第二章 地獄の門 -9days after-

第二章序幕  「北米中央第五号次元断層:回収映像」

               ▽▲▽▲▽▲


 以降は破損した映像データから、復元可能な部分を繋げた記録。


               ▽▲▽▲▽▲


 映像が始まる。


 撮影者のヘルメットに固定された小型カメラは遠景で、デンバーの中心市街ダウンタウンに向けられている。撮影者の音声が入る。


『ザザッ……こちらはコロラド陸軍州兵所属……、第157歩兵連隊……デンバーに到着……』


 デンバー市街では幾筋もの煙が上がり、高層ビルが半ばから倒壊している。

 市の象徴であるコロラド州議事堂の黄金のドームが砕かれている。


 市街の上空に、直径約一kmの断層に似た異常な空間が展開している。

 光輪の奥からもやと共に、大型の鳥に似た生命体の群れが現れている。


『状況は……不明……、ザッ……これより中心市街に向かう』


               ▽▲▽▲▽▲


 映像データが破損している。


               ▽▲▽▲▽▲


『……んなんだ、クソッ……ザザッ……いつらはッ! ……小隊長ッ!!』


 胸部から大量の血を流す米陸軍標準装備の歩兵が映る。

 歩兵は動かず、死亡済みと推測される。

 

 撮影者が周囲を見回すと、上空には大型の燕に似た生命体が集まっている。

 路上では体表の黒い虎に似た生命体や、鉱石で構成された大蛇のような生命体の群れが撮影者の部隊と交戦している。


 道路沿いのビルの外壁から青錆色グリーンラストの影が滑り降りていく。アスファルトの表面を伝って、厚みのない青錆が最前列の部隊の足下に近付く。


 自動小銃ごと最前列の七人が一瞬で青錆に覆われる。


 青錆の影に覆われた七人の体表が『捕食』され始める。複数の悲鳴が上がる。

 十秒ほどで皮膚が削り取られ、青錆の隙間で筋肉と骨と眼球が露出していく。副指揮官と思われる音声が入る。


『駄目だ……退避……!』

 

               ▽▲▽▲▽▲


 映像データが破損している。


               ▽▲▽▲▽▲


『ありがとう。ありがとう、兵隊さん……! アンタら命の恩人だ!!』


『ああ、いえ。米国民を守ることが我々の責務ですから。……こちらも、生存者保護のために重火器の使用許可が下りて助かりました』


 オフィスビルの屋内に避難した避難者のグループが映像に映っている。

 カメラが窓ガラスの外を映すと、M1126ストライカー装甲車やM2ブラッドレー歩兵戦闘車といった軍用車両が備えられた機関砲を一斉に撃ち放っている。


 燕や虎、蛇に似た生命体の群れも大口径の重火器の前では容易に撃ち抜かれ、次々と無力化されていく。避難者にはグロテスクな死骸しがいから目を背ける者も、気遣きづかって子供を胸に抱いてやる余裕のある者もいる。


 避難者の老人が憔悴しょうすいした顔で撮影者にすがる。


『それにしても。ザザッ、あれは何なんだ? デンバーは無茶苦茶だ。本物の悪魔なのか?』


『わかりません。……しかし、悪魔なら人が勝つこともできるはずです。黙示録アポカリプスの天使ではないのですから。……ザッ』


 新約聖書の引用。

 聖書の中で人類を滅ぼすのは悪魔ではなく七体の天使による最後の審判であることから、避難者を励まそうとしたと思われる。なお世界各地での同様の侵攻現象が七地点で発生していることは、撮影時点では知られていない。


 避難者を護衛する州兵のうちの一人が、不意に何かに気付く。


『ザザッ、待て……あれは何だ?』


 撮影者が彼の示した方角にカメラを向ける。

 上空の空間異常を抜けてきたと思われる巨大な重質量体が映る。


 重質量体は荒い岩盤に頭と短い四肢を生やした竜のような形状をしている。

 数は三体。周囲の建築物を上回るサイズであることから、全長は約五十メートルほどと推測される。


 重質量体の一体が頭をこちらに向ける。

 一歩進む度に軽い地震が引き起こされる。

 速度が指数関数的に異常加速していく。


 三秒後。


 戦闘車両と窓ガラスを薙ぎ払って、重質量体が避難者達のいるビルへと頭を突き入れる。ビルの構造を支える複数の主要な柱が砕かれる。

 多数の悲鳴や絶叫と共に深刻なノイズで映像が乱れる。


『ザザッ、ザザザザザザザザザッ、ザザザザガリガリガリガリ』

 

               ▽▲▽▲▽▲


 映像データが破損している。


               ▽▲▽▲▽▲


 一時的に映像と音声がクリアになる。

 人気のない裏通りを撮影者は単独で歩いている。


『――こちら、デンバー。第157歩兵連隊は全滅した。繰り返す、第157歩兵連隊は全滅した。都市機能は崩壊。自分以外に確認済みの生存者はなし。俺も多分、すぐに死ぬ』


 規則的なカメラの揺れと奇妙な呼吸音から、撮影者は片脚と肺を深く負傷したと推測。衛生兵の予測によれば、撮影者は一時間以内に外傷性気胸がいしょうせいききょうによる呼吸困難で死亡する。


『航空爆撃と中距離ミサイル攻撃を含む、米軍全戦力の増援を求む。『奴ら』を全米に解き放ってはならない。何があっても、どんな手を使ってでも倒してくれ。ゲホッ、ゴボッ』


 撮影者がせ返り、一分間ほどせきの音が続く。


 67秒後。

 上空から砲撃に似た大音響が響く。撮影者が顔を上げる。

 一棟の高層ビルが半ばから倒壊し、もう一棟が塵煙じんえんを上げて倒壊を始めている。


 撮影者が倒壊するビルの崩壊点を見つめ、カメラをズームしていく。

 ただし距離が遠く、詳細は確認できない。


 塵煙の奥に何らかの影が映る。

 映像内で確認されたどの生命体とも異なる外観。


 既知の生物の中で最も近いシルエットは、地球人類ホモ・サピエンスである。


『――人型ひとがた?』


 撮影者が呟いた直後、映像が完全に途切れる。


               ▽▲▽▲▽▲


 以降、映像が送信されるまでのすべてのデータは破損し、復元できなかった。

 現時点でデンバーからの帰還者は存在しない。


               ▽▲▽▲▽▲

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

World War Another-異世界侵略者と、諦めの悪すぎる人類が絶滅戦争を覆すまでの顛末- 蔵持宗司 @Kishiba

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ