百合小説ってなんだろう?
とんこつ毬藻
答え合わせ
「う~ん……」
唸るわたし。パコソンの前で文字を打とうとしては、すぐに止まる指。
わたし――
今回、わたしが利用している小説投稿サイトで百合の短編小説コンテストが開催されるという事で、せっかくなら応募してみようと思ったのだが……。
百合小説は好きだ。互いに好きという言葉を言い出せずにすれ違い、でも最後は壁を乗り越えて結ばれる――そんな百合の超大作。ドキドキきゅんきゅんする展開。肌と肌が触れ合う距離。息遣い。思わず『キマシタワー』と叫んでしまいそうになるような作品。
でも、いざ自分で描こうとすると、思い通りに描けない。どうしてだろう……そこに
「麗奈、どうしたの? そんな死んだ魚みたいな目をしてパソコンと睨めっこして」
「あ、
幼馴染の
「ふ~ん。ちょっと見せて~」
「いやいや、まだ五百文字しか書けてないから……」
まだ百合の絡みすら始まっていないその作品をさらっと読んだところで真陽瑠は、腕組みをした状態でウンウンと頷く。
「成程、女子高生同士の絡みか。ポイントは距離感と
「え? 序盤読んだだけで分かるの!?」
「そりゃそうよ。だいたいどれだけあんたの作品を読んで来たと思ってる訳?」
「じゃじゃあ、真陽瑠せんせい! アドバイスお願いします!」
幼馴染の真陽瑠は、一番の読者であり、理解者だ。高校の文芸部でも一緒に活動していた事もあり、私の作品傾向やパターンをほぼ理解してくれており、こうして創作で悩んでいる時はいつも的確なアドバイスをくれるのだ。
とりあえずアイデアをまとめるために一旦ブレイクタイムという事で、真陽瑠はダージリンの紅茶を淹れてくれた。あ、ちょうど昨日買ったレーズンバターサンドがあったんだった。わたしは真陽瑠の紅茶に併せてバターサンドを用意する。
「
「どんな時かぁ~。好きな相手が笑ってくれた時とか?」
そうだなぁ~。百合を感じるとき。いつも読み慣れているシチュエーションだとしてもいざ畏まって想像してみようとすると、すぐに浮かばなかったりするよね。優しい紅茶の香りを嗜みつつ、わたしが描きたい子の姿を想像する。
わたしが頭の中で妄想しつつ、再び唸っていると、何かにその唸りが遮られる。口元に漂う甘い香りはレーズンバターサンドの香り。真陽瑠がわたしの口元へ持って来たみたい。そのまま差し出されたレーズンバターサンドを半分パクっと
真陽瑠は彼女の手元に残ったレーズンバターサンドを自分の口へ入れ、そのまま自身の人差し指と親指についたクリームを舐めていた。そして、何を思ったか、突然噴き出し始める。
「アハ……アハハハハ!」
「え? え? 真陽瑠? どうしたの!?」
「もう……餌を与えられた子犬か。自動で口開くんだもん。あと……無防備すぎ」
「だってレーズンバターサンドがやって来たんだもん。無防備って?」
「気づかないんならいい」
「変なの」
わたしの横に座った真陽瑠は、紅茶のカップを手に取り、ひと口口へ含んでいる。わたしが創作のことで悩んだりしているときも、一番の読者として、アドバイスをくれる彼女。彼女からのアドバイスを参考に、わたしは再び脳内でシチュエーションを考えてみる。
ポイントは距離感とリアルかぁ~。何かをきっかけにすれ違いが生じて、でもそれは誤解だったりして。その誤解が解けたときに、降り積もっていた雪が溶けて春が訪れるかのように、二人も溶けあって、混ざり合っていく。二人の体温、近づく距離。春の温もり。だんだんと二人は近づいていき……。レーズンバターサンドの香りが。ん? レーズンバターサンド?
レーズンバターサンドの香りに誘われて、口に含む。あれ? なんか形が違うような……。口の中に差し出されたモノを舌の上で転がしていると、眼前には少し頬を赤く染め上げた女の子の姿が……え? 真陽瑠!?
「ん? んん……っ!?」
口に含んでいたものに気づいたわたしは慌てて後ろへ飛び跳ねる。あ……さっきの無防備って……まさか……。
「ふふふ。レーズンバターサンドのクリームをつけた指。美味しかった?」
「もしかして……わたし、真陽瑠の指……食べてた?」
「うん」
「ねぇ、さっきのって……」
わたしにとって真陽瑠は空気のような存在。いつもわたしの傍でわたしを支えてくれる。
ちょうど一年前。高校を卒業し、春から一人暮らしを始めようと思っていたわたしは、バレンタインの日をきっかけに春から一緒に暮らそうって誘われたんだっけ?
バレンタイン……すれ違い……わたしが描こうとしていた主人公も、弟に買うチョコを選んでいた姿を彼女に目撃されたことをきっかけに距離を置かれていた。本命チョコは手作りで最初から彼女に渡すつもりだった。バレンタインに誤解が解けた二人。彼女は泣き笑いの表情で、主人公へ微笑むんだ。
「事実は小説よりも奇なり。現実は小説よりも百合なり……よ」
彼女の手が肩までかかったわたしの髪を撫でる。彼女の息遣い。わたしの鼓動の音、彼女に聞こえちゃってないだろうか?
百合って尊くて、眩しくて、いつも創作世界の出来事だと思ってた。
わたしにとっては、真陽瑠が
「ねぇ、デザートも食べる?」
「……うん」
彼女の柔らかいところが近づいて来る。カーテンの隙間から射し込む陽光は温かい。
わたしと真陽瑠は食後のデザートを
そっか……やっぱりわたし。真陽瑠が好きだ。
百合小説ってなんだろう? とんこつ毬藻 @tonkotsumarimo
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