灰色魔法使いのカレーシチュー

@zamu

灰色魔法使いのカレーシチュー

1.

数十年前から、世界は空前の「勇者様ブーム」だ。生まれたばかりの子供は魔王と戦うべく特別な祝福を与えられるし、色んな異世界からは勇者候補がこぞってやって来るし。勇者に対抗すべく奮起する魔王が多いせいで、1週間に1度は世界の危機が訪れる頻度だと朝刊に統計が出るくらい。

「なのになんで魔法使いを選んだの、グレイ」

と冒険者ギルドの受付にはよく言われますけど。そのたびブスッとして応じるのが俺…グレイの常だ。

俺だって。昔は勇者になろうと思ってたさ。幼い頃。まだ「勇者様」の存在が今ほど当たり前じゃなかった頃には。でも、途中で気付いたんだ。腕っぷしだけ強くても勇者にはなれない、人を助ける優しさや、親切心もないと。剣と盾だけじゃなくて、槍とか弓とか。それにある程度魔法も使えた方が良い。ちょっとした回復魔法と、火おこしの魔法。それに魔王と戦うために長旅へ出るんだから、料理、洗濯、ゴミ捨て、身の回りの事。とにかく何でも出来た方が良い。パーティーの汚れ役を担うのも勇者様の大事な役目だ。だから俺は必死に色んな事を学んだわけだけど。

でも実際。成人する頃には空前の「勇者様ブーム」がはじまってたから、俺がイメージするような泥臭い勇者は必要なくなった。今や冒険者たちは洒落たシェアハウスに住み、そこを拠点に冒険へ出るので、長旅の必要なし。それに最近は何でもできるオールラウンダーより、1個の個性に特化したキャラの方が重宝される。中途半端に魔法が使えたりすると、「どうせ前線で戦うのが怖いから魔法に手を出したんだろ」なんて言われる始末だ。実際そういう理由で魔法を学ぶ輩がいる事も知ってるけど。まあ、とにかく俺は「何でもできる理想の勇者様像」を目指していた筈なのに、気づけば使い道もない魔法や武器の知識、さらに家事全般が中途半端に出来る…けど、決して専門家には及ばない…最悪の人材になってしまったのである。

「魔法使いか、ヒーラー希望で」

だから俺は、毎月冒険者ギルドの受付でそう申請するハメになった。自分で勇者をやるのは無理。今の流行と俺の姿は全然違うから。じゃあせめて勇者様のパーティーメンバーになれないかな、というわけである。幸い色んなスキルがあるから、どんなパーティーだって参加できるだろ、と思っていた。実際時々は短期の雇用で勇者様に誘われた事もある。ちょっと難しいクエストだから、ヒーラーが追加で欲しいとか、洞窟の仕掛けを解くのにもう1人魔法使いが必要だからとか、そういう感じで。

「どっちつかずだから」

メインで雇おうって思われないのよ、とギルドの受付はにべもない。「魔法陣の描き方!」「信仰心を高めるお祈り!」と書かれた研修の案内用紙を何度手渡された事か。でも俺は飲食店のバイトをしつつ勇者様からのお誘いを待つ身だ。中々研修会に参加する機会もなく。結局数年もの間「どっちつかず」の半端な状態を続けていた、のだが。


「グレイ、お誘いが来てるわよ」

「え」

「珍しく」とギルドで言われたのは、春先の事だった。春は学業を卒業した若者たちが勇者として活動をはじめる季節だから、当然雇用機会は多い。そう知っていた俺は頻繁にギルドへ足を運んでいた。「アイツが灰色の魔法使いだ」と後ろ指をさされつつ。灰色ってなんだよ。いやまあ、黒魔法と白魔法の両方が使えるから…と思うとちょっとカッコいいけど。絶対悪口だろ。

「魔法使いの募集?ヒーラー?」

「両方って言ったら驚く?」

そりゃあ。

驚く。

一瞬俺は人目もはばからず「マジか!?」と喜びかけたけれど。ただし、受付の意地悪な笑みと差し出された書類にその興奮も一瞬で消えた。書類は、2枚あった。そう、魔法使いとヒーラーの要素を併せ持った俺という人間が求められていたわけじゃない。

たまたま、2人の勇者が同時に俺の雇用を申し出たのだ。


「初めまして。可愛らしい魔法使いさん。わたくしが貴方を選びました、勇者ルーナと申します」

よろしくねとほほ笑んだのは、エルフの女性勇者だ。大勢の勇者でにぎわう冒険者ギルドのロビーでも、ひときわ目立つ長身。キラキラと輝く長髪は白銀、金、薄緑のグラデーション。スラリと立っているだけで一輪の花みたいに華やかだ。

エルフの勇者様とは、珍しい。俺は思わず後ずさった。輝かんばかりの美貌で見つめられても困ってしまう。あの、雇用相手間違ってませんか?と訊こうとしたのだが。

「いや待て。お前の雇い主は俺だよ!俺は勇者メグ。丁度ヒーラーを探してたんだ。よろしくな」

逃げようとした俺の肩を掴んだのは、打って変わって粗暴な雰囲気の勇者様だった。いかにもついさっきまで冒険に出ていたという風体。男っぽい口調に惑わされたが、こちらも女性である。傷だらけの鎧、盾。日に焼けた小麦色の肌と短く刈り込まれた黒髪。悪戯気に細められた瞳。なんというか、俺が子供の頃想像した勇者様っぽい姿だ。

うん。思わず「はあ、どうも」と彼女の手を握ろうとした瞬間。「こら」とほっそりした手指がその上に乗せられた。

「なんだよ、ルーナ」

「その魔法使いさんは私が雇う事になっていますから」

「いや。ウチだってヒーラーが必要なんだよ」

「わたくしも魔法使いがいないと冒険に出られませんわ」

「まだ他の募集いっぱい出てたぞ。あっちの看板見てこいよ」

「この方に決めたんですの」

「駄目だって」

「駄目ですわ」

なにこの状況。

俺の差し出した手の上で繰り広げられる攻防。勇者ルーナはニッコリほほ笑みながらもピリピリした怒気を放っているし、勇者メグは獣みたいにグルグル唸っている。

助けて!とギルドのロビーを見渡してみるが、さっきまで賑やかだった冒険者諸君はサーッと蜘蛛の子を散らしていた。危機察知能力が高いんだな。さすが勇者とその仲間たちだ…。

「あ、あのう」

俺は控えめに発言した。

「魔法使いも、ヒーラーも、いっぱいいますよ、お、俺じゃなくても、もっとスキルの高い奴らが…いやできたら俺も雇って欲しいですけど」

「駄目です」「駄目ですわ」

メグとルーナの声は綺麗に重なった。多分この2人は同期の勇者なんじゃないかな。そうすると活動範囲や請け負うクエストが大体同じになるから、こうしてライバルみたいな関係になる奴らは多い。どちらかが俺を選んだから、負けじと取り合ってるんだろう、と邪推したところで。

「だって!料理が出来るのはお前だけだ!」

「備考欄に書いてありましたわ!お料理が得意なんでしょう!」

魔法使い、ヒーラー、お料理!全部出来るなんて最高!と叫ぶルーナとメグ。2人は改めて俺の手をガッシリ握ると「で、どちらのパーティーへいらっしゃるの?」「ま、俺の方だよな」とニッコリ笑った。遠くの受付カウンターでは「良かったねえ急に人気者になれて…」と係員たちが嘲笑している。


俺は辛うじて「2人一緒じゃ駄目ですか?」と絞り出したのであった。



2.

不人気で不名誉な「灰色の魔法使い」の俺、グレイは勇者ルーナと勇者メグに雇われ、とある街はずれのシェアハウスへ来ていた。

あの2人は俺の予想通り、同期の勇者だった。ただし共にパーティーを組んで世界を守ろう!なんて気持ちはちっともなくて、互いに互いをライバル視して切磋琢磨しているらしいが。レベル帯も同じだし気心知れた相手だしという事で一緒に暮らしているらしい。

いかにも勇者様が暮らすに相応しい、洒落た庭付きのシェアハウス。ガラス張りで観葉植物だらけの1階に住むのが、ルーナと少年1人。ハーフエルフだという少年の職業はヒーラーだ。でもエルフには呪いや攻撃を司る黒魔法の知識はないから、魔法使いを欲しがってる。

んで、各地で集めたらしいお宝や武器で散らかった2階。メグのパーティーには逆に魔法使いの少女がいるってわけ。頭には黒い角。魔力が高い事で有名な竜人族だ。もうお分かりだろうけど、そっちは回復魔法が不得手。

で、この4人のシェアハウス生活に共通して不足しているものが、料理だ。あたたかい手料理。辛い冒険や激しい戦いのあと、心をホッと癒してくれるような食べ物。シェアハウスに設置されたキッチンにはデリバリー品の空き箱と、近所の市場で買える弁当のゴミ、あとは焦げたまま放置されたフライパンだとか、買ったは良いものの使い道もなく放置されている調味料、賞味期限ギリギリのレトルト食品などが散らかっているのである。別に、俺だって他人の私生活にどうこう口出しできるほど立派な生活を送って来たわけじゃないけれど、一応飲食店でバイトをしていた身としては、まあ、気になる。栄養状態とか。だって全員「勇者様」ご一行なわけだろ?体力勝負の仕事なのにさ。

「じゃあ俺じゃなくてコックを雇えよ」

「いや、それは副次的効果ってやつで。実際ヒーラーだって欲しいんだよ。強大な敵と戦うにはやっぱ回復って大事だし」

「お料理が出来るならさらに好ましいというだけで、一番大事なのは魔法の腕ですわ。お料理するのが嫌なら、一緒にこれ、頼みましょ」

シェアハウスの共用空間であるリビングで、ルーナとメグは俺のド正論にこう反論した。ルーナがソッと優しく差し出したのはデリバリーピザのチラシである。スッと伸ばしただけで星がキラキラ落ちてきそうなエルフの桜色の指先と、安っぽいピザ屋のチラシ。あまりのミスマッチさに涙が出そうだ。

「いやまあ、なんか作りますけど」

安請け合い!と心の中で誰かが叫んだ。まあ、そう。俺ってそういうタイプだよ。剣と魔法、小手先の技と、心優しい精神。どれもこれも1つに絞り切れなかったから、「灰色の魔法使い」なんて呼ばれてるんだし。ここでルーナとメグのどちらかを選んで、料理はしないぞ!と言いきれる性格なら。とっくに自分で冒険に出てるさ…。


「よっしゃグレイ!回復頼んだ!」

「こちらには炎の魔法をお願いしますわ!」

で結局。俺は2つの勇者パーティーに同時に雇われるという謎の状況に陥った。幸い、ルーナとメグは元々競い合うように同じ場所の依頼や魔物退治に出かける事が多くて、俺が2人に分身する必要はなかった。2つのパーティーの間に立って、左右両方に気を配ってれば良し。まあ、俺の魔法のレベルじゃどうせメインのアタッカーという程でもない。

メグは粗暴なようでいて堅実な戦い方を好むから滅多に大怪我なんてしないし、ルーナは弓や剣に加えて妖精を使役した戦いが得意で、黒魔法の出番なんてちょっぴりだ。だから今まで新しいパーティーメンバーを雇うつもりがなかったとい事もあるだろう。

憧れの勇者業!なんていって、実際戦いの場に出たら血で血を洗う恐怖に震える事になるのでは…と俺だってちょっと心配してたけど、全然そんな感じじゃない。2人が倒すべき魔王はこの世界のどこにいるんだろうか。今の所、世界が滅びそうな気配もないので、きっと魔王側もレベルアップの最中なんだろう。

そんな感じで、冒険や戦いの方はまあ良い。ルーナとメグは互いに認めはしないものの、良いライバル同士だろう。別々の敵と戦ってるといっても、半ば協力してクエストをこなしているようなものだ。

ただし。大問題がある。俺が雇われた理由。料理の方。

俺はシェアハウスの1階、共用スペースの隅っこに自分の荷物置き場をもらったが(メグが「2階の部屋が空いてるぜ!」って言ってくれたけど、だって女性の部屋なわけだし…ルーナはエルフならではの倫理観で「わたくしのベッドであと1人は寝れますわ」なんて言ってたけど、そっちはもっと駄目だ)、基本的には今まで住んでいたアパートからシェアハウスへ通って生活している。アパートは過去のバイト先が融通してくれた住処なので申し訳ない気持ちだけれど、仕方ない。で、俺がこのシェアハウスに居る時間のほとんどは料理に当てられるわけだが。

「えーこのスープ全然辛くない。唐辛子くれ」

「まあ、こちらはちっとも甘くありませんわ。私はパイだけ頂きましょう」

そう。問題はこれだ。勇者様2人の偏食である。

食事の時ばかりは仲良く食卓について、全員でいただきまーす!までは良い。その後。いざ俺が作った料理を前にするとこれだ。メグは辛い物が大好きで、スパイシーな味付けの物ばかり欲しがる。逆にルーナは甘い物。エルフは人間みたいに太らないからって、平気でご飯のおかずにパイだのチョコレートだのを食べる。

ちなみにメグが連れている竜人族の少女…ミミは甘い物好きだが、さすがにルーナのように食事中にチョコを食べるほどではないし、ルーナが連れているハーフエルフの少年…ヒースは辛い物好きなようだが、メグのように何にでも唐辛子パウダーをかけるほどじゃない。2人とも雇い主には似ずとても控えめな性格なので、表立って文句を言われたり料理を残したりされた事はないけれど。まあ、食事中の表情や勢いでなんとなくわかる。

ええと、つまり激辛好き、ふつうに辛い物好き、甘い物好き、激甘好きの4人だ。これに毎日応じられる程の料理の腕は俺にはなかった…から、妥協策として同じ料理でも違う味付けにしている。たとえば野菜炒めでも大皿を2枚用意して、一方は甘いキャベツたっぷり、砂糖醤油の甘いタレで味付けし、一方は肉多め、胡椒や生姜でピリッと辛い味付け。あとは各自取り皿に取り分けて、お好みでハニーソースをかけるなり、唐辛子オイルをかけるなり、ご自由にどうぞという形式だ。これは概ね好評である。俺としても4人全員にそれぞれ違う料理を作るよりは簡単だし。

今更だけど、ここで「嫌なら食うな!」とか「じゃあ買ったもので済ませて下さい」とか言えないのが、俺の良く言えば控えめ、悪く言えば度胸がない点でもある。でも別に、ルーナが食事中にチョコを食べてる時も、メグがスープに唐辛子を入れすぎてゲホゲホ噎せている時も、俺はちっともムカついたり怒ったりしていなかった。ただ、こいつら勇者なのにこんな食生活でいいのかよ…と思っただけだ。ま、長年飲食店でバイトしてきた経験が生きたって所だろう。


ある日。買い足して来た食材を抱えて俺がシェアハウスの玄関をくぐると、共用スペースである1階の食堂にはミミとヒースが居た。勇者様方に比べて、2人はわりと仲が良い。時々こうしておしゃべりしているのを見かけるし、今も並んでソファに座っている。ミミは竜人族、ヒースはハーフエルフだから年齢不詳だけれど、俺からするとどちらも見た目は幼く、なんだか後輩もしくは子供みたいに見える…いや実際は彼らの方が冒険者として先輩だが。

「グレイさん」

「これ、どーぞ」

俺が「ただいま」と声をかけると、2人はソファから飛び降りてトテトテと駆け寄って来た。珍しい。「どうした?」と首を傾げる俺へ差し出されているのは、ペラリとした広告。

「わたしの所属する魔術師協会から届いたものです」と、先にミミが。

「こっちは僕がお世話になっている癒し手教会から…」と、次にヒースが。

広告を受け取ってみると、どちらも「講習のお知らせ」と書かれている。なるほど。俺がよく冒険者ギルトから受講を勧められていた魔法使い用の講習と、ヒーラー用の講習だ。2人は「余計なお世話だったらごめんなさい!」「必要ないかもしれないけど、でも興味があるかもしれないと思って」と慌てたように説明しているが。俺は全然気にしてない。むしろ、チャンスだ。冒険者ギルドで「講習会でも受けたら?」と言われた時にはカチンと来たし、バイトを言い訳にして避けていたけれど…今は違う。俺だってせっかく勇者様に雇われたんだから活躍したい気持ちがある。スキルアップできるならしたい。それになにより2人が黒魔術と白魔術の両方を勧めてくれたその気持ちが俺は嬉しかった。

「ただ、日時が…」

「ちょっとかぶってて」

ねーと顔を見合わせているミミとヒース。俺は左右の広告を見比べる。たしかに、講習の日時はどちらもほとんど同じ。でも。

「でも、時間が」

微妙に違うな。と俺は気づいた。教会の講習はほとんど朝から、魔法使いギルドの方は大体夕方からだ。どちらも数時間のコースだから、参加は不可能じゃない。全くかぶっていない日だってある。

俺は「両方申し込む」と決意したのであった。ミミとヒースは「大丈夫!?」と心配してくれたが、問題ない。子供の頃からこういう二足の草鞋には慣れてるんだ。バイトを掛け持ちしながら剣術の道場や冒険者初心者講習に通っていた時期だってある。ただ、今は勇者様に雇われている身。そっちに支障が出ないように注意する必要はあるけれど。


「なので店長、すみません。お世話になりました」

研修2つの受講を決意し、でもだからって冒険を休むわけにも、料理の手を抜くわけにもいかないと決めた俺が訪れたのは、つい先日まで働いていたバイト先だ。大通りにあるレストランで、冒険者にも町人にも結構人気の店。開店前の早朝だけれど、もう仕込みの良い香りがしていた。

「グレイ、本気か?本当に冒険者でやってくつもりか?」

メグとルーナに雇われてバイトは辞めた俺だけど、ここの店長は人徳者で「でもいつクビになるか分からんだろ?一応いつでも戻れるように籍を置いておいてやるよ」と提案してくれていた。俺もいざとなればまた働けるという安心感に甘えさせてもらっていたけれど、ずっとそうとも言ってられない。研修で忙しくなればちょっと片手間にバイト…なんてわけにいかないし。だから正式に辞職する旨を伝えに来たのだ。店長が仲介して契約してくれたアパートも、いい加減退去しなければならない。家賃を随分まけてもらっているし、大家さんが良くしてくれるのもここのバイトという肩書のお陰だ。

「ここで働くの、本当に楽しかったので残念ですけど。でも、これからは冒険者業に集中しないとならないので」

ありがとうございました、あとで大家さんとアパートの契約についても話してきます…と俺は頭を下げて去ろうとしたのだが。

「いや、待てよグレイ!」

店長はその肩をガッシリ掴んだ。あれ、ひょっとして薄情者!って怒られる…?と俺は身構えたけれど。店長は怒ってなんていなかった。そうじゃなくて、心底俺を憐れむような顔をしていた。

「お前、本気なのか?なんで勇者なんかに肩入れするんだよ?お前、ギルドで“灰色の魔法使い”なんて呼ばれて、馬鹿にされてるんだろ?」

痛い所を突くな。俺は「いやまあ」と苦笑したけれど、店長は「考え直せ」と続ける。

「魔法も、回復術も、どっちつかずだって。みんな悪口言ってる。でも俺は知ってるぞ、グレイ。お前の料理人としての腕は本物だ。客はみんなお前の料理のファンだよ。このままウチで働いてる方が、よっぽど幸せだ。バイトじゃなくて正式に働いてくれ。なあ、」

そうなのか。

知りませんでしたと俺はモゴモゴ呟いて…でも結局、店長の手をそっと肩からどかした。意外な評価は嬉しかった。けど。俺は決意したばかりじゃないか。魔法使いでもヒーラーでも、どっちにしろ勇者様の力になるって。俺は子供の頃から、勇者になりたかった。それが無理なら、彼らの手助けがしたい。勿論、料理の腕がその一端を担っているのも事実だけれど。

「それでも」と背を向けた俺に、店長は「俺は本気だぞ!」と叫んでいた。本気で、俺の料理の腕を認めてくれるって。嬉しい。わかってる。でも。


「なんだかお疲れのようですわ」

「おい、グレイ。最近顔色悪いぞ。大丈夫か?」

「あ、はい!勿論!」

共用スペースで講習の資料を読んでいると、メグとルーナが顔を出した。アパートの引き払いまではしばらく猶予があるのだが、俺はシェアハウスで過ごす時間が増えた。元から荷物も少なかったし。講習の方は順調だ。早起きして全員分の朝食を作ったら、教会へ行って授業を受ける。で、急いで帰って来てシェアハウスで待っててくれる皆と一緒に冒険へ。クエストでは相変わらずメグとルーナの間に立って火の玉を撃ったり、回復魔法をかけたりして大活躍し、夕方からは魔術師ギルドへ。それが終わったら夕飯作りだ。甘い料理と辛い料理をダブルで作って、夜は講習で出た宿題をこなしたり、資料を読んだり。翌日のクエストについて少し話し合ったり。充実してる。まあ、若干疲れてるのは事実だけれど。

「やっぱりそんな床で寝ていらっしゃるからではなくて?わたくしのベッド使いませんこと?」

「アホルーナ!んなわけねーだろ!そうじゃなくて、契約一本に絞ったらどうだ?つまり、俺専属のヒーラーになるってのはどうよ」

「まあ!メグ!すぐそうやって抜け駆けを!グレイさんはわたくしの魔法使いになった方が幸せでしてよ」

キャンキャンと喧嘩が始まるが、俺も慣れたものだ。2人は俺の契約に限らずいっつもこうして言い争ってるからな。このクエストは俺が先に請ける!とか、この依頼人の方はわたくしを選ばれましてよ!とか。俺はキッパリした声で告げた。「どちらか1人に雇われるつもりはありません」と。ピタリと喧嘩が止まる。こういう時はハッキリ言った方が良い。

「俺は、魔法使いも、癒し手も、諦めるつもりありません。だから、このままお2人に雇われ続けます。大丈夫ですよ。こうしてスキルアップにも励んでますし」

ルーナは「まあ」と大袈裟に驚き、メグは「うんうん」と満足気に頷く。

「それでこそグレイ!俺が見込んだ男だ!」

「とっても嬉しい。でも、無理は禁物ですわ」

俺は「わかってます」と応じた。確かに今は疲れてるけど、研修が忙しいからだ。ずっと続くわけじゃない。そのうちシェアハウス生活にだって慣れるし。その頃には俺はますます魔法使いとしてもヒーラーとしても、もっと活躍できるようになっている筈だ。


しかし。そのほんの数日後の事だった。

教会の研修を終えて一旦シェアハウスに戻った俺は、あれ?と首を傾げた。庭に置かれている筈の馬車がない。今日は昼から魔物の素材集めクエストに行くって事で、4人は俺を待ってくれている筈なのに。急に別の用事が出来たのか?誰かが冒険者ギルドへ呼び出されたとか…?と勝手な想像をしつつ玄関をくぐると、誰もいなかった。ガランとした食卓に、2枚の書き置き。

『メグ様がすぐにでも戦いたい!って言うから、少し早めに出ます』。丸っこいミミの字。

『それでルーナ様も我慢できないみたい。追いかけます』。流麗なヒースの字。

俺はハアとため息をついた。ああ、そう。俺がいなくっても、問題ないってわけね。そりゃあ、そうだろう。静かなリビングを見渡す。俺が来る前から、彼女らはうまく勇者業をこなしていたんだから。回復も魔法も、別に事足りている。今更研修なんて通ってる成人男性なんて放っておいて、自分たちだけで冒険に出た方がはやい。知ってた。魔術師ギルドでも、癒し手教会でも、研修に参加しているのは皆将来への期待にキラキラ目を輝かせた学生ばかりだ。俺みたいにもう勇者に雇われてるって奴はいないし、もっと言えば2つの講習を同時に受けてるなんて奴もいなかった。

「灰色の魔法使いなんて呼ばれて」と、店長の憐れむような眼差しを思い出す。そうだ。その通りだけど。

でも。教科書やノートでずっしり重い研修用の鞄を放り出す。杖を2本掴んで、大急ぎでマントを着る。でも、俺はうまくやるって決めたんだ。大丈夫、できる。魔法使いでも、癒し手でも、活躍できる筈。玄関を飛び出して、庭に繋がれていた白馬の手綱を握る。普段は馬車で移動だし、滅多に乗馬はしないけど。でも昔これも練習した事があるから大丈夫だ。昨日確認した魔物の出現場所まで、俺は馬を走らせた。



3.

広々とした丘陵。青空を背景に草原を駆けながら「グレイ!あいつの動きを止めてくれ!」とメグが怒鳴っている。彼女が相対しているのは、虹色の羽に身を包んだ怪鳥だ。素早い動き。鋭い嘴に攻撃されながらメグは必死に応戦しているが、イマイチ反撃に出れずにいる。ルルも杖を構えたまま身動きが取れない様子だ。俺も把握している。今日のクエストはあの怪鳥を倒せば良いという話ではなくて、虹色の羽を手に入れるのが目的だから。あまり傷つけられない。

で、なだらかな丘の下。美しい湖の傍にはルーナが居た。彼女も「グレイさん!牽制を!」と叫ぶ。湖からは半透明のぶよぶよした触手が伸びていて、ルーナは短剣を構えてひらひら舞うように攻撃を躱している。触手の正体は巨大なイカだ。あっちはツヤツヤと輝く表皮を手に入れる為に生け捕りにしなくてはならない。死ぬと光沢が失われるから。ヒースが時折杖を光らせたりしてイカを脅している。

白馬を駆けてその戦場に辿り着いた俺は、ヒィヒィと荒れる息を整えながら柔らかい草地に降り立った。久しぶりの乗馬は寝不足の身にちょっとキツかった。吐きそう。いや、そんな事を言っている場合じゃない。

俺は丁度丘のなだからな場所で、左手に怪鳥を見上げ、右手にイカを見下ろした。両手の杖を振り上げる。

怪鳥の身動きを止める為には、神聖な光を撃つのが丁度良いだろう。大事な虹色の羽が燃えない程度、でもビリッと痺れて地面に落ちてしまうようなやつ。

イカを牽制する為には、炎だ。アイツらは体中ぬめぬめと水分に覆われているから、火の玉をぶつけても表皮が傷ついたりしない。

「ファイヤー!」と「サンダー!」と叫んで。

から。

俺は、あれ?と気づいた。

どっちがどっちだっけ?

俺の左手に掲げた杖からは炎が。右手に振り下ろした杖からは雷が飛び出していた。

「わーッ!?」と叫ぶメグの前で、怪鳥が炎に包まれる。

「あら」と驚くルーナの前で、湖に落ちた雷が予想外の威力となってイカの全身に走る。

唖然としているミミとヒース。

2つのパーティーの真ん中に立って、俺は呆然としていた。間違えちゃいました、じゃ済まないのだが。でも実際、そうとしか言いようがなかった。逆だ。火の玉と雷が、思っていたのと逆の杖から出てしまった。穏やかな丘の上ではこんがり焼けた怪鳥が。美しい湖のほとりでは黒焦げになった巨大なイカが転がっていた。


結局。

俺はひとしきりメグとルーナに謝罪してから、また馬に乗って町へ取って返した。なんでって、夕方からの講習に間に合わなくなるから…。馬を連れ、髪も服もボサボサで焦げ臭いフラフラな俺の登場に、研修場の面々はちょっと引いていただろう。「あいつが噂の灰色の魔法使いか…」なんて悪口も、今日ばかりは気にならない。だってそれどころじゃないだろ。大失態だ。魔物は退治できたから良いって!とメグとルーナは俺を許してくれたけど、でも貴重な素材はひとつも手に入らなかった。資金稼ぎや素材集めも大事な勇者の仕事なのに。こんな事なら、やっぱり彼女たちを馬で追いかけたりしなければよかった。今日は最初から、俺抜きで行こうとしてたんだからさ。出しゃばった挙句失敗するなんて、最悪だ。

研修後、俺はよっぽど引き払ったばかりのアパートへ帰るなり、バイト先へ顔を出して「やっぱりこっちで働かせてください」と言うなりしようかと迷ったけれど、結局とぼとぼとシェアハウスへ歩いて帰った。大人しく手綱を引かれていた白馬を庭に繋いで、「戻りました…」と玄関を開ける。今日はちょっと遅くなったから、もう夕飯はレトルトかデリバリーでで済ませているかもしれない、と思ったけれど。

「あ、グレイさん帰って来た」

俺が謝罪の言葉を告げるより早く、ミミとヒースが「こっち」と手を引いた。向かう先はキッチン…。

「ルーナ様、グレイさんが帰ってきましたよ」

「メグ様も」

リビング側のカウンターに背を向けて、そこにはメグとルーナが居た。「目が痛いですわ」とか「お前もうちょっとキレイにできねぇのかよ」とか言いながら。どうも、料理をしている様子である。

「お2人とも、…あの、」

今日はすみませんでした、と俺が告げると、2人はパッと振り向いた。手にはじゃが芋と玉ねぎ。

「グレイ!なに謝ってんだよ!」

「グレイさん、こっちへ来てくださいまし」

ミミとヒースに背を押された俺がキッチンへ入ると、ルーナとメグは一旦食材を置いて、エプロンを外した。

「実は俺たち、ちょっと反省してる事があってさ。お前にちゃんと話そうと思って」

「お詫びにお料理を作っていたのですが、まだ途中ですの」

俺は「はあ」と頷いた。2人がヒートアップして喋り出すと中々止まらないから、先に「ご迷惑おかけした事、謝らないと」と宣言しておく。

「俺、魔法も、癒しの術も、半端で…すみません。今日の事だって、結局俺が半端者だからおきた失態で…」

「グレイさん!」

ぺちっと音がしたと思ったら、ルーナのほっそりした指が俺の頬を両側から潰していた。玉ねぎ臭い。

「もう!そんな風におっしゃらないで!わたくしたちの話というのも、その事なんですの…」

「そうそう」

メグは自分の両手を見下ろして、そこがじゃが芋の皮と土で汚れている事に気づいたらしい。ゴシゴシと服の裾でぬぐってから、改めて俺の肩に手を置いた。

「あのさ。言ったよな、初日に。お前が料理出来るから雇ったって」

「あ、ええ。そうでしたね」

ルーナとメグは互いに顔を見合わせるとモゴモゴと黙ったのち、2人そろって「ごめんなさい!」と頭を下げたのだった。

「え、え?なに?」

「実は、嘘ですの。いえ勿論、お料理の腕前が魅力的だったのは本当ですわ。でも、それが一番の理由でグレイさんを雇ったわけじゃありませんのよ」

「俺も。まあ、言うのが恥ずかしいから料理のせいにしたんだけど。本当はふつうに、お前が魔法も癒しの術も使えるっていう所がさ、よかったから。そんで雇ったんだよ」

はあ。俺はポカンとして話の続きを待った。どういう事だ?

「グレイさん、貴方は随分ご自身の腕を過小評価していらっしゃいますけれど、光の魔法も闇の魔法も扱えるという事は素晴らしい事ですわ。そのことを、わたくしもメグも、よくわかっていますの」

「恥ずかしい話なんだけど」

メグは肩を竦めた。頬が赤い。

「俺、子供の頃さあ。修道院にいたんだよ。いや!ルーナ!笑うな!似合わないってわかってるけど!お嬢様学校ってやつ?通ってて。でも信仰心もないし、怪我の手当ても下手糞だし。結局逃げ出して、冒険者になったんだよ。癒し手の適性なし!ってわけ」

メグの告白にクスクス笑っていたルーナも「わたくしも」と頬に両手を当てた。

「子供の頃、人間の冒険者さんに憧れて…故郷を飛び出して、世界中を旅する商人キャラバンに無理矢理参加させてもらった事があるんですの。でもわたくしこういう性格でしょう?重い物も持てないし、全然お役にたてなくて。お荷物!って蹴りだされてしまいましたわ」

2人は声を揃えて「ああ!」と羞恥に叫んで、俺に向き直った。

「だから!どれも諦めずに挑戦するグレイさんは、素晴らしいと思います。だからどうしてもわたくしのお仲間になって欲しかったんですわ。メグと取り合いになってもね」

「そう!お前の履歴書見た時にはビビったぜ。俺には絶対無理だって思った事、全部やってのけてたからな。ルーナには絶対渡したくないって思って!」

メグとルーナはそのまま、「どっちが先に俺の求人を見つけたか」で言い合いはじめた。俺はポカンとしたまま2人の背後、まな板で放置されたままの食材を眺め…結局、何を言ったら良いか分からずに「あの、料理、俺が続きやりますよ」と告げた。2人は「でもお疲れでしょう?」とか言っていたけれど、疲れてても料理は苦じゃない。結局メグが「今日はお前を休ませようと思って先にクエスト行ったんだぜ」と言い残して、2人はキッチンから出て行った。

さて。

俺はエプロンを着用して、キッチンの状況を眺めた。シンクにはじゃが芋と玉ねぎの皮が散らかっていたけれど、そこまでの惨状ではない。ボウル1杯の玉ねぎの薄切り、水桶に放り込まれたじゃが芋。あと皮を剥いただけの人参。カレーでも作ろうとしてたのかな、と保冷庫を覗いてみると、そこにはピカピカの鶏肉とイカが収まっていた…うんざりする事に。多分今日の…俺が台無しにしたクエストの成果だろう。羽も表皮も駄目にしてしまったから、せめて肉だけ貰って来たのだろうか。

俺は大鍋を2つ取り出した。米を炊いて、カレーとシチューにしよう。シーフードカレーとチキンシチュー。切りかけのじゃが芋の残りをカットして、人参も切りそろえて、鍋に綺麗に二等分、した、ところで。

俺はなんだか可笑しくなってしまって、シンクにすがりついた。

いや、俺。なにしてんだろ。

今日は疲れていて、仕事でも失敗して、慣れない運動に体中が痛くて。なのに、俺は料理をしようとしている。偏食が激しい仲間のために、2種類の料理を。馬鹿だよな。

こんなんだから、と思う。どっちつかず。半端者。灰色の魔法使いなんて呼ばれる。八方美人で、優柔不断だから。

でもさ。

俺はチキンとイカを取り出した。ここで全部の材料を1つの鍋に放り込む度胸があれば。俺は灰色の魔法使いじゃなくて、立派な勇者として活動していたかもしれない。メグとルーナに出会わず、冒険者ギルドで後ろ指さされる事もなく。

でも。メグも、ルーナも、俺を認めてくれた。彼女らは、俺の苦労を身をもって知ってくれていた。

1つの鍋に、玉ねぎ半分とじゃが芋全部、そしてチキンを放り込む。残りの玉ねぎと人参、そしてイカはもう1つの方へ。

スパイスラックからカレーに必要な香辛料を取り出していると、ふと気づいた。キッチンカウンターに透明な小袋が2つちょこんと並んでいる。

取り上げてみると、片方は星の形をした砂糖菓子だ。桃色と黄色で可愛らしい。「お疲れ様」とミミの字でメモが書かれている。もう片方は赤い粒粒したもの…唐辛子をフレーク状にしたもののようだ。「がんばってね」との文字はヒース。

はあ。全くさ。

こんな半端者をこんな風に受け入れてくれる人たちが、いるもんだな。俺は、ビックリしてるよ。嬉しくって口角が勝手に持ち上がってしまう。店長に料理の腕を褒められた時だって勿論嬉しかった。それに、子供の頃。はじめて魔法で魔物退治した時、はじめて誰かの怪我を癒した時。それだって勿論、最高に嬉しい経験だったんだ。今ならわかるよ。どれか1つに絞る必要なんて、なかったんだ。

明日からも研修、頑張ろう。それに冒険に置いて行かれないように体力もつけよう。馬にももうちょっと格好よく乗りたいし…。

俺は人数分の深皿に白米を盛った。皿の端っこじゃなくて、ど真ん中に。あとミミとヒースからのプレゼントはガラスの可愛い皿にそれぞれ乗せて、食卓へ。


食卓の真ん中へドンと乗った大鍋2つ。

配膳された白米を見て、ルーナが「わたくしはシチューを頂きますわ」、メグが「俺はカレー」とレードルを取る。俺はニヤリと笑いながらそれを見ていた。ルーナとミミがシチュー、メグとヒースがカレーを更によそったのを見守った後、俺はその両方を自分の皿へ。カレーにはイカ墨、シチューには卵白をいれたから、色合いも白黒でキレイだ。

「それじゃ、いっただきま~す」

と、メグの元気な合図に全員がスプーンを持って、一口頬張って。

「あら?」

「うんッ!?」

その手が、ピタリと止まる。ルーナの驚いた顔!メグが目を丸くして俺を見る。

「辛いですわ!」

「甘いぞこれ!」

なにこれ!?と2人が叫ぶ。俺はおかしくなって、アッハッハと笑った。

「シチューが甘くてカレーが辛いなんて、言ってないぞ。今日は、逆!辛口チキンシチューと、甘口シーフードカレーだ!」

ええ~!と大袈裟に叫ぶルーナとメグの後ろで、「ああ、じゃあ両方かけよっと」「一緒に食べると丁度良いよ」と適応力の高いミミとヒースが互いの皿に追加でルーをかけている。

俺はそれを微笑ましく見守って、黒いカレーに砂糖菓子、白いシチューに唐辛子フレークをふりかけてやった。そうすると見た目も可愛い。イカ入りカレーはターメリックと市販のカレー粉のお陰でカレーの味がするが、辛みスパイスは一切入っていない。シチューの方は生姜や唐辛子でチキンを炒めたからピリ辛だ。ルーがピンク色にならないように卵白と生クリームを入れたので、見た目には分からないだろうけど。

ルーナとメグはしばらく俺たちの様子を眺め、ムググと呻いたあと。ようやく自らのポリシーを崩す覚悟ができたのか、「えーい!」と追加でルーをかけ、一口頬張り…そして。パアッと瞳を輝かせると、

「グレイ、お前、白と黒の料理を作るなんて…さすがだな!」

「混ぜて灰色になったくらいが美味しいですわ!」

と叫んだのだった。ちょっとした悪戯が成功してニヤニヤしていた俺だが、それで急に自らの「灰色の魔法使い」を冠する料理を作ってしまったのだと気づいて、羞恥に悶える事になる。

これで、仲直りは済んだ。俺はまた研修と実践で魔法を学ぶ日々がはじまるし、ルーナとメグは切磋琢磨を続けるだろう。

ただなぜか2人がこの灰色の料理をいたく気に入って、「灰色魔法使いのカチュー」とか名づけしょっちゅう作ってくれとリクエストするようになるので、俺はそのたびにちょっと恥ずかしい思いをするのであった。ルーナは「シチューとカレーを足したらシレーですわ!」メグは「それを言うならチューレーだろ!」とか言い合ってるし。


(おわり)

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灰色魔法使いのカレーシチュー @zamu

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