弟が死んだ日

赤いもふもふ

弟が死んだ日

 今日弟が死んだ。

 俺には、どうしようもなかった。

 母さんは、俺に罵声を浴びせながら泣き崩れて、父さんは俺をぶん殴った。

 俺は、涙一つ出せずに、ただ立ち尽くしていた。

「なあ、母さん。どうして泣いてるんだ」

 俺の問いに、二人は異物でも見るかのような目を向けてきた。

 意味のない言葉の羅列が、二人から濁流のように浴びせられる。

 初めて聞いた、怒りと悲しみがこもったその声は、俺ではなく弟のためのものだった。

 俺はその場を飛び出した。

 行く当てなんてないけど、それ以上そこにいることもできなかった。

 走りながら、考える。

 いったい、何が違うのだろう。

 俺と弟で、何が違っていたんだろう。

 答えを見つけることができないまま、俺は走り続けた。息を切らして、足を震えさせて、たどり着いたのはいつも遠くに見えていた森だった。

「良かったな」

 呟いた言葉は、木々に吸い込まれて消える。

 俺とお前が憧れていた景色は、たしかにお前のもとに存在していた。 

 それはきっと、お前にとってこそ必要なものだったはずなのに、もうそれを知ることはできない。

 目から、涙がこぼれた。

 慌ててぬぐっても、それは止まる気配を見せなかった。

 俺は心底驚いていた。俺の中に、こんなものがあるだなんて思ってもいなかったから。

 俺は座り込んだ。

 次から次へと湧いてくるそれらを、俺は必死に押し流した。

 暗くて、静かな森の中は、俺に日常を思い返させた。

 ひとしきり泣いて、全部流しきってから、俺は立ち上がる。

 溢れ出たそれらは、俺が抱えるには重すぎる荷だった。

「全部、お前に置いてくよ」

 そうしないと、俺はきっと、生きていけない。

 俺はそう確信していた。

 お前は、遠くにあったそれに焦がされて、焼き切れた。

 それなのに、目の前で見せられた俺が、それ以外に抱えて持っていることなんて到底できるわけがなかった。

 俺は家路についた。

 行きとは違って、ゆっくりと歩いた。

 鍵を開けて電気をつけると、そこにはもう二人はいなくて、ただいつもの風景だけが広がっていた。

 戸棚に入れておいたカップ麺から適当にとって、お湯を入れる。

 ふっと、ソファに向けてカップ麺を投げたことを思い出した。

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弟が死んだ日 赤いもふもふ @akaimohumohu

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