琥珀色を飲んだ消失点

木継 槐

第1話 遭遇

季節は夏。木陰でさえじっとりとへばりつく暑さにやられそうな日。

純恋はとある社の前に立っていた。鳥居は錆びれて木目が見えている。

 そんな古びた社なのに何処どこか威圧感があり、緊張を煽る。

「大丈夫……大丈夫……。」

純恋は浅く息を吸い、鳥居の手前で礼をして敷地に踏み入った。足元には苔が這っていて、気を抜けば滑りけそうだ。

純恋が下を向き恐る恐る歩いていると、視界に汚れヒビ割れた花瓶が入る。祭壇を見ると花瓶が置かれていたらしき跡が残っていた。

「これが社?……汚い。」

花瓶を拾うと煙草のくずが詰め込まれている。


「これ、戻した方がいいよね。」

独り言は雑木から吹き込んだ風に掠め取られた。

純恋は花瓶の底を軽く叩き、煙草くずを落として花瓶を覗き込みながら社の前に膝をついた。

祭壇の扉には赤い御札が塞ぐように貼り付けられていたようだったが、雨風に晒されて今にも破れそうになっている。

賽銭箱の横にある丸い錆に花瓶を置くと、木漏れ日が花瓶に降り注ぎ、元々そこにあったことを肯定するようにかすかに光を帯びる。すると、祭壇の扉がカタンと音を立てた。

純恋が扉に視線を向けたその時だった。


「をかしき子よ。」

耳元に女性の掠れた声が響き、歪んだ視界には蝶番が外れた扉が映り、純恋は意識を失った。


・・・・・・・・・


意識を取り戻した純恋は、目の前に広がる光景に酷く困惑した。見慣れた天井と窓には月明かりが差す。

「ここ……私の部屋……何で?」

ベッドに横になり布団までかけて眠っていたのだ。

体を起こすと敷布団は汗でぐっしょり濡れている。

おかしい、先程まで社の前にいたはず。

純恋が記憶を辿り始めた時、部屋に鈴のがちりんと響いた。

直後、背中に何かが伸し掛かった。

「目覚めたかい、私の愛い子や。」

「ッ?!」

あの社で聞こえた声だ。

体中の毛が粟立つ。純恋は咄嗟に視線を下げた。この声は聞こえてはいけないものだ。本能が警告を鳴らす。

「そう怯えずとも、捕って喰おうという訳じゃない。少し話をしようぞ。」

純恋は浅く息を整えて恐る恐る口を開いた。


「誰……ですか?」

背後からは笑う声がする。

「ククク……。妾の名を聞くか、純恋よ。」

名前を知られている……純恋が顔を上げると、背後にいたはずの存在ものがすぐ目の前に顔を寄せている。後退あとずさりたいのに体が動かせない、目すら逸らせない。背中に嫌な汗が伝う。

「妾の名を知りたいか?」

これは知っておかないといけない、こちらだけが情報なしでは危ない。

純恋は首を縦に振った。

「ふむ、良いスジをしているな。危ういものは知り得ておくに限る。」

心まで読まれている……?!

純恋は思わず唾を飲んだ。


「ククッ、良き良き。妾は玉藻前たまものまえ。かつて名を馳せた妖ぞ。」

純恋は困惑した。そんな存在、聞いたことがない、ましてや妖に関する知識があるわけでもない。

「そこの光る板で見てみると良かろう。」

光る板……スマートフォンの事か。

「それは世を網羅しているのであろう?」

何故知っているのだろう。

「そなたの記憶にはっきりと残っていたぞ。」

記憶まで見られている……?!純恋は恐る恐るスマートフォンを手に取り、画面をタップする。

検索をかけると、一番上にウキウキペーパーの資料が上がってきた。


「三大悪妖怪?!」

思わず声を荒らげてしまった純恋は、慌てて口を手で押さえた。

「ククク……なかなかの御札を貼られてしまったな。」


……

「す、すみません、大声を出して。」

「なぁに、構うものか。愉快愉快。」

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