六年目、持ち上がった縁談
骨折といっても綺麗にスパッと折れていたせいか、俺の足の骨は治ってみたら前より頑丈になったようで、冬になっても傷が疼くというようなこともなかった。
あの爆発は検証の末、結局紅緒様の仰る通り、王の遺体に魔力を感知したら爆発するようなものが仕掛けられており、遺体を土産に下って来た側近は青洲様と紅緒様を巻き込むべく、自爆に及んだという事だった。
だがそれを紅緒様に看破されたせいで、青洲様からかなり距離のある場所での爆発だったこと、俺の万年筆に魔導錬金術研究所所長が組み込んだ防御障壁が発動したこと、この二点で青洲様は文字通りかすり傷で済んだのだそうな。
防御壁が展開していなかったら、紅緒様と俺はヤバかったらしい。
所長には青洲様から褒美が出た。所長の万年筆改造も認められ、今では将官・副官は皆、防御障壁展開機能が付いた万年筆を持たされている。
俺も紅緒様を守り抜いた事を評価されて、階級が一つ進んだ。
そして副官六年目、他国より重要な知らせが届いた。
と言っても、直接関係あるのは青洲様で、俺や紅緒様には関係あると言えばあるし、無いと言えばない。そんな話で。
「……青洲様はどうお考えなんすか?」
「どう、とは?」
「いや、政略結婚を持ち掛けられたんすよね? お受けになるとか、ならないとか」
「メリットがない」
「はあ……」
淡々と無感動に紅緒様は仰る。
そう、青洲様に次に攻めるか否かという国から、その国の王女との政略結婚の話が持ちあがったのだ。
けど、その国は国土も小さく、資源も乏しい。国民だって別に士気は高くないし、兵士も精強とは言い難い国で、特に攻め潰す利点もないからそうしないだけだった。
外交部としては服属を求めているが、気長にやってもいいという判断だし、戦になるなら特に困る事はないとも。
たしかに瑞穂の国に、その国と婚儀によって結ばれるメリットはない。
だけど戦ばかりしているよりは平和な方がいいとは思う。それは紅緒様も同じだろうけど、それでもメリットがないというならそうなんだろう。
書類の要点をまとめて、資料と一緒に紅緒様に渡せば、少し考えて紅緒様が口を開いた。
「……惚れっぽい相手らしい」
「惚れっぽい?」
「うん。諜報部が掴んできた情報らしいが、なんというか『真実の愛』がどうのこうのと、先日婚約破棄したところらしい。それもまだ婚約中だと言うのに、婚約者とは違う相手を公務に伴い、それを叱責されたら婚約破棄を叫んで、心因性のひきつけを起こして倒れたそうだ。それで王家有責で婚約を白紙撤回した、と」
「ちょ、エライもん青洲様に宛がって来ましたね」
「見かけだけはいいそうだ」
なんてこった。
俺は思わず絶句して、青洲様に同情する。
俺的には青洲様の事は紅緒様の件があるから、正直クソ野郎だとは思うけれど、それを除けば季節ごとに紅緒様の様子と俺の様子を窺う手紙を送ってきたり、「紅緒に」という言葉と共に菓子を送ってきたりするマメさは嫌いじゃない
その人がちょっと訳アリの女性を宛がわれそう、しかもお家の事情となれば、感じるところはある。
そう思っていると、紅緒様がじっと俺を上目遣いに見ているのに気が付いた。
「紅緒様?」
「うん。その縁談、最初は私にという話だったらしい」
「は!?」
思いがけない言葉に、俺は目を見開く。するとどこか悪戯に成功した子どものような雰囲気で、紅緒様が口の端を淡く持ち上げた。
「それが私には意中の相手がいるようだと、向こうの諜報機関が勘違いして彼方の上層部に報告したらしい。それでダメ元で兄上と、という話で持ってきたそうだ」
「意中の相手……?」
紅緒様の形も色も良い唇から出て来た言葉に、俺は頭を殴られたような衝撃を受けて、目の前が真っ暗になる。
意中の相手って事は、紅緒様が懸想している相手という事で。
紅緒様と俺は四六時中一緒にいるのに、そんな相手がいるなんて聞いたこともなければ、そぶりもなかった。それなのに……!
ズキズキと心臓が痛んで、俺は知らず自分の軍服の胸元を握っていた。
そんな俺を紅緒様が呼ぶ。でも胸の痛みに応えられずにいると、紅緒様が鳥のように首を傾げる。
「出穂? どうした?」
「や、その、紅緒様、意中の人なんかいたんすね」
俺には教えてくれなかった。きっとそれがショックだったんだろう。
胸の痛みにそう言い訳して、俺はぎこちなく口の端を上げた。すると紅緒様が、むっと唇を尖らせた。
「いるわけないだろう」
「え? や、でも」
「向こうが勝手に誤解したんだ。お前と……出穂と気分転換しに、仕事の合間に斑鳩に出かけていたり、休みも私が出穂の部屋にいったり、出穂が来りしていたろう? それがどう伝わったのか知らないが、そういう事になってたらしい」
「え、あ、俺? 俺……でしたか」
「うん」
「なんだ、良かった!」
心底からそう思ったので、声に出ていたようだ。
自分の口から出た言葉に驚いて口を塞ぐと、紅緒様が緋色の目を大きく見開く。それから一瞬の間をおいて「ふふっ」と心底おかしそうに笑われた。
「私と噂になって喜ぶのかい?」
「え? めっちゃ光栄ですけど」
「変わったやつだなぁ」
「なんでっすか。俺は紅緒様が紅緒様だからお慕いしてんすからね!」
今度は俺が膨れる。
そうすると、紅緒様はますますお腹を抱えて笑われて、珍しくぶすっと仏頂面を続けていると、紅緒様が「すまない」と笑いながら俺に仰った。
「だって、私だって男だぞ? 男の懸想相手と言われても、出穂も困るだろう?」
「全然困りませんよ。だって紅緒様とですし! そりゃあ紅緒様はカッコいいですからね! お顔が綺麗なのも勿論ですけど、眼だって意思が強そうだし、目力だって凄いし、俺は紅緒様に見つめられたら、なんでも頷いちまいますもん! 指だって長いし、技術者らしくがっしりしてて握力強いけど、形綺麗だし! ほっそりしてるけど体幹しっかりしてるし、足長いし、訓練とかで蹴られたらすっげぇ痛ぇですもん! 紅い髪もさらっとしてて触り心地よさそうだし、頭なんかどんな作りしてるのかと思うくらい切れてるし、甘い物食ってる時とかへにゃって笑ってて可愛いし、性格だって優し……」
そこまで言って、俺ははっとする。
紅緒様が顔を真っ赤にして、俺を唖然と見上げているのに気が付いて、俺は自分の口をもう一度塞いだ。
何だ、俺!?
自分が勢いよく出した言葉を反芻すると、途端に自分がとんでもないことを口走ったのが解って、恥ずかしさに耳まで熱くなる。多分頬も熱いから、俺は今きっと真っ赤だ。
沈黙が俺と紅緒様の間に横たわる。
暫く何を言うでもなく紅緒様と見つめ合っていると、不意に紅緒様が何やら呟く。
「……も」
「へ?」
「私も……出穂となら、いいよ?」
「お、へ、え……そう、っすか」
「うん」
「紅緒様も変わってるっすね」
「そんなことない」
「いや、光栄っすけど」
照れくさくて頭を掻いて苦笑すると、紅緒様もへにょりと眉を下げて笑ってくれる。
それから「あ」と紅緒様が手を打った。
「なんでそんな話になったか知らないが、否定せずにおいていいだろうか?」
「ああ、俺は構いませんけど」
「うん、ほら、今回のように縁談を避けられるだろう? 出穂が迷惑でなければだけど」
「俺は光栄ですってば」
紅緒様と好き合ってるって言われるのは悪い気がしない。
そう伝えれば「私も」と返してくれて、今後はそう言うことにしておくことに。
ただ誤算だったのは、俺と紅緒様は普通に過ごしてるだけなのに、陛下を始め青洲様や常盤様が「本当に何もないんだな?」って手紙で何度も聞いて来るようになったことだ。
それだけは正直辟易とするけど、それ以外は至って俺は楽しく過ごしていた。
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