3-10
そんな藤堂を冷たく見据えたまま、一陽さんがついに核心の刃を抜く。
「なぜ、突然一切の家事を放棄したのか――。その原因を」
「ッ――!」
喉もとに突きつけられたその切っ先に、藤堂が言葉を失った。
そりゃ、そうだろう。一度でも母親とちゃんと向き合い、話し合っていたら、僕に昨日あんな失礼なことを言うはずがない。
向き合ってなかったから、母親の真意を知ろうとしなかったからこそ、母親が口にした『イケメンに癒されてくるわ』という言葉の表面だけ受け取って、腹を立てた。それだけじゃない。そこから『稲成りが顔で客を取っている』と勝手に思い込み、嫌悪感を持った。
少し調べれば、それが事実でないことぐらい、すぐにわかるのに。
「……していないのか?」
黙ってしまった藤堂に、一陽さんがやれやれとばかりにため息をつく。
「だったら、君たちは問題を真剣に解決しようとしていないのだと思わざるを得ない」
「っ……そんなことは……!」
「ないか? だが、どのような問題も、まずは原因の究明からはじめるものだと思うが。原因を解明し、それを適切に処理しなければ、どんな問題も解決しない。違うか?」
「……そ、それは……」
藤堂の身体がブルブルと震え出す。
しかし、一陽さんは追及の手を緩めない。
神は仏ほど慈悲深くはない。罪を許さず、相応の罰を与えるのが――日の本の神だ。
「つまり君は、お袋さんの行動の理由も尋ねず、思いも聞かず、自ら歩み寄ることもせず、母親は家族のために一切の家事をするべきだ、やって当然だという愚かな考えのもとで、思いどおりにならないことに癇癪を起こして、ほかのお客さまの前でお袋さんを侮辱し、止めに入った従業員に暴力をふるい、料理を駄目にして店に損害を与えたということか」
「っ……ちが……!」
「何が違う?」
ギロリとにらみつけられて、藤堂がグッと言葉を呑み込む。
そして、ようやく――自分のやらかしてしまったことがちゃんと理解できたのだろう。正座して姿勢を正し、深々と頭を下げた。
「も、申し訳……ありませんでした……」
その身体は、可哀想になってしまうぐらい震えていた。
「お、俺が……悪かった、です……」
その隣で、ご婦人もまた畳に手をついて、頭を下げる。
「私の我儘のせいで、とんだご迷惑をおかけしました……」
「なぜ一切の家事を放棄なさったのか、伺ってもよろしいですか?」
一陽さんがご婦人を見て、「彼の話を聞くに、おおよその検討はつきますが」と小さく苦笑する。
ご婦人もまたつられたように苦笑して、座卓に視線を落とした。
「……お恥ずかしい話です」
申し訳なさそうに言って、ご婦人は小さな背をさらに小さく丸めた。
「自分がまったく微塵の価値もない者のように思えて、仕方なくなってしまったんです。ですから、人としてのわずかな尊厳を取り戻したかったと言いますか……」
「なぜ、そんなふうに思うようになったのですか?」
「……日常が、そう思わざるを得ない状況だったのです。食事を用意しても、『いただきます』すら言ってもらえない。感想などもってのほか。スマホや雑誌や新聞を読みながら作業のように食べて、『ごちそうさま』も言うことなく食卓をあとにされる。毎日家中をピカピカに掃除しても、何回も洗濯機を回して洗濯しても、何も一言もない。かと思えば、文句だけはものすごく言われるんです。食事にかんしては、味付けが好みじゃないだの、献立がワンパターンだの、品数が少ないだの……。洗濯にかんしては、着たいときに服が洗い中だったりすると、役に立たないだの、気が利かないだのと……」
心当たりがあるのだろう。藤堂がひどく気まずそうに視線を揺らす。
「毎日毎日、くたくたになるまで家事をしても、『主婦は気楽でいい』と言われるんです。昼間はダラダラすごせていいと。家族のために尽くして尽くして――だらだらとすごせる時間などありはしないのに」
寂しげに小さく丸まった姿に、胸が痛む。
「努力もしたんですよ? 『美味しい』って言ってもらえるように、時間をかけて凝った料理を作ったり……少しでも『ありがとう』って感謝してもらえるように、家の居心地をよくしようと掃除を頑張ったり、インテリアやカラーコーディネートの勉強をしたり……。二度と『恥ずかしい』なんて言われないように、身綺麗にするようにしたり……」
「恥ずかしい……?」
思わず、一陽さんと二人で藤堂をにらみつける。
お前、そんなこと言ったのかよ。もう二十歳前後なんだろ? 青臭い中坊ならともかく、いつまで思春期拗らせてんだよ。
僕らの鋭い視線に、藤堂はビクッと身を弾かせると、アタフタと目を泳がせた。
「でも、すべての努力が徒労に終わってしまって……。もうどうしたらいいかわからなくなってしまって……」
ご婦人が悲しげに目を伏せる。
「少し……疲れてしまって……」
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