【第六感】思いやりのない、子供だった僕は。

にけ❤️nilce

第1話 思いやりのない、子供だった僕は。

 死にたくないと呟いた。

 別に、死ぬ予定も兆候もこれといってないけれど、唐突に浮かんだんだ。死にたくないって。

 言葉にしてみてわかった。死にたくないなんて嘘。僕は、ずっと昔から死にたがっていた。僕は、死んだように生きていて、そのことにもう心底うんざりしてる。

 どうして気づかなかったんだろう? どうして今わかってしまったんだろう? なんにせよ僕は、もうそれを知る前には戻れない。

 できれば君に、どういうことかわかるように説明できたらと思う。


 大袈裟に捉えないでもらいたい。死にたがっているとわかったとしても、僕は今のところ死ぬつもりはない。ただ話がしたいんだ。

 僕は僕の感情を真剣に取り扱ってくれる相手が欲しい。唐突に降りてきた、僕の死にたいという気持ちについて、話がしたい。

 気の迷いだとか、疲れてるのだとか誤魔化されることなしに一緒に考えてもらいたいんだ。

 僕の気持ちを変えようと一所懸命になられては困る。取り扱ってもらいたいのは誰かの願望や感情ではなくて、僕の死にたい気持ちなんだ。

 相手が死の話に動揺しても知らない。君の気持ちは取り扱わないと言ってるんだから、随分我儘なお願いだ。そんなお願いができる相手を選ぶとしたら、僕には君のほかいないだろう? 応えてもらえるかな。



 君は覚えているだろうか。中学の時、合唱部の先輩が屋上から飛び降りた時のことを。正直僕は、先輩のことをはっきりとは覚えていない。まだ入部したばかりで、パートの違うその先輩とは話したこともなかったしね。

 先輩たちの間で動揺が広がって、部活はしばらく休みになった。どう振る舞えばいいか戸惑ったことは覚えてる。とても居心地が悪かった。

 死のニュースを耳にした時、僕は最初に「僕が何かしただろうか?」って思ったんだった。話したことのない先輩の死に対して、おかしな考えだと今なら思う。

 だけど僕は真剣に、誰かに僕のせいじゃないと言ってもらえないと不安でたまらなかった。どうしても、僕が殺したんじゃないって言ってもらう必要があったんだ。身近ではあれ、ほとんど面識もない誰かの死に対して。


 あの時、僕は君を頼った。君は「お前のせいなはずがないだろう」と即座に否定してくれた。「気にしすぎ。自意識過剰にも程がある」と眉を寄せて。

 僕は一瞬は安堵して、それからくだらないことを話したと恥じた。おかしな考えだってことはわかっていたから。全く自意識過剰だと自分でも自分を笑った。それから、君に狂人と思われないで済んだだろうかを気にした。

 その後も、僕は度々同じ不安に襲われていた。僕が殺したのではないと断言してもらえないと苦しかった。

 だけども、もうその話は誰にも口にするわけにはいかないと思い込んでいた。君とのやりとりで、これは蓋をすべきことだと理解したんだ。自意識過剰のあり得ない妄想と一蹴して、忘れるべきだと。それが、僕と君を始め周囲の人との現実を生きていくのに大切なことだと思った。


 広がった動揺の波も収まり、先輩たちの間に日常が戻っていく中、先輩の死はいつまでも僕の中に居座っていた。

 僕ら後輩の前では見せなかったけれど、先輩たちも忘れがたかったに違いない。共に時間を過ごした相手の死が残した、不安や怒りや悲しみを仲間と取り扱い、それでもはみ出た気持ちをひとり扱いかねながら、日常を歩いていたのだろう。

 自分の気持ちに蓋をしていた僕は、それに気が付かなかった。僕だけがひとりいつまでも先輩の死に取り憑かれていると思った。顔も覚えていやしないくせに。そして僕に傷を残した先輩のことを許せないと思ったんだ。


 それ以降、僕はどんな理由があるにしろ自殺をする奴が許せなくなった。死を口にするやつも同様。思うこともダメだ。苦しんでいる相手を前にめちゃくちゃ思いやりのない話だし、とんでもない矛先違いだってわかっている。口になんかしない。だけど、心の底で死を仄めかす人間を甘えた愚かな人間だと非難してきた。

 おかげでと言っていいのか、それ以降、死にたいという気持ちを感じるわけにはいかなくなった僕は、何が起きようと死にたいと感じなくなった。

 言葉にするとおかしくなるんだけど、感じても意識の上では全く感じないことになっていたんだ。。死にたいなんて思うことはない。

 死を思う気持ちは固く禁じられ、自分に対しても人に対しても取り扱えなくなっていた。


 本当に取り扱わなければいけなかったのは、僕の気持ちだったんだと思う。先輩と何の関わりもない僕が、どうしてその死に対して責任を感じて打ち消せなくなっていたのかということ。僕自身の不安、恐怖を見つめるべきだった。

 それなのに僕は、自分の本当の問題から目を逸らしてしまった。感じたくないことを感じさせる先輩を憎んで、先輩と同じように死を思う誰かをサーチしては蔑んだ。僕には理解できないことだと撥ねつけて、安心しようとした。

 済んだことを後悔しても仕方がないと、きっと君は言うね。だとしても僕が目を塞ぎ続けたことでどれだけ鈍感で不寛容な態度を取っていたかを思うと、後悔せずにはいられない。


 子供だった当時の僕は、それがどんなことであれ周囲で何か取り返しがつかないことが起きると、恐怖しなければならなかった。それが先輩の死でなくても。誰かが皿を割ったことでも、弟が怪我をしたことでも、クラスメイトの物が盗まれたり、新聞の置き場所が分からなくなったこと、祖父のメガネがなくなったことでさえ、僕にとっては恐怖だった。

 お前のせいだ、何もかもお前のせいだ。僕はただ、わけもわからないまま浴びせられてきたその言葉から逃れたかっただけだった。だから、どうしても僕のせいじゃないと誰かに言ってもらう必要があったんだ。誰かに守ってもらいたかった。先輩を思いやるより先に。

 解けてみるとあまりに簡単なことなのに、子供だった当時はまるで見当がつかなかった。結果、君の自意識過剰という言葉を、お前の感じていることはおかしいという文脈で捉えて恥を感じ、僕は自分の気持ちに味方をすることをやめた。過剰になってしまった意味を考えることをせずに。

 こうして自分の気持ちを軽視し続けて死んだように生きてしまった僕は、今になって生きることに心底うんざりしていることに気づいたというわけだ。自分が自分の気持ちに蓋をして取り扱おうとしなかった、ただそれだけのために。


 僕の話を聞いてくれてありがとう。わかるように話せただろうか。知らず長く心を閉ざし鈍感でいたために、僕は君の肝心の言葉を掴み損ねたんだね。無自覚に蔑みの目を向けたのかもしれない。君の気持ちを思いやることができなかったことを許して欲しい。何もかも今更だけど。

 最後まで甘えてすまない。聞いてもらえてよかった。生きていれば話すことができる。十年も昔のことでさえ、紐解くチャンスがある。死にたい、死にたいと言いながら、同時に生きる喜びも感じることができる。


 ……僕も君の話を聞きたかった。君にいて欲しかったよ。やっと僕は君の不在をわだかまりなく悲しむことができる。君にとっては今更どうでもいい以外のなにものでもないことだが。

 今、僕に気づくチャンスをくれたのは君だって思ってる。第六感の働く方ではないけれど。

 君をもっと知りたかった。今も時々君の言葉の意味を考えるよ。君の中の物語を知りたい。捕まえて抱きしめられたらって思う。

 全部、全部、今更で、あちら側にいる君にはなんの役にも立たないことだってわかってはいても。

 僕の心にいてくれて、支えてくれてありがとう。


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