的には何をしようと自由なんだが、何個か注意事項がある。まあ別に常識の範囲内でしかないからあまり気構えないでくれ」


「まずは人が多いので走らない事。それぞれのプログラムに時間があり、物販も個数に限りがあるのは事実。しかし、急がなくても大丈夫なように時間は組まれている。そして次は——」


 それから俺は台本に乗っていた注意事項を読み上げた。


 基本的にアナウンス系は誰も聞いていないことが多いのだが、意外にもかなりの人数が真面目に聞いてくれた。


 中には俺のアナウンスを録音しようとしている奴まで居るほどだった。


 それからは物販にある商品の紹介やイベント開始のアナウンス、果ては会場付近にある美味しい飯屋等、重要なものから限りなくどうでも良いものまで適当に話して過ごした。


「ありがとうございました~!」


「ああ、お疲れ様」


 そして1時間が経ち、アナウンスの仕事は終了した。


 次の時間は何も無いのでそのまま楽屋に戻った。


「お疲れ様、ヤイバ君」


 楽屋に戻ると、秋村ヘストが居た。

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