父兄

 ご次男の紅緒様でも、陛下の要望と言うか要請は断り切れなかったらしく、俺は結局陛下にお呼ばれすることになった。

 場所は都の外れ、紅緒様のいらっしゃる砦のほど近く。

 その辺りに陛下が視察でお出でになるそうだから、個人的な用事という事で、視察の休憩時間に拝謁することになった。

 非公式の場ではあっても、俺がちゃんとしていないと紅緒様の評価に関わる。だから普段は着崩してる軍服もきっちり着込んだし、見苦しくないよう髪の毛も整えた。いや、いつもだって紅緒様に見苦しくないようには整えてる。髪だって軍人らしくオールバックにしたりしてないだけで、飛び跳ねたりはさせていない。だって紅緒様の後ろに控えるんだから、恥ずかしくない格好じゃないと。

 それに紅緒様は俺がオールバックにするのは好きじゃないみたいで、前に一度していったら「あまり畏まった感じは好きじゃないなぁ」と言われてしまったし。と言うか紅緒様は堅苦しい事は嫌いなのだ。

 ただお顔の造りが厳かだから、気難しくて厳しいと思われがちなだけだし、周りがそう判断して堅苦しくするだけ。

 本当は髪の毛を結うのも悪戦苦闘してるくらい不器用だったりするし、襟も寛げていたいけど周囲に示しが付かないから我慢しているだけなんだ。

 俺にも「外に出る時はきちんとしてたらいい」って言うだけで、襟元を寛げていても叱ったりしない。俺だけじゃない、紅緒様の直属は皆そんなだ。

 そんな事をつらつら考えていると、唐突に俺が控えさせられていた天幕の入口が開く。

 護衛だか従卒だかに先導されて、入って来られたのは我らが国王陛下・政宗様。

 俺は立ち上がるとびしっと敬礼する。


「うむ、かけるが良い」

「は」


 陛下が椅子に座られたのを確認して俺も椅子に掛けようとすると、外がざわついた。それも一瞬で収まると、次はまた天幕が開く。


「失礼します」

「ああ、お前も来たか」


 入ってきたのはご嫡男の青洲様で、陛下は鷹揚に手を上げると、青洲様を自身の隣に座らせた。青洲様は俺に椅子に座るよう促す。

 なんだこれ?

 俺は正直吐きそうだった。だって紅緒様の副官って言ったって一兵卒だ。その俺がお国の偉いさん二人と何で向かい合ってるんだろう。しかも二人とも、目に凄まじいまでの力があって、圧が凄い。紅緒様だって目力強いけど、こんなに圧力はない。特に「変わったやつだなぁ」って笑う時とか、視線が凄く柔くて甘いんだ。

 もう帰りたくなって来てそわそわしている俺を他所に、陛下と青洲様は何か「先に言ってください」とか「お前が言いなさい」とか、肘でお互いを突きあっている。

 国王ご一家の仲が大変よろしいのは、国民として喜ばしい事だけど、呼びつけておいてお話がないと言うのはちょっとどうかと。

 しかも二人ともなんかもじもじしてるし。紅緒様のモジモジと全然違う。可愛くない。帰りたい。

 俺のなかの天秤が傾いた。勿論大事なのは紅緒様。


「紅緒様と昼飯食いに帰りてぇ」


 うっかり口から滑り出た言葉に、勢いよく陛下と青洲様が立ち上がった。


「べ、紅緒と昼飯を食うだと!?」

「お、お前!? 俺達でもあんまり付き合ってもらえないのに!?」

「へ!? いや、毎日昼も夜も一緒に飯食ってますけどぉっ!?」

「はぁっ!? うちの紅緒か、それ!?」

「っすよ! あんま肉が好きじゃないって俺の皿に入れてくれますけど!」

「え!? アイツ、またやってんのか!?」

「ええ……なんだよ、どういうこと?  いや、どういうことですか……?」


 あまりの剣幕に言葉が崩れて、我に返ってまずいと思って言葉遣いを改める。でもお二方それどころじゃないみたいで「うちの紅緒が」とか「なんでだ、紅緒……」とか驚いてるのか、嘆いてるのか。訳の分からん人にはちかづかんとこと思うのは、人間の真理じゃなかろうか?

 俺の「よく解らんものを見る目線」に気が付いたのか、陛下によく似た青銀の髪をぐしゃぐしゃに混ぜて、青洲様がどさっと椅子に腰かけた。陛下もそれに倣うように、咳払いをして椅子に座りなおす。


「すまん、取り乱した」

「いえ……あの?」

「うむ、何から話したもんか……」


 それから、陛下と青洲様の昔話が始まった。

 青洲様と紅緒様、常盤様がまだ幼い頃、陛下のただ一人の御妃様だった萌黄様がお亡くなりになった。それから陛下は後添えをお迎えになることもなく、今も独り身を貫いていらっしゃる。

 陛下は御妃様が亡くなった悲しみも癒えぬまま、三人の幼子を抱えることになったのだ。勿論陛下はお忙しいから、乳母や守り役もおいてお三方をお育てしていた。

 けれど母を失ったばかりの子ども達には、やはり父親の陛下がただ一つの支え。でも陛下はお忙しくて、十分にお三方の相手をして差し上げられなかったという。


「その反動で、まず俺が荒れた。で、その余波で常盤も荒れた」

「うわぁ、絵にかいたような修羅場ですね」

「ぐ、返す言葉もないわ」


 荒んだ青洲様は周りを徒に振り回し、それはもう手の付けられない暴れん坊だったそうだ。そしてそんな長男の影響を、まだ幼く自我が確立されていなかった三男の常盤様がもろに受けてしまって、こちらも手の付けられない暴れん坊に。

 街に出れば二人して守り役や護衛を撒いては大騒動になったそうだ。それは陛下がご一緒にお忍びで城下に下りられる時もで。


「こやつらが迷子というか行方知れずになるから、人手を割いて探しに行かねばならん。その度に大人しい紅緒に護衛を付けて待たせて探しに行っておったのだが、何せこやつらひと時も大人しくしておらんで騒ぎを起こしおる。その騒ぎを治めるのに疲れ果てて、紅緒の事を忘れて帰ることが何度もあっての」

「え、客観的に見てもクソ親父ですね?」

「うぬ、まさしく。自分でもそう思うわい」

「いや、その、それに関しては、俺も常盤も同罪だから……」


 気まずそうに目を逸らす青洲様を俺はジト目で見る。陛下も俺の視線にその厳つい身体を縮ませた。

 話は続く。

 そんなことが何度もあって、そのうち紅緒様は一人で王城に帰るようになっていたし、そもそも四人で出かけるの遠慮するようになったとか。まあ当然だろう。

 そして一人王城に残る紅緒様を見て、心無い者が噂を立てた。曰く、紅緒様は髪や目の色こそ違えど、亡くなった御妃様にそっくりだから、きっと陛下も他のご兄弟も紅緒様といると、御妃様を思い出して辛いのだ、だから置き去りにするのだ、と。

 しかし陛下がその心無い噂に気が付いたのは、常盤様の初陣が済んだ後の事で。

 大陸の覇権を巡って陛下は多忙を極め、青洲様も初陣が終われば前線に立ち、紅緒様も常盤様も初陣され、家族はあまり一緒にいなくなった。

 そうして少し戦乱が落ち着いてきて、ともに過ごす時間が持てるようになった時、陛下も青洲様も常盤様も、紅緒様との間に薄い膜が出来ていることに気が付かれたそうな。

 最初は気のせいかと思ったけれど、あまり交わらない視線、少ない言葉、元々話す方ではなかったのに、益々自身の事を話さなくなった事。それが違和感を確信に変え、自分たちの行動を顧みた時に陛下も青洲様も常盤様も愕然とした、と。


「儂は萌黄に言われておったのよ。『紅は繊細な子で、自己主張が苦手で、欲しい物も他人がそれを欲したらあげてしまうようなところがあるから、気を付けてやってほしい』と。青洲も常盤も儂に似て、聞かなくとも勝手に不満は言うし自己主張は強いし、我が道を行きおる故かえってやりやすかったが、紅緒は内向的な子だと言うのをうっかり忘れてしもうた」

「俺も自分で手一杯で、俺の話は聞かせても、紅緒の話はあまり聞いてやらなかった。常盤もそうらしい。俺も常盤も、自分勝手に話すだけ話して、紅緒の話も遮って自分の事ばっかり。母上が生きておられた時から、幾度もそれは紅緒を蔑ろにしているのと同じだと言われてきたのに」

「なんでそんな良い母上から、こんなクソ野郎どもが生まれたんすかね?」

「お主、先ほどから全く容赦がないな?」

「紅緒様をいじめたクソどもに払う敬意はびた一文ありません。寧ろ紅緒様に代わって慰謝料請求したいくらいだ、このクソ野郎どもめ」


 俺は本当に怒っていた。完全に頭に血が上っていたから、国のお偉いさんに向かって「クソども」とか「クソ野郎ども」とか言えたんだろう。でも俺は熱しやすく冷めやすい所のある男で。

 言ってしまってから、ヤベェなと気が付いたけど、まあ、吐いた唾は飲み込めない。

 憮然としている俺に、けれど陛下たちは面白そうな顔をした。

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