I know 2

川谷パルテノン

第1話 ハングドマン

「いただきます」

「はいどうぞ」

 当たり前のように出来上がった朝食。ごはんみそ汁目玉焼き。一人の頃は食べない日のほうが多かった。ミサキと結婚して本当によかった。



「おはようございます鮠眉はやみさん!」

「なんだお前か」

「素っ気ねえ。まあいいすわ。頼まれてた資料見つけてきました」

「仕事は見つかったのか」

「ここが本職です」

「雇った覚えはない。対価を払ってるだけだ。さっさとまともな仕事を見つけたらどうだ」

「鮠眉さん、俺はこれでも責任感じてるんです」

「お前が何を背負っても意味などない」

「冷てえ。鮠眉さんが鬱陶しがっても俺は付いてきますからね」

「勝手にしろ。便利なうちは使ってやる」

「ところで三年前の殺人事件なんて何を調べてるんです」

「お前はコレを調達するだけでいいと言ったはずだ。用が済んだなら帰ってくれ」

「愛想無え。はいはい。また何かあったら呼んでくださいね。この檜山凪ひやま なぎ、鮠眉興信所の草の者として精進して参る所存ゆえ」


 不暮町くれないちょうにある探偵社鮠眉興信所。所長、鮠眉千景は三年前にこの町で起きた殺人事件の記事を眺めた。鮠眉がこの事件について調べるわけは一週間前の依頼に起因する。依頼人の名は御堂京。三年前の事件の被害者、御堂ミサキの弟である。御堂ミサキの死に様は凄惨なものであった。遺体の首筋に巻かれたロープの先は床にペグのようなもので固定されており、その状態から逆さ吊りに引っ張り上げたことによる窒息死。言わばタロットカードにおける「吊るされた男」のような状態で発見された。現場から一目瞭然、異常者の犯行であると断定されたこの事件は現在も捜査中であるものの犯人の特定には至っていない。ただ御堂ミサキには当時夫がおり、事件発覚直後より所在の掴めないその人物を警察は重要参考人として手配した。

 御堂京は難航する警察の捜査に業を煮やし、ミサキの夫である須賀沼理志すがぬま さとしの捜索を鮠眉に依頼。鮠眉も初めは今も警察が捜査中であること、それでも手がかりすら掴めないでいることを理由に結果は保証できないとして断りを入れたが京はしつこく、結局は鮠眉が折れる形で須賀沼の調査を受けることとなった。京は姉ミサキ殺害の犯人が須賀沼であると確信している様子で、姉が須賀沼からDVを受けていたこと、そのことも含めて事件当時は夫婦間が上手くいっていなかったことを本人から相談されていたことを鮠眉に話した。鮠眉は何か分かり次第追って連絡するとしてから今日で三日が過ぎたものの調査は特に進捗を見せないままだった。


「随分むずかしそうな顔をするわね」

「なぜ君がいる」

「あなたが祓い師として未熟だからじゃないかしら。おかげでこうして意思疎通ができてしまうようになった。不思議よね。因果なものだわ」

「僕は一応こう結論づけた。キミは僕自身の見せる幻視であると。そういう意味では確かにまだまだ弱い人間ではあるな」

「あなたがどう思おうと勝手よ。たとえ幻でも"カノジョ"じゃなくてわたしを選んでくれたこと、嬉しいわチカゲ」

「アキ、キミは死んだんだ。至るべき場所で大人しくしていてくれ」

「わたしがあなたの弱さなら、そうね、今あなたが調べていることで少しは役に立つと思うわよ」

「檜山といいキミといい、僕はつくづく人付き合いに恵まれないね」

「ふふ、彼も健気で可愛いわね。ただ一つ忠告してあげる。彼みたいなまっすぐな人間はいつかきっとあなたの致命傷になる。塔雨詩乃生とうさめしのぶのときみたいにね」

「失せろ!」

 写路燁子うつしろ あきこの姿は煙が立ち消えるようにして見えなくなった。彼女は遠い昔に自死している。鮠眉は椅子に深く座り、大きなため息をついた。今一度、事件の記事に目を通しながらしばらくもの思いに浸っていた。ようやく何かを思いついたかのように電話を繋いだ。

「もしもし、やっぱ鮠眉さんてツンデレってやつですよね」

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