オーウォンの金星の庭

御法川凩

第1話 プロローグ ~冬の終わり~

南の空にカノープスが赤く輝いています。

夜明け前。蛇行した道を白い息を弾ませながら、家路に向かうものがいました。月長石に似た毛並み、まん丸く手足がニョッと飛び出した生き物。オーウォンです。


「随分と遅かったのね」

大きな円形の建物の前で体の埃を払いました。扉をノックすると、モノクロなスラリとした女性が迎えの扉を開いてくれました。


「夢中になり過ぎたよ」

布張りの丸い椅子に腰かけるとすぐにお茶が運ばれてきました。モノクロの女性は真っ赤な紅茶をカップになみなみと注ぎ、それから、香ばしく湯気のたった四角いパンの上に黄金色をした液体をトロリとかき回しました。


「去年のメープルシロップよ。もうこれっきり」

「ああ、そうなんだね。しばらく、これが無いかと思うと悲しくなるよ」


そう言ったあと、一口ごと惜しむように頬張りました。

「いい香り、随分と採れたのね」

オーウォンから受け取った麻の袋にはフキノトウでいっぱいでした。


「多分ほら、今年の冬が寒かったから」

あっと言う間にパンを平らげて、椅子を降りました。

「疲れたから、寝るよ。目が覚めたら、フキの天ぷらかな?」

「はいはい、フキみそにして保存するつもりだけど、少しお昼用に残せばいいね?お休み」


それを聞いてから、のそのそと部屋の隅の階段を上がって行きました。

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