『土地の因縁』のしわざよ

オプスが慌てて出かける支度を始めた。悪魔祓いの道具や銀の武器などものものしい。

「何処へ行こうというんだ。心当たりはあるのか?」

ディック氏がおっとり刀で準備する。

「ハルシオンの地下研究室よ。あの子に危険が迫っている。それも敵の術中よ。私達が助けに来ると思ってあの子に何か仕掛ける筈」

「そんなこと、絶対に許さない!」

ヒステリックな声に振り向くとエリファスが青筋を立てていた。「わたしの可愛いハルシオンに何かあったら悪霊だか死神だか知らないけど八つ裂きにしてやるから」「落ち着け。俺達も行く」

俺はエリファスを宥めた。

「大丈夫よ。あの子は強いもの。それに、私には最強の守護霊がついているの」

エリファスは胸を張った。「オプス教授も来てくれるのか」とディック氏が訊いた。

「もちろんよ。と、いいたけど、ディック氏はノースとサリーシャを探してほしいの。悪魔祓いは魔道査察官の専門外でしょ?」、とオプス。

「ああ、わかった。セキュリティーポリスに出動を要請しよう。すぐに二人を保護してくれるはずだ」ディック氏はそう言うとノースを呼びに部屋を出て行った。俺達はメルクリウス寮へと急いだ。

メルクリウス寮は相変わらず幽霊屋敷だった。

俺達は寮の中に入ると、まずはエリファスの私室に入った。

エリファスの部屋は片づけが行き届いていて、きちんと整理整頓されている。「ハルシオンがここに来た形跡はないな」

俺がざっと部屋を見回す。

何かを探したり持ち出した形跡はなさそうだ。

次に俺達が向かったのは寮の管理人室だ。

「おお、あんたらか」

現舎監のグスマンが俺達に声をかけてきた。「ここ最近、このあたりをウロチョロしている怪しい男を見かけたことはないかい? 背の高い若い東洋人で、黒ずくめの格好をしている。顔は仮面をつけていてわからない」

俺はそう説明してグスマンの出方を窺った。

「ん~、見たような見なかったような…… あ、そうだ、思い出したぞ。確か数日前、深夜遅くにそいつを見たような気がする」

「本当か!どこでだ?」

俺は思わず身を乗り出して尋ねた。

「ええっと、あれは三日前の夜中だったかなぁ」

グスマンが記憶を辿る。俺達はグスマンの話を聞くことにした。「いや、俺だって最初は変だと思ったよ。だけど、なんかこう、様子がおかしかったからな」

グスマンは頭をポリポリと掻いた。「何しろ、真っ暗なのに電気をつけようとしないし、ずっと独り言をブツブツ呟いているし、なんだか気味が悪くなって、俺は怖くなっちゃって逃げたんだよ」グスマンはそう言って肩を落とした。「だけど、なんでこんなところにいるんだろうね。ここは寮の敷地だし」

「ま、そこは後で考えるとして、他に不審な男は見かけませんでしたか」俺はグスマンに尋ねた。

「ええ、何だ?何でも聞いてくれ」

俺達は聞き漏らすまいと耳をそばだてた。

グスマンは少し間を置いて答え始めた。「この一か月くらいの間だと思うんだけどね、夜中に妙な声が聞こえるようになったんだ。声っていうのは女の声だ。何か呪文のようなものをつぶやくと、女の悲鳴のような音が聞こえてくる。それが何とも不吉でな。俺の他にも何人か聞いたって言ってたから間違いないと思うんだが、みんな怖がって近寄らないから正体がわからなくて困ってるんだ」

「それはどんな声でした?」

俺は質問を続けた。

「う~ん、俺もはっきりは覚えていないんだがな。何だか不気味な感じだった。まるで地獄から響いてくるような」

するとオプスが青ざめた。「やっぱり『土地の因縁』のしわざよ。とても根深い集団な怨念が――そう、土壌に染み込んだ怨恨みたいなものが霊障を引き起こしている。そいつがグルッペを操っている」

「どういうことですか。オプス教授」

エリファスが追加説明を求めた。

オプスはまくし立てる。

「おそらく私たちの研究を潰そうとしているのだわ。特にハルシオンの発見は地縛霊たちの成仏と早期転生をうながす。そうなってしまえば、この土地に執着している怨霊集団は滅びてしまう。だからディック氏とサリーシャを操って魔導査察機構と学校を対立させようとした」

「となるとサリーシャが危ない。君は彼女の御子息だろう? 居場所に心当たりは?」

ディック氏に俺は即答した。「俺がサリーシャの立場なら旧寮に行くはずです」

「よし。じゃあ俺は旧寮に行ってみる。君はオプス先生と一緒に行動してくれ」

ディック氏は俺達に指示を出した。「ハルシオンは地下の実験室です」

俺は彼に場所を教えた。

「では、くれぐれも注意して…」

二手に分かれようとした瞬間、ディック氏の顔が引きつった。「お…お前…」

現れたのは意外や意外、ディック氏の妻キャロウェイだ。目の余白が真っ赤に光っている。

「下がってください」

俺は咄嗟に殺気を感じた。そしてディック氏をさがらせた。「こいつはベルフェゴールよ。女性不信や流産を司る悪魔だわ」

オプスがスカートの裾を押さえながら身構える。確かに奴はディック氏の奥方ではない。

牛の尾にねじれた二本の角、顎には髭を蓄えた醜悪な姿をしており、便座に座っている。

ベルフェゴールは重低音の裏声で吼えるように言った。「ディックよ。私は苦しい不妊治療を強いられている。お前のせいだ。お前が種なしのせいで私は『孫の顔が見たい』という姑の期待に応えられないでいる」

「だったら、嫌だとはっきり、エリファスに直接そう、言ってくれ。」

ディックはぶるぶると震えた。ベルフェゴール――ディック夫人だった者――はきっぱりと否定した。

「いいや。あの姑はお前を溺愛している。私のいう事など信じる者か」

「だったら、一緒に謝りに行こう。俺から母さんにきちんと説明する。『種なし息子』で申し訳ありませんって」

ディック氏が必死で説得するがベルフェゴールはかぶりを振った。「もう遅い。魔導査察機構の怠慢とノース教授の癒着。二大醜聞は英国じゅうに知れ渡るだろう」

「待ってください!」

そこにハルシオンが駆け込んできた。「僕が全部悪いんです。父さんやエリファス叔母さまやオプス教授を責めないで下さい」

「ハルシオン!どうしてここに?」

ディック氏が驚いて尋ねた。

「ごめんなさい。でも、どうしても、父さんの力になりたくて」「なんて健気な子なの」

オプス教授が感動して涙ぐむ。

「ありがとう。さすがは俺の息子だ」

ディック氏はそう言うと、ベルフェゴールに向かって宣言した。「俺の大事な家族をこれ以上傷つけるのは許さない」「ふん、ならば、どうするというのだ?」

ベルフェゴールが挑発する。「俺は悪魔祓いの資格を持っている」

そう言うなり、彼は懐中電灯で悪魔の身体を照らした。「悪魔め、消え失せろっ!」ディック氏は聖書の言葉を唱え、聖水を振りかけた。「ぎゃあああっ」

悪魔が悲鳴を上げて悶絶する。「おお、神は我らを見捨てなかった」

オプスが歓喜の声を上げた。

「い、いかん。俺は逃げねば」ベルフェゴールはそう言うと、一目散に逃げ出した。「お待ちになって!」オプス教授もその後を追いかける。

「ああ、また失敗したか」

ディック氏が頭を抱えて嘆いた。「すみません。僕の力不足で」ハルシオンが謝った。「いや、君が悪いわけじゃない」

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