第8話 君を想う

茅野さんが好きだ

確信した

できることなら

彼女の笑顔を守りたい

俺に何ができるかわからないけど


梨花と別れた

けれども、何の変化もない日々が続いた

相変わらず茅野さんは朝早く来て

換気して掃除して

あれから、泣いてる姿は見えない

凛として前を向いている

彼氏と上手くいってるのかな?

幸せにやってるのかな?

茅野さんが幸せなら、それでいいんだ

自分にそう言い聞かせ

何も行動に移せないヘタレな自分がいた

岸崎(先輩)がよく茅野さんに話しかける

気にしたく無くても

気になる

モヤモヤした感情が自分に湧き出てくる

ものすごく不快だ


ある日、朝起きると

ひどい頭痛と眩暈がした

フラフラで、とても立てそうにない

熱を測ると38度を越えていた

会社に電話した

出たのは茅野さんだった

「大丈夫ですか?お大事にして下さい」

声を聞いて、安堵する

今日は、会えないのか

寂しく思った

病院に行く気力も体力も無くて

ひたすら寝る事にした

次の日になってもなかなか回復しない

嫌な予感がした

ひょっとすると

今流行りの感染症かもしれない

このまま何日も家から出れなくて

俺は、死ぬのか?

このまま?

孤独死か?

いや、まて俺はこの人生

何をやって来ただろう

何を残せただろう

大切なあの人に

想いすら告げてないじゃないか

出来ることながら俺の手で

笑顔にしてあげたかった

俺の隣にいて欲しかった

後悔ばかりが頭を過ぎる

まだ、死にたくないな

まだ、死ねないな

死ぬ前にもう一度会いたい

会いたいんだ

熱にうなされながら、そんな事を思っていた

夕方、携帯の着信音が鳴る

松山社長だった

「よう、大丈夫か?」

「…あ、いや…はい」

力無く応える

「孤独死されたら困るので、見回りに来たぞ!俺はウィルスをもらいたくないので、ドアノブに差し入れ、掛けといたから」

「え?ありがとうございます…」

「茅野さんも一緒だ、ちょっと代わるな」

え?自分の耳を疑った

携帯電話を持ったまま、起きてよたよたと玄関へ向かう

「もしもし、藤田君?」

「早く良くなるように、ゆっくり休んでね」

「水分、いっぱいとって」

やっとのことで、玄関までたどり着く

このドアの向こう側に、茅野さんがいる…

すごく嬉しくて

年甲斐もなく、涙が出てた 

「…ありがとうございます…」

電話越しの声が、愛おしくて

胸が熱くなった

「じゃ、帰るからお大事に」

いつの間にか、通話相手は社長に代わっていた…

カンカンと、階段を降りて行く音がして静まり返る

ゆっくりとドアを開けて

差し入れの袋を手にする

紙袋とビニール袋があった

紙袋には、いかがわしい本が2冊…

社長…そんな元気ねーよ…

でも、ありがたかった

ビニール袋をにはスポーツドリンク5本と、プリンが3個、栄養ドリンクが5本入っていて

茅野さんの字のメモが貼ってあった

"お大事に"

そのたった一言が胸にじんわりと…


次の日の朝

身体は軽くなっていた

熱は37.9度

でも、何とか病院に行けそうだ

電話をして予約する

検査の結果は

インフルエンザだった(笑)

とは言え、休養が必要だ

これを機に俺は決意する

この想いだけは

どうしても伝えたいと


約二年

流行りの感染症の影響で社員旅行が中止になっていた

「今年こそはやるぞー」

社長のその一言で

社員旅行が決行される事になった

俺は想いを伝える日をこの日にしようと決めた

自信なんて無い

笑顔が素敵で美しい貴女が

なんの取り柄も無くて

無愛想なこんな俺を選んでくれるだろうか?

正直、不安しかない

だけど

自分に素直になる事に決めた

誰にも負けない

貴女を守りたい

幸せにしたいと想う気持ちが

俺の中で溢れ出していた

自分でもびっくりするくらい情熱的なこの想い

貴女に出会ったあの日から

貴女のことを考えない日は無かった

どうか、貴女に届けと


社員旅行の日が来た

21人いる社員の、参加者は15人

バスに乗り込んだ

茅野さんの隣を狙ったが、

岸崎にとられてしまった

俺は、泣く泣く斜め左後ろの席となる

かろうじて茅野さんの姿が見える

移動中も岸崎と茅野さんが会話する様子を見ながらモヤモヤとしている自分がいた


バスを降りてたどり着いたその場所は

一面の花畑で

圧倒されてしまった

吹き抜ける風

見渡す限り

一面の花畑

なぜかとても懐かしい感覚さえして

涙が出そうになった

前にも、どこかで-?

隣に佇んでいた

茅野さんを見る

風に揺れる長い髪

潤んだ瞳

ドキドキした

思わず、彼女の手を引っ張って

他のみんなからわざとはぐれた

誰にも邪魔されたくない

「どうしたの?藤田君」

「言いたい事が、あるんです」

緊張していた

なんか、発音変かも

変な顔してないかな

「この地球の人口って、何人くらいか知ってますか?」

「え???」

俺の突拍子もない質問にとても困惑していた

「78億7500万人!」

「その中で、この日本で今世で出会えたのって奇跡だと思いませんか?」

---今世とか言っちゃってる、アホか俺

なんか、早口だし、声震えちゃってるし

「俺では役不足かも知れない……

けれど、貴女の笑顔を守りたいです」

---出会ったあの瞬間から運命を感じていました

「俺の側に居てくれませんか?」

茅野さんは、目に涙をいっぱいためて

最高の笑顔で

うなづいてくれた


サワサワと風が花畑を吹き抜けて

花びらが舞った

誰かに祝福されているような気さえした

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