29 鬼が哭いた……。

 


 ミノタウルスが渾身の力でルークへ向かって投げたつけた戦斧は、ルークの持つアイギスの盾によって弾かれ、そしてあらぬ方向へ飛んで行く。


『この盾は別名 【水鏡みかがみの盾】というんだ。打撃はいなし、魔法攻撃は放った相手にそのまま跳ね返す。魔法攻撃じゃなくてよかったな』


 ルークの言葉にミノタウルスはそれを見て忌々しく呟く。

 

 「チッ……。オノレ、メデューサめ!」



 ルークはアイギスの盾を手離し、魔槍レーバテインを構えなおすと、ミノタウルスヘ突っ込んでいく。


 ミノタウルスは片手に戦斧を構え攻撃態勢をとっている。


 激しくぶつかり合う魔槍と戦斧。数合の後、ミノタウルスの振り回す戦斧を掻い潜り、ルークの魔槍がミノタウルスのゼロ距離まで届く。


『ミノタウルスよ、これで終わりだ! 

 喰らえ!AgniアグニBurning Lance無慈悲の焔斬


 ルークの必殺技がミノタウルスに届いた瞬間、魔槍レーバテインが弾かれた。


 攻撃が弾かれた事に驚きは隠せない。一瞬動きが止まったルークに、ミノタウルスの持つ戦斧の刃の付いていない反対の斧頭が襲いかかる。

 戦斧を脇腹に受けてルークは数十m吹き飛んでしまった。


『グハァッ――。


 なぜだ?……。なぜ、レーバテインが弾かれる?』

「フフン!アザエルよ。我には、そんな攻撃など効かぬわ」


 立ち上がり、距離をとるルーク。


『クッ。第三形態でも通じないのか? 

 ――ならば、もう一つギヤを上げるしか無いか。

 いや、待て!何かがおかしい?…

 もしや……?」


 ルークは最初にミノタウルスが座っていた白亜の壁を睨む。壁の向こうを透視するように睨む。ルークの脳裏に何かが浮かび上がる。


『――まさかな?……。やはり、もう一段階、いや二段階必要か!仕方がない、ギヤを上げてやる!』  


 ルークは、またもや自らに気合を入れる。右手に握っていた魔槍レーバテインを消すと、両手を前に出し手を回転させる。そして胸の高さで両手の掌を合わせる。そして二度合掌した。


 「「パ、パシーン――!」」


 するとルークの全身が又、光輝き出した。瞬く間に背中の翼が新たにニ枚、そして続けざまに二枚生えてしまった。今ルークの背中には翼が六枚有る。体は白く輝いているが、背中の翼の色は漆黒の黒だ。 

 ルークはエキドナと対戦した時のように更に変化するが、背中の翼が更に増えている。



『ウォ――!――来い!聖剣デュランダル!』


 ルークが叫ぶ。


 右手に持っていた魔槍レーバテインの代わりに、新たに光り輝く純白の長剣が現れた。


『クゥ~この剣は一度だけしか扱えねぇから速攻でいくぞ!

 ウォリャァァァア――! 

 Apoアポロ : Shining Cross閃光斬


 ルークは新たに手にした聖剣デュランダルを構え、大きく大上段に振りかぶった。


 かたやミノタウルスは変化したルークの攻撃に集中する。いつの間にか拾った戦斧を構え、両手に持った戦斧を前に突き出し交差するように構えた。


 この一撃が決まるかどうかで、勝敗が決まるとミノタウルスは思っていた。


 しかし、ルークの攻撃はミノタウルスに向かって行かず、斬撃は大きな光の刃となってミノタウルスが最初に座っていた白亜の壁目掛けて突き進んでいく。


 ミノタウルスは呆気にとられる。自分に攻撃が向かって来ない……。


 後ろを振り返る。

 白亜の壁に光の刃が突き刺さっていく。

 ミノタウルスの顔が驚愕に染まる。


「――ま、まさか? アザエルは気が付いていたというのか? いつからか?

どうして?……。ならば?……。も、もしや……?

 いや、なぜアザエルが聖剣を扱えるのだ?魔剣ならいざ知らず、どうして聖剣を……?」


 ルークの放った攻撃は白亜の壁をぶち抜き、そして壁奥に隠れるように鎮座してあったモノを真っ二つにした。


 それは、薄汚れた一枚の板のようなモノ。30㎝×60㎝ぐらいの石版だった。

 石版の表には、苦痛に満ちた男の顔が彫られてあり、見た事も無い様な文字が彫ってある。そして裏には変な紋様の中に異形の姿のモノが彫られてあった。

 それは【愚者の石板】という。

 三種の魔具の一つだったモノが二つに割れてしまっている。


 

『やはりな。おかしいと思っていたんだ。テメェがいくら呪われた神の子と云えど、島を移動させたり角が増えてパワーアップするとは考えられねぇんだ。

 誰かが、テメェの後ろで潜んでいやがるんじゃねえのか?

 愚者の石板をどうしてテメェが持っていやがる。ってか、愚者の石板は真っ二つに破壊してやったがな。

 後でしっかり喋ってもらおうじゃねぇか!』


 聖剣デュランダルのを受けて、魔界の魔具という愚者の石板は破壊された。


【――キシュィ――――ィ――ン――】


 割れた石板からモスキート音のような、耳障りな音が聞こえる。

 更には石板からどす黒く妖しい煙の様な物が天井へ向かって立ち上がっていく。

 割れてしまった愚者の石板からは、魔力は感じられなくなってしまった。

 やがて、原型が分からない位にボロボロと崩れ落ちて、土塊になってしまった。


 その煽りをくらい、この浮島全体に震動が走る――。

 地面が震え地割れの様な音が聞こえる。愚者の石板の力が無くなった影響なのかもしれない。


 更にはミノタウルスの様子も変化が起きている。

 ルークのように純白の姿から元々の黒ずんでいた姿に戻り、額に生えていた二本の角もなくなってしまい、元の牛の角の姿に戻ってしまった。


「ウォォォォォォォ――――!オノレ、オノレ、オノレ、アザエル――!

よくも、石板を――!」

『フン!やはり黒幕が後ろにいるようだが、その黒幕も詰めが甘かったみたいだな』

「クソォォォォォ――――!」

『ムダだ、ミノタウルスよ。俺様がテメェに引導を渡してやる。

 安らかに眠れ――! 

 AgniアグニSaint Fire Slash爆炎ノ浄化――!』

「グオゥゥゥゥゥウ――――」



 ルークが聖剣デュランダルで放った最初の一撃は、壁の奥に隠してあった石板を破壊した。

 すぐに聖剣デュランダルは消えてなくなってしまった。替わりに魔剣レーバテインに持ち替えて、続けざまに本来の姿のミノタウルスを袈裟懸けに一刀両断にした。


 呆気ない最期。両目を見開き、そして静かに倒れ込むミノタウルス。


 愚者の石板と云う、魔具の加護を失ったミノタウルス。首筋の肩からわき腹に心臓コアごと切断されたミノタウルス。仰向けに倒れ消えゆく霧となりながらもルークの方を睨んでいる。


「クゥゥウウゥゥ――。このままでは終わらぬぞ。決してこのままでは……、こ、こんど、転生したならば、キ…キサマを……」

『そうだな、今度転生したなら、美味い酒でも共に飲み空かそうじゃないか……』

「な、なんだと……キサマ……。何を言っている……。戯言を……」

『ミノタウルスよ、お前は誰かに操られていたんじゃないのか? 怨み辛みを利用させられて、島を移動させる芸当はテメェには似合わねぇからな……。

 まぁ、それは仕方がないかもしれないな…………?

 しかし、テメェの怨みだけの呪縛を、いつかは誰かが解かなきゃならないんじゃなねぇか。テメェも長く辛く苦しかったのは分かっているつもりだ……。

 もう、いいんじゃないか……。安らかに眠れ――』


 ルークの言葉がミノタウルスの心に優しく響く。


 自分の所為でこの姿に産まれた訳ではない。親の所為で呪いを受け、親を呪い、自分を呪った。もはや憎しみの感情しか持ち合わせていない。その怒りの呪縛が解かれようとしている。


「ソ、ソウカ……。ソウダッタノカ…?

 いや、ソウダッタナ…………。

 我は、怒りしか感情を持っていなかったのだ……。

 普通でよい。只の普通の穏やかな暮らしの中で、生きる喜びを見つけたかったのだが……。今とナッテハ…………。

 ウォ、ウオォォォ―――。ウォォォォォォォ――――!」

 

 ミノタウルスはいた。声を荒げて哭いた。島を揺るがすほどの慟哭どうこく――。


「アザエルよ……。スマヌ……。いや、アリガトウ……。


 …………。アザエルよ……。――■■エルに、キをツけろ……」


 ミノタウルスは、ルークを見つめる片方の目から一粒の涙を落した。


 足元から消えゆくミノタウルスは、穏やかな笑みを浮かべているようだった。 

 やがて、黒い粒子となって全てが消えていった。



 親が受けた呪いの所為で、この世に醜い姿で生まれてしまったミノタウルス。

 怒りや怨みの感情でしか自分自身を支える事が出来なかったのは事実。


 自分の存在が消えようとしている今、ようやく安堵の気持ちになれたのかも知れない。ミノタウルスの長く苦しい呪縛は、ようやく今解き放たれたのだった。


  

『■■エルだと、もしや⁉ 天使の中に黒幕がいるのか?

 だとしたら……。一体……?』


 ミノタウルスの消えゆく姿を見ながら、ルークの表情は曇ってしまった。


 



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