31 後始末

 空に浮かぶヘリコプターを指差すプロメテウスを見たエキドナは理解する。


「ハイ!プロメテウス様、やってみます」

「うむっ! やってみるがよい」


 エキドナはプロメテウスから貰った隠者の杖に自らの魔力を込める。

 すると隠者の杖が大きく伸び始める。エキドナの背丈ほどに大きくなると伸びが止まった。

 エキドナは隠者の杖を両手で掴みなおすと、杖の先を地面に打ち付けた。

 そして叫ぶ――。


「我は望む。この光を目にした者達。更に、この島に居る我ら以外のこの島に関係する妖や魔物に関する全ての記憶が失われる事を――。  

Forget It――忘れちまいな――!!」


 相変わらずなんとも言えない珍妙な呪文をエキドナは唱えた。エキドナに呼応するかのように、隠者の杖の紫色の宝珠から巨大な光が、柱の様に天に向かって立ち上がる。

 夜の暗闇に紫の巨大な柱が映える。


 その光を浴びた空から撮影しているヘリや、それを通してモニター越しに見ている各所の関係者は呆然としている。

 天だけでは無い。地面を伝い海中にまで広がっていく。それは海底で待機している原子力潜水艦スサノオまで伝播する勢いだ。


 大型戦艦アマテラスや原子力潜水艦スサノオ。そしてヘリコプターから撮影をしているTVのクルー達によって全世界に、エキドナの記憶損失の魔法が伝播していく。


「うっ――――。力が抜けていく……。こ、これは……」


 呪文の後、ふらつくエキドナ。自分の魔力を媒体にして、巨大な魔法を打ち上げたから相当な量の魔力を消費したのだろう。







 一瞬、島の外の時間が止まる――。


「まぁ、そんな処かね。そろそろこの島を離れぬと、折角のが台無しになってしまうぞ」

「わ、分かりましたプロメテウス様。

 おいで、レオン!」

【ギャウォ――――】


 レオンは一鳴きするとエキドナの元へと歩み寄る。先程、城のような建造物の中から外へ連れ出してくれたから、側に居たのだ。


 エキドナの前で跪いて背中に載せようと誘う。

 

 俺と卯月は場の雰囲気を読んでレオンの背中に座る。エキドナはフラフラしながら、プロメテウスと会話中だ。


「あ、あの……プロメテウス様、妾に何かアドバイスなどが御座いましたら……」

「良い良い。そなたの好きにすれば良い。そなたの奇想天外な行動は傍から観ていても面白いからのぅ。食レポも中々の食べっぷりよのう。あれは、観ていても面白くて堪らぬわ。ふぉふぉふぉふぉふぉ、今後も我を楽しませてくれよ。

では、又な……」


「プロメテウス様……。

 レオン、この地から離れて……」

ギャウォ――――ガッテン、承知の助

 

 プロメテウストと名乗った魔女は、いつの間にか消えて居なくなってしまった。


 俺達三人を乗せたレオンは空中へ向って駆け上がる。島を撮影しているヘリコプターより高度を上げると空中で一旦停止した。


 はぁ? なんだ? なんなんだ、さっきのゴスロリの少女プロメテウスって誰ヨ?

 誰か俺に説明してくれないか。エナさんはさっきのゴスロリの少女を崇拝している様子だから、聞きにくいしな。ルークは電池が切れちゃって俺のポケットで寝てるし、卯月ちゃんは俺の背中でレオンに乗ったまま未だにフリーズしてるし、ど~しましょったらど~しましょ?


 かたやエキドナはプロメテウスから譲り受けた【隠者の杖】を握りしめて、頬ずりしながら小刻みに震えていた。


 どうしたエナさん? 感極まった恍惚の表情だぞ――。



 ――そして、時間は再び動き出す。






 ◇ ◆ ◇ ◆ 





 エキドナの元にプロメテウスが降臨する、ほんの少し前の時間に遡る――。




「こちら原子力潜水艦スサノオ。戦艦アマテラス応答せよ! 繰り返す。こちらスサノオ、アマテラス応答せよ!」

「こちらアマテラス。スサノオどうした?」

「予定時間より例の浮島の攻撃地点の座標に入る事が出来た。その後変化は無いか?」

「例の浮島は移動を停止している。防衛庁本部より攻撃座標ポイントの再登録が来るだろう。しばし待たれるがよい」

「了解! こちらから防衛庁本部へ問い合わせてみる。又連絡する」

「了解! 攻撃時間まであと10分も無い。こちらも準備の再確認を行う」

「了解! 作戦の成功を祈る」


 なんて事だ……。例の例の作戦の決行までもう時間が僅かしかなくなってしまった。あの奇妙な第三勢力の人型達はどうなってしまったのだろうか?


 事前にアマテラス艦長大森は、計画通りに射程圏内に戦艦を後退し、何時でも砲撃出来る準備をしていた。勿論、随行していた小型哨戒艦や護衛艦も後方に待機させた。

 幾ら戦艦といえど、哨戒艦や護衛艦は大津波にあえば巻き込まれて転覆する恐れもある。二次被害は避けなければいけない。

 私の感情で物事は動かない。全ては本土を統括する防衛庁の管轄だ。スパコンであらゆる事態を想定し最低限な被害を選択するしかない。



――やがて、時は来た。


 この作戦に携わる全ての人達に緊張感が張り詰めてくる。カウントダウンが既に始まっているのだ。



「こちら防衛庁の岸和田だ。アマテラスとスサノオに告ぐ。定刻の時間になった為、作戦を決行する。コードネーム【ツクヨミは夜に笑う】は攻撃態勢に入った。

 戦艦アマテラス及び、潜水艦スサノオは此方から発射の弾道ミサイルの到着時間に備えて準備せよ!全ての砲撃の到着時間は本日8月15日、フタマル・マルマル20時00分だ。

 こちらの弾道ミサイルの発射時間は、作戦に合わせて秒読み態勢に入った。


 これよりカウントダウンに入る。


 60、59、58、57、56、55、54、53、52、51、50……ん。なんだ――。

 モニターから紫の閃光が上がっている。どうした?一体島に何が起こったんだ――?」




 島を破壊するべく用意した、日本の短距離弾道ミサイルの発射ボタンを押すべく構えている岸和田官房長官は息を飲む。


 モニター越しに例の島から妖しい紫色の光の柱が立ち上がっているのを観てしまってから、身体が動かなくなってしまった。岸和田官房長官だけでは無い。島の近くで撮影していたヘリのカメラを通して多くの人々の行動と考えが停止してしまった。


 ――なんだ? 俺は一体何をしようとしていたのか――?


 ヘリのカメラからの映像の視覚効果から、映像を観た人々に記憶操作の魔法が伝播した瞬間だった。誰もが、今現在何をしたかったのか? さえも覚えていない。

 勿論、官房長岸和田も例外では無い。


「んっ? 私は……。私は何を行おうとしていたのか……? 誰か、今は何かの作戦中だったのか分かる者は居るか? 大泉、どうだ?」


 岸和田は側近の大泉に聞いた。


「も、申し訳ありません。私は重要な任務を受けていた筈でしたが……。頭が、ボ~っとして記憶が有りません。何を行おうとしていたかも……。官房長官はどうですか?」

「そうか、やはりか?……。実は私も、何か行動を起こそうとしていたのかは分かるのだが、その先は分からんのだ……。このスイッチは、何だ?」

「取り合えず、情報が集まるまで、そのスイッチは押さない方が賢明でしょう。押して取り返しが付かなくなる恐れもありますので……」

「あぁ、そうだな。君の言う通りだ……。

 この無線が届く範囲に居る者に告ぐ。良く分からんが、今の現状のまま待機せよ。行動を起こしてはならん。何か異常事態があれば報告せよ」


 いや、待て……。何かを破壊するのが目的だったようだが……。

 そうだ――。あの島を破壊するのが目的だった。移動する島を本土に近づけてはいけない。それに、あの島は……何か危険な? 危険な…ナニカが…居た?

 ダメだ、思い出せない……。一体何が居たんだ。どうしたんだ……。

 クッソ――。  








 すると空に向かって紫色の閃光を放った島はユックリと沈み始めた。


「こちらアマテラス。スサノオと本部及び、無線を聞いている関係者に告ぐ。

 例の島が沈み始めた。くり返す! 島が沈んでいく」

「「何だと? 島が沈み始めただと? すると脅威は無くなったのか?」」


 誰もが呆然としながら安堵する。記憶の所々で霞がかかったように覚えが無くなっている。確かに移動する島が本土に衝突でもすれば、津波は発生し日本は甚大な被害を被るだろう。それとは別に、あの島ではもっと何か、大変な事態が起こっていたのだと言う事を、誰も覚えていないのだ。


 それが、移動を止めてから数時間後に静かに沈み始めるとは、なんという奇跡。

 そもそも奇妙な島が生まれた時点で妖しいのだが、それが消えてくれるというならばラッキーというしかない。


 官房長長官岸和田は溜息をついた。


「ふぅ~何か知らぬが作戦は一旦保留だ。一時間様子を見て、それから判断する。

 スサオノに告ぐ! 海底から島の状況を報告せよ。くれぐれも勝手な判断で動かないでくれ。もし異常があれば、すみやかに報告する事を忘れぬように。以上だ!」

「「はい、了解しました!」」



 やがて島はユックリと海底へ沈んで行った。沈むスピードは穏やかだったので、それに対する大津波は発生しなかった。本土には凪の様に1m程度しか波立たなかった。


「アマテラスとスサオノに告ぐ! 各艦ソナーを使い、例の島の状況を掴み次第報告をせよ!」

「「了解!」」


 戦艦と潜水艦は最新鋭の超音波測位システムを使い、島の動向を探った。地底に沈んでしまったから、機器からの反応は無い。


 「「異常は感じられません!」」


 アマテラスとスサノオからの返事を受けて岸和田は溜息をついた。

 

 脅威は去ったのか? いや、安心して良いのだろうか。いきなり浮き上がって移動する島が海底に沈んだとしても、又再浮上する可能性は0ではない。

 

 その後、監視体制は続きながらも、事態は収束に向かっていった。





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