第13話

「あ、えーっと……」


 咄嗟に出た適当な名前だろうから葵の脳内声優検索に引っ掛かるわけも無く。


 存在しない声優をひたすらに脳をフル回転させることで捻りだそうとしている。


 流石にあそこまで杜撰な誤魔化し方に反省をしてもらいたいので俺はしばらく様子を見守ることにした。


「うーん……」


「あ!清水翔って言って、戦国のヴァルキュリアってアニメの主人公のカイル・ギャラクシーって子をやってた人なんだ!」


 あ!じゃねえよ。今思いつきましたって見え見えだぞお前。しかもしずかじゃないじゃねえか。


「知らないアニメだね。調べてみる」


 スマホで検索をかけて見ると、本当にあった。よくこんなアニメ知っていたな。


 放送されてたの10年前だぞこれ。それも深夜帯だから当時の葵が見ているわけないし。


 まあ頑張ったからこいつはスルーしてやろう。


「じゃあこれなんだけど……」


 それからしばらく、ゆめなまについての知識を蓄えつつガバる葵を見て楽しんでいた。


 布教慣れしているので説明は上手いんだけれど、ちょくちょく仕事とか先輩ってワードが出そうになったり、同僚じゃなければ絶対出ないような裏話にしか聞こえない話をそのままぽろっと言っていたりしていた。


 ここまで来ると配信活動中に自分の本名をそのまま言ってしまいそうな雰囲気があるのだけれど大丈夫なのだろうか。


「じゃあ最後にこの子をお願いしても良いかな?」


 だがそれで終わりではない。本命はこいつ、水晶ながめだ。


 自分の事をまるで他人のように紹介する。しかもバレたくないであろう相手に。


 さて、どう出る?


「えっと、水晶ながめちゃんは占い好きの女子高生だね。ここに乗っているのは3Dだから違うけど、配信では基本的に水晶を両手に持っている。ここまでは知っているよね?」


 アレ?変だな。やけに冷静だ。なんなら他のメンバー紹介よりも落ち着いているというか。普段の葵そのものだった。


「うん。九重ヤイバとのコラボで見たから。それに樹に何回か配信を見せられたこともあったしね」


「可愛らしい声と素直な性格が何よりの魅力で、日々の生活に疲れた視聴者の癒しになっているんだ。ただ癒しとしてそこにあるだけじゃなくて、お悩み相談室もやっているんだ。まだ女子高生だから必ずしもいいアドバイスになるとは限らないけれど、一生懸命に考えてくれるから一度相談を送ってみると良いよ」


 なるほど。なんでここまで落ち着いていたのかがよく分かった。


 アスカが葵を紹介していた話をそのまま言っているだけだ。まんま配信で聞いたわ。


 そりゃそうだよな。自分が話した内容じゃないから一番客観的だからな。バレるとか一切考えなくても良いんだからな。


 ただ、そこを突くわけにはいかない。


「そうなんだ。じゃああとでその配信を見てみようかな」


「それはやめた方が良い!」


 自分でお勧めしといて見るのをやめた方が良いって。


「どうして?」


「そりゃあ、人の悩み聞いても、ね!皆成人してたり大学生だったりして関係ないものばっかりだから!」


 理由になってないぞおい。


「ふーん……じゃあ今度の悩み相談配信に悩み投稿してから聞いてみるよ」


 俺がそう言うと葵はうぐっという声を出した。露骨すぎんだろ。


「う、うん。そうすると良いよ!」


 今の葵なら悩み位聞くよ!とか言うのかと思ったが別にそんなことはないらしい。


 こいつ、悩み相談配信を一生しないつもりだな。


「そうだね」


 今日は葵への攻撃はここまでにして、飯を片付けてから直で配信部屋に向かった。


 この間までは家に一度帰ってから向かうようにしていたが、よくよく考えれば水晶ながめを知る前は一切バレてなかったんだから気にするだけ無駄だったことに気付いたのだ。



「にしても初カスタムか」


 今まではアスカと樹としかコラボを殆どしていなかったのでかなり緊張している。


 この大会に参加するのは全員超大手のVtuberだ。別にその人たちに人気で引けを取らないとは思うのだが、それでも緊張するものは緊張する。


 全員が全員アスカやながめみたいに九重ヤイバの事を好いてくれる優しい人ってわけではないだろうからな。


 これならもう少し交友関係を広げる努力をすれば良かった。


「いや、俺は九重ヤイバだ。こんな所で緊張するようなやわな男ではない。全員蹴散らしてこそ俺だ」


 俺は自分にそう言い聞かせ、顔をパシンと叩いてからアスカとながめが待つボイスチャットに入った。


「お、ヤイバきゅんじゃん!おはよー!」


「こんばんは、ヤイバ君」


 ボイスチャットに入ると、二人は明るく受け入れてくれた。


「こんばんは、二人とも。でなあアスカ。もしかしてまたこんな時間に起きたのか?」


「勿論!大学生だしVtuberだよ!常識に決まってるじゃん!」


 常識じゃねえよ。


「Vtuberと大学生を何だと思っているんだ。それはお前だけだ、ちゃんとしろ馬鹿」


「馬鹿って言ってくれた……!しまった録音してない……今度ボイスで収録してもらおう。メモメモっと」


 俺の話全く聞いて無いな。駄目だコイツ。


「ヤイバ君、一応アスカが言っていることは間違ってないよ。他のVtuberも大学生も大抵そういう生活してる」


「は?」


 今日のアスカみたいな馬鹿人間が平常?それは色々と終わってないか?


「いや、12時回ってから配信することが多いから、その際に眠らないようにあえて生活リズムを崩しているだけだから、ね?」


 アスカは必死に弁明した。


「騙されんぞ俺は」


 そもそもアスカは遅くても2時までしか配信していないんだ。だから3時に寝れるだろうが。


 この時間に起きるってことは12時まで起きているってことだぞ。配信関係ないだろ。


「ヤイバきゅん、私の事を信じてくれないんだね……一つ屋根の下であんなことをした仲なのに……」


 と泣いている演技をしつつ爆弾発言をしやがったアスカ。


「え、ヤイバ君……?」


 めんどくさいので軽く流そうとしたら、ながめが乗っかってきた。


 いや、こいつアスカの言うことを信じてやがる。もう少し疑うことを知れよ。


「簡単にアスカの言うことを信じるな。単に俺の配信部屋に来てもらってボイスの収録を手伝ってもらっただけだ」


 俺が弁明すると、椅子がガタガタッと倒れる音がした。


「えっ……ずるい……」


 それもアウトかよ。


「良いでしょ~!いやあヤイバにあれこれ好きなことを指示できるのは楽しかったよ」


 羨ましがるながめに対し、アスカがここぞとばかりに自慢している。


「ううううう……」


 ながめはハンカチを口で引っ張っていそうな悔しがり方をしている。


 いや、ながめの場合毎日顔を合わせているし手料理も振る舞いあっているからな。知らないだろうけど。


 多分内心私もヤイバ君と会いたいとか思っているんだろうな。だが絶対に会う気は無い。というよりあったら色々と終わってしまう。


 恥ずかしがって欲望を前面に出せていなくて非常に助かった。


「そろそろ時間だから配信を始めよう」


 アスカによるフォローもさせる気が無い俺はさっさと配信を始めることで話題を切った。

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