ねこねこ戦記〜猫たちの異世界狂想曲~
志雄崎あおい
1章 家猫だって異世界を冒険したい
第1話 家猫ですが何か?
目の前を埋め尽くすのは無数のモンスターの群れ。
その無数のモンスターを前に、ネコミミを付けた人間の姿となったわたしは不敵に笑う。
振り返れば沢山の仲間達が頷きを返してくれる。
猫の大軍団の先頭に立ち、わたしは剣を高く掲げ振り下ろす。
それを合図に、唸る地響きと共に無数のモンスターと猫の大軍団が激突した。
………
……
…
「ルナー、ご飯よー」
飼い主さまの呼ぶ声に、わたしははっと目を覚ます。目の前にあったのはいつものわたしが暮らしている部屋の景色だった。
モンスターの群れも、猫の大軍団もいない。
「夢か」
最近、こんな夢をよく見ているような気がする。
「異世界かぁ」
本当にあるのなら、それはどんな所なのだろう。
猫の、猫による、猫の為の異世界。
ああもう、考え始めると妄想が止まらない。
「ルナー、ご飯ー」
飼い主さまの呼ぶ声がもう一度聞こえる。おっと、そんな事を考えている場合じゃなかった。わたしはにゃーと返事をすると声のしたリビングの方へとかけていく。
わたしはルナ。飼い主さまに飼われている家猫だ。夜空のような黒い毛に、お腹に三日月のような白い毛の模様がある事から、月の女神さまの名前をとって飼い主さまがつけてくれたのだ。
「今日のご飯は何かな?」
ワクワクしながらわたしが足を弾ませる。といっても、大体の場合はカリカリなんだけど、最近になってたまに高級な猫缶がもらえるようになったのだ。
今日はどうかなーと飼い主さまの動きを目で追っていると、先にエサ場にやってきていた三毛猫が声をかけてきた。
「遅かったなルナ。また、馬鹿な妄想していたのか?」
「だったら何よ。ミケ、何か文句あるの?」
わたしがむすっとした声で返すと、三毛猫はやれやれとばかりに尻尾を振った。
「異世界で主人公になって俺TUEEしながら無双するなんて、馬鹿な妄想と言わずになんて言えばいいんだ」
「そんなの実際に行ってみなきゃわからないじゃん」
「そんな都合のいい異世界があるわけないだろ。馬鹿な妄想もほどほどにしとけよ。これだから家しか知らない家猫は」
ミケが溜息を吐く。
ミケは元々は野良猫だったらしい。怪我をしていた所を保護されて、それが縁で飼い主さまに飼われるようになったのだという。だから、事あるごとにわたしの事を無知な家猫扱いして馬鹿にしてくる。
もう、それが腹が立って仕方ない。
「家猫ですが、何か?」
わたしは開き直ると、強がりで返す。
このセリフも何回言ってるんだかわからないけど。
「それに馬鹿な妄想って……」
わたしが異世界の妄想をするようになったのはミケのせいなのに。
ミケは覚えていないのだろうか、この家に貰われてきたばかりの時にわたしを落ち着かせる為にしてくれた猫の勇者の異世界譚を――。
「はい、二人ともご飯よ」
飼い主さまがご飯のお皿を目の前に置く。とりあえず、話は中断。
目の前のご飯にがっつく事にする。
ミケの方をみると、もはやわたしに眼中なしでがっついていた。
今日のご飯はカリカリと猫缶のハイブリット。
猫まっしぐらにならなければ嘘である。
わたしとミケがご飯を食べ終わりソファーに座る飼い主さまのそばでまったりしていると、
「ごほ、ゴホゴホ……」
咳の音が聞こえてくる。咳をしているのは飼い主さまだった。
あれ、飼い主さま、また咳してる。
最近よく咳をしている姿を見るような気がする。
「ミケ、飼い主さま、どうしたのかな?」
「……」
ミケに話しかけると、ミケは無言でソファーを降りるとスタスタとリビングを出て行ってしまった。
「ちょっと、ミケってば」
なんなのよ、もう。午後は飼い主さまはお出かけという事で、わたしはいつもの窓辺に行くとごろんと横になって丸くなる。
食後はいつも窓辺で太陽の光を浴びながら、お昼寝するのが日課なのだ。
「いや――それは、――しかし――」
お昼寝をしていたわたしは、口論する声で目を覚ました。
「ムニャムニャ……、ミケ?」
片方の声はミケだ。でも、誰と話しているんだろう。
眠い目を擦りながら起き上がる。まだ昼過ぎだというのに、不自然に部屋の中は暗かった。
リビングを抜けて飼い主さまの寝室に向かうと、部屋の扉がちょっと開いていて、そこから金色の光が漏れ出していた。どうやら、声はこの部屋の中から聞こえているらしい。
わたしは、見つからないようにこっそりと部屋の中を覗き込む。
「猫神さま、何度来られても同じです。ルナはまだ子猫ですよ
、大体、家猫に使い魔〈サーヴァント〉なんて務まるはずないでしょう」
「ミケよ、お主が心配する気持ちもわかるぞよ。しかし、あの子の素質は目を見張るものがある。彼女ならば使い魔〈サーヴァント〉として申し分ない実力を発揮してくれるはずじゃ。どうか会うくらいは許してはもらえぬか」
「馬鹿な、ルナが使い魔〈サーヴァント〉だなんてありえない。そもそも使い魔の導きは救済のはずじゃないですか」
「だから、こうして儂が直接来ているのじゃないか。それだけ切羽詰まっているという事なのじゃ。ニャルハラの最終戦争は近い」
ミケは眩い光に向かって話していた。そして、その光の中心には二本足で立つおじいちゃん猫の姿があった。
「ほれ、この肉球が目に入らぬか」
そう言いながら、前足の肉球を前に突き出している。
猫ではあるんだけど、二本足で立っているし猫の仙人といった雰囲気。
しかも、どうやらわたしの事について、話しているっぽい。
「あのー」
まあ、出ていった方がいいんだろうなと思って、わたしはミケとおじいちゃん猫に声を掛けた。
「ルナ!? 来てたのか」
「いや、なんか、わたしの事話してるっぽかったから」
ミケが驚いている。彼の驚く顔を見るのは初めてかもしれない。ちょっと優越感を感じていると、
「おお、ルナよ。いい所に来たぞよ」
おじいちゃん猫がわたしに声を掛けてくる。すごい喜んでくれているけど、あまりにも大げさなのでにやけてしまう。
「ミケ、この猫は?」
わたしが訊ねると、ミケは「仕方ねぇな」と鼻を擦ると、
「このお方は、猫神さまだ」
「猫神さま?」
「猫の神だ」
そのまんまだった。とはいえ、本当に猫の神様らしい。
「猫達の楽園ニャルハラを治めている神々の一人だ。ニャルハラは別名猫の起源地〈ワールドオブオリジン〉とも呼ばれる猫という存在を保障している重要な場所でな。
もしニャルハラがなくなったら全ての時間と空間から猫という存在が消える。このニャッバーンさまはそんなニャルハラを治めている猫だ。まあ、要するにすっごい偉い方って事だな」
「へー、このおじいちゃん猫がね」
「この肉球が目に入らぬか」
「ははー」
ニャッバーンさまが肉球を見せるのに、わたしは前足を前に突き出して伸びをする。
「コホン、それで話してもいいかな?」
「あ、どうぞ」
というか、そっちから始めた小芝居だと思うけど。
ニャッバーンさまは居住まいを正すと、真面目な声音で話し始めた。
「実は、今ニャルハラは危機に瀕しておるのじゃ。MTTB(Material of The Twilight Beans)と呼ばれる未知の敵の攻撃によっての」
「MTTB?」
「うむ」
わたしが言うのに、ニャッバーンさまが頷く。
「すでに影響はこちらの世界にも出始めているはずじゃ、お主の飼い主が猫アレルギーになっておるじゃろう」
ニャッバーンさまが言うのにわたしははっとする。
「もしかして、飼い主さまが最近咳をしているのって」
「左様、猫アレルギーぞよ」
「ミケ!」
わたしはミケを見る。
「まあ、そういう事なんだろうな」
ミケは、眉を顰めると肯定した。
ミケはその事に気が付いていたのだ。
飼い主さまが最近咳をしている事も、病院に通っている事も猫アレルギーが原因だという事に。
「今は、ただの猫アレルギーに留まっておるが、このままMTTBの脅威が続けばいずれさらに酷い事が起こる。ニャルハラは猫のみに影響があるのみにあらず、猫に関わる全てのものに影響があるのじゃ」
なんという事だろう。このままでは飼い主さまに厄災が降りかかってしまう。
「そのMTTBってやつの脅威が無くなれば、飼い主さまの猫アレルギーも治るって事だよね」
「もちろんぞよ」
ニャッバーンさまが即答する。
しかし、それを即座にミケが否定した。
「俺達の力程度で何かが変わるわけがない。飼い主の猫アレルギーがニャルハラに由来するものだとしても、俺達が行った所で焼石に水を差すだけだ。ほっといても他の奴が何とかするだろ。俺達は飼い主の傍に居てやればいい。大体、俺達が急に居なくなったら飼い主が悲しむぞ」
た、確かに。わたしがミケの言葉に動揺していると、
「その辺は心配いらんぞい。何の為に儂自らこうして来ていると思っているのじゃ。儂の力ならば猫一人〈居る事にする〉事など容易い。ルナがニャルハラに行っておる間も儂がルナが飼い主殿の元に居る事にしてやるぞよ」
「そんな事出来るの?!」
「儂は猫と人を繋ぐ神じゃからな。ほれ、この肉球が目に入らぬか」
そう言うと、ニャッバーンさまは肉球を前に突き出す。
「飼い主殿に迷惑はかけん。だから安心してよいぞよ」
ニャッバーンさまはそう言うと、蓄えた髭を揺らしながら笑みを作る。
「猫と人が共に暮らし始めた時に取り決められた〈家猫条約〉によって、家猫をニャルハラに連れて行く時は出来るだけ人の生活に影響を与えないようにと決められておるのじゃ」
それから、ニャッバーンさまはミケに目を向けると、
「ミケよ、お主も猫が悪いのぉ。その事、お主にも話しておったというのに」
ニャッバーンさまが拗ねた顔で言った。
「それなら、飼い主さまの事は大丈夫って事なんだ」
条約で決まってるなら安心だよね。
とりあえず飼い主さまを心配させなくてすみそうでよかった。
「ルナ、頼むぞい。全時空の猫の未来がかかってるんじゃ」
ニャッバーンさまが語気強く言った。
わたしは少し考えると、
「わたし、行きます」
「おいっ、ルナ」
「だって、飼い主さまの猫アレルギーをこのままにしておけないよ。それに、わたし異世界に行ってみたい」
「行ってみたいってお前な」
「ミケが話してくれたんだよ。それからずっと憧れてたの」
ミケがしてくれた異世界譚、全てはそれが始まりだ。
「ったく、あんな話するんじゃなかったぜ」
ミケはそう言うと唇を噛む。
「うむ、ルナよ。よく言ったぞい。詳しいことはニャルハラに行った後に話を聞くのじゃ。ではゲートを開くぞよ」
ニャッバーンさまが何もない空間に手をかざすと、そこから輪っかのようなものが現れた。輪の中には光の奔流が暴れまわるように波打っている。
ここに入れという事らしい。
わたしがゲートに向けて足を踏み出そうとすると、
「ルナ」
ミケに呼び止められた。
「何よ」
わたしが振り向くと、ミケがいつになく真剣な顔を向けてくる。
「本当に、行くつもりなのか? 異世界なんてお前が考えてるような甘い場所じゃないんぞ。戦いだってあるんだ。わかってるのか?」
「まあ、何とかなるんじゃない?」
「ったく能天気なやつだな。絶対わかってないだろ。これだから家猫は」
いつもの決まり文句を言うミケにわたしは軽く口元を上げると、
「家猫ですが何か?」
決まり文句を言って、わたしはゲートへと飛び込んだ。
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