18  レッドキャップ / 聖也

 時を同じくして、聖也と卯月は暗闇の通路を歩いていた。ぬめり付くような闇の中、足元を掬われるような不安があるから、歩幅が小さくなってしまう。

 薄い氷が張った池の上を歩くような感覚。一歩踏み外してしまえば、闇に飲み込まれそうだ。


 ピリピリした緊張感の中、不意に卯月が不意に後ろを振り向いた。


「卯月ちゃん、どうした? もしかして、何か居るのか?」

「居るわ。それも複数。聖也さん、立ち位置を変えましょう。私は右に居たほうがいいわ。なにかあったら、薙刀を振るうから……。

 聖也さんもいつでも神器を抜ける態勢でいてね……」

「わ、わかった……」



 




・赤鬼:つかさどる感情は「貪欲」。人間の心に巣くうあらゆる邪気の象徴

・青鬼:つかさどる感情は、「怒り・憎しみ」

・黄鬼:つかさどる感情は、「我執がしゅう」。わがままであることや自己中心性のことをいう

・緑鬼:つかさどるものは「怠惰・不健康」

・黒鬼:つかさどる感情は、「不平不満」


 それぞれの悪い感情が色付きの鬼に替わっているようだ。




「ケケケッ、何やらやって来たぜ」

「クククッ、ブチ殺してやろうぞ!しかし、楽しませてくれるのか?」

「アハハッ、無理だろ。俺様なら一太刀で終わりじゃねぇ~」

「面倒くせぇ……」

「そうは、ならんだろう。なにせ、此処まで来たんだ。油断するな」



 何かを呟いているモノが五体。ソレラは聖也と卯月が暗闇の中、歩いている姿を密かに見ていた。


 

「どうする? 誰が最初に行くんだ?」

「面倒くせぇ……。テメェが行け!」

「俺様が行けばイチコロ一殺じゃないか」

「待て待て、それじゃ~面白くない。折角のオモチャじゃないか。すぐに壊すなんて勿体ない、勿体ない」

「ケッ! お前は相変わらず、嫌な野郎だぜ……」

「それじゃ~折角だから、紅い帽子の人達に任せようか~

 楽しみだなぁ~どれだけ持つのかなぁ?」

「五分と持たねぇんじゃないか?」

「そりゃあ、無いんじゃないの? 何せ、此処まで来たんだからさぁ」








 聖也と卯月はやがて通路を歩き続けると広い空間へと辿り着いた。天井も高く壁際には松明が灯り、地面の数か所には篝火カガリビが燃えている。ここに来るまでの通路や他の空間よりは明るい。

 

 二人は目を凝らすと奥の方に神殿のようなモノがあった。祭壇の上には大きな鎧武者の甲冑が椅子に座り、こちらを睨むように鎮座している。









 傍観者達がヒソヒソ話をしていると、例の紅い帽子をかぶった人型が何処からともなく卯月と聖也の前に五体現れてきた。


「ウワッーって、なんだ、ゴブリンか?」

「待って聖也さん、なんかこのゴブリン達は島の平原にいたゴブリンと何か様子が違うわ。あのゴブリンと比べると雰囲気が違うような感じがするの。気をつけて……」

「そうなのか?」


 姿は一見するとゴブリンの容姿。ただ違うのは頭に紅い帽子を被り手には大きな鎌を持っている。


 その辺にいたゴブリンと比べると何か少し様子が違うのは確かに分る気がする。

 少し前傾姿勢で隙あらば、今にも襲い掛ろうとしている雰囲気はある。片手に大きな鎌を握り、肩に柄を掛けている。そして、もう片方のだらりと下げた手の指先から長い鋭利な爪が見える。


 彼等はレッドキャップ13。13匹のチームで結成されており、ゴブリンの中でも精鋭中の精鋭だ。大鎌を操り、相手の血を帽子に受けて紅く染めている。


 レッドキャップ達は、聖也と卯月をユックリと取り囲むように円になりながら動きはじめる。


 卯月と聖也は、囲まれた五匹のなかで背中合わせの状態で警戒している。一斉に攻撃をされれば一対多数で不利な状況だ。


 五体のレッドキャップ達は、ゆっくりと円を描くように卯月と聖也を中心に回転するスピードを上げ始める。今にも襲うチャンスを伺っているようだ。


「聖也さん、気をつけて……。恐らく連携でくるわ」

「そ、そうなのか?……。って、来たぞ――!」


 卯月の言葉を合図に、五体のレッドキャップが卯月と聖也に襲い掛る。

 卯月に対して三体のレッドが大鎌を振りかざしながら飛び上がり、三方から一斉に襲い掛かる。


 卯月は薙刀を一閃する。薙刀の刃で払う様に振りながら、石突きを右に反転させて近くにいた一体を牽制する。

 そしてもう一度振り切った薙刀の刃を左の大鎌に合わせ、振り抜いた後に自らの身体を反転させ、右側にいたレッドを石突きで串刺しにすべく深く突いた。


 聖也の方にも二体のレッドが地を蹴って地面すれすれの姿勢のまま襲い掛かる。

 聖也は神器でレッドの攻撃を右下から払う。並走して襲い掛かるレッドを神器のパワーで軽く一蹴する如く弾き飛ばすが、時間差で襲い掛るもう片方の鎌が聖也の髪の毛を掠め取った。


 卯月の突いた石突きは身近に居た一体のレッドを突いたような手ごたえを感じたが、実際の処そうでは無かった。

 卯月の薙刀の石突きは、寸での所で他のレッドの大鎌の刃によって軌道を曲げられていた。


 な、何なの?今のは、確実に石突きはゴブリンのお腹に刺さった筈なのに……。

 何が起こったの?……。この魔物は普通のゴブリンと格が違う。


 卯月は焦る。さっきのはタイミングは有っていたはずだと……。


 片や卯月の目の前のレッドは口角を上げてニヤリと笑う。

‟お前は、格下なんだ。早く死んでしまえ” と言わんばかりのように。


 それを見た卯月は身震いする。背筋に伝う見えない圧を払うように二度三度深呼吸をする。大きく鼻で息を吸い込みユックリと口から吐き出す。ヘソの下の丹田に気が集まってくる。


 落ち着かなきゃ……。折角ここまで来たんだから、頑張らないと何の為に戦っているのか分かんなくなっちゃう。

 さっきの牛鬼も死にそうなぐらい怖かったけれど、何とかなったから隙を突けばいけるかも……?


 自らを奮い立たせるように卯月は声をあげる。


「オリャァ―――! こんな所でクタバッテしまう訳にはいかないのよ――!

 聖也さん、落ち着いて! 一度には無理だから、一体一体確実に倒しましょう。

さっきの牛鬼も何とかなったから、落ち着けばやれるわ!」

「分かっているさ卯月ちゃん!俺達は選ばれた人間だから、ここでヤラレル訳にはいかないのは重々分かるさ。やってやろうじゃねぇの――。

 ウォリャァァァ―――!」


 卯月と聖也はお互いを鼓舞しあいながら武器を振るう。


―――ドクン―――。


 聖也の持つ草薙剣クサナギノツルギと、卯月の持つ弁慶の愛用した岩融イワドウシという薙刀の刃先が大きく脈打つように輝いた。

 






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