出会い
鬱気に反比例するかのように降り注ぐ太陽。
下に付いている影くらいの、真っ黒で重たいメンタルを背負いながら、帰りたい気持ちを抑えて歩き続ける。
なんで学校なんてあるんだろう。
どうせなら、全部オンラインで出来れば良いのにな。
登校への拒否感から近未来的な妄想に取り憑かれるが、流石に非現実すぎると頭を振る。
緊急時のマスクを義務づけられ、会話は全て液晶越し。それ以外は引きこもって一人の時間を享受する。うーん、実にSFチックなファンタジー作品だこと。
けどまあ、妄想にしちゃあ中々に興味深い世界観。
もし叶うなら、是非ともそんな設定の小説でも読ませて欲しいものだな。
昨日のサイトよりも数段くだらない妄想をしながら、どうにか学校が見えてくるくらいまでは近づいてきた。
頑張った、もう自分にご褒美あげるくらいすっごく頑張った。
無駄に混んでいる電車の中で、知らない爺さんの群の中心で酔いを我慢しながらよくここまで来れたものだ。
まあ爺の方が女よりはましだしいい。後者は運が悪いと、脳を壊しかねない香水の臭いを振りまきながら、顔が良い奴以外を痴漢にして人生壊してくるらしいからな。
生憎何度鏡を見ても変わらず陥れられる側なので、鉄の箱内ではいつも戦々恐々だ。
どうして世界は弱者に厳しいんだろう。……ま、何も誇れるもんがないからだろうな。
努力していない自分が言っても所詮は負け犬の戯れ言。
通学一つにへこたれているカス野郎が何を宣ったところで意味はない。とっとと学校に行って、こんな偏見よりも苦しい現実を見てしまおう。
「……ん?」
せめて態度だけでも新入生らしくしようと、重い頭を前を向けて学校へ向かおうとしたときだ。
目の前で何やら慌ただしく鞄を漁っているらしい制服の人。
スカート履いてるし、長くて綺麗な黒髪だから恐らく女。後ろ姿なんて皆そう見えるけど、何となく感じる美少女感。女子の制服など覚えてないが、どっかで見たことあるし多分同じ高校なのだろう。
「……あれ、あれ?」
耳に良く通る美声。
見た目通り何か探しているらしく、随分切羽詰まった様子で何かを探しているらしい。
入学式に持ってくるものなんて筆箱くらいで十分だろうに、一体何を無くすというのだろうか。
金くらいしか思いつかないが、一応ちらりと足下を見回してみる。
靴、ゴミ、石ころ、小さな熊みたいなキャラのキーホルダー。……これか?
とりあえず拾って眺めてみるが、やっぱり知らないキャラクター。
英語で幸運のために書かれた板を持つ熊的な奴。……ローカル神社の幸運成就のお守りとか、そんな感じの奴なのかな。
拾ってしまったので女性に声を掛けようかと手を伸ばすが、すぐに踏みとどまる。
もし違っていたらどうする。わざわざ恥ずかしい思いをして、分不相応に格好付けたナンパをしているだけの人になってしまうんじゃないのか。
まかり間違って同じクラスにでもなってみろ。灰色の方がまだましなぼっち生活、下手したら退学したくなるくら悲惨なことになるかもしれないんだぞ。
放っておいてもただ知らない女が困るだけ、中学と同じように一人が不幸な目にあうだけだ。
そう、だから見なかった振りをしよう。
あの日と同じように自分を嫌いになりながら、それでも平穏に生きていけることに安堵しながら通り過ぎよう。
「……あの!」
──だというのに。体は彼女の肩を叩き、思考は喉を通り彼女を呼んでしまった。
「は、はい!」
とっさに接触に驚きながら振り返る女性。
何をやっているんだろう。どうしてこんな馬鹿なことを。──そんな後悔は、僅か一瞬にして消え去った。
息も詰まるほどの美少女がそこにはいた。
黒髪長髪、大きすぎず小さくない胸、この系統の黄金比だと思えるほどに整った造形。
まるで自らの理想の一つ。そこいらのゴミ箱より臭いであろう童貞の妄想、それがそのまま世に映し出されたかのような女性。
──目を奪われるなんて体験をしたのは、俺が覚えている限り二度目のことだった。
「なんですか?」
「あ、あのこれ……落としましたか?」
女性の問いに返せたのは言い訳できないありのまま。
出来るだけ穏便に、失敗してもリカバリー出来るように回そうとした脳を追い越す言葉。
いきなり降ってきた札束にまともな思考など働かないように、俺の脳みそはこの上なくテンパっていた。
「あ、ポンたん! ありがとうございます!」
渡したキーホルダーを見て、彼女は溢れるほどの暗記を露わにしながらこちらに頭を下げてくる。
「私は
「ああ──」
馬鹿正直に名前を問われて、つい流れで答えてしまいそうになる。
どうしよう。良い意味で覚えてもらえたら嬉しいけど、もし何かあると俺の名は悪名へと変わってしまうかもしれない。
今ならまだ、こんな地味オブ地味面などぼんやり記憶しているに過ぎないはずだ。
これを機に仲良くなれたらなとか、そんな醜悪な欲を出せば身など簡単に滅んでしまうことだろう。
「──あ、ごめんね。ちょっと急いでるんだ、じゃあ!」
誰が聞いたって嘘だってわかるくらい下手な言い訳しながら、学校に向かって駆け出す。
彼女が何か言っている気がするが無視だ。やってしまってから悪手だと後悔するが、中途半端だともっと後悔することになるのは明白。
しかし現金な足だ。あれほど重かったというのに逃げだすときだけはこうも軽くなる。
死にたいだるい鬱などとほざいていようと、結経自分は死に際に死にたくないと泣きわめく人間なんだろう。そんな自分に改めて情けなさを募らせながら、それでも足は止まることなく進んでいく。
気がつけば校門などあっという間に通り過ぎ、あれほど来たくなかった校舎に駆け込んでしまう。
無数に感じる奇異の視線。それは一番欲しくなかった
身の丈に合わない全校などするんじゃなかったと後悔しながら、ずり落ちかけていた鞄を背負い直して歩き始めた。
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