ヒーローになれる条件

鬼屋敷

ある日のこと①

 むかしむかし、架空の話。あるところに、優希ゆうきくんという元気が取り柄と言っていい程の男の子がいました。その優希くんには、フサフサの髭が自慢のお父さんと、掃除が好きなお母さんがいます。三人はとても仲が良い家族です。


 そんな仲の良い優希くん一家ですが……、何故かリビングに電気がついていません。一体何故なのでしょうか? 優希くんやお父さん、そしてお母さんも皆、椅子に座っているのに。


 まさか、家庭崩壊!? 見れば、お父さんが真剣な顔をしています。そしてその右手には何かを握っています。やめてください! 早まらないで! そんな事をすればこの物語が終わっ──────


「Happy birthday to you〜」


 誕生日だったみたいです。


 よく見れば、お父さんが持っていた物はライターで、ケーキのロウソクに火をつけようとしてたようです。真っ暗だったので気づきませんでした。失敬失敬。……それにしても、お父さん英語の発音上手ですね。


 お父さんが次々とロウソクに火をつけていきます。全部つけてから歌うんじゃ? というツッコミは置いといて、ケーキにあるチョコのネームプレートを見る限り、どうやら優希くんの誕生日みたいです。


「Happy birthday, dear 優希……,Happy birthday to you〜!!」

「お誕生日おめでとう!優希!」


 お父さんの歌が終わったのと同時に、お母さんも優希の誕生日を祝います。二人は大きな拍手を今日の主役である優希くんに送りました。優希も嬉しそうに笑ってます。


「さっ、ロウソクの火を消して」

「うん!」


 ほっぺたを大きく膨らませ、優希くんはロウソクの火を消しました。でも勢いが足りなかったのか、一本だけロウソクの火が残ってしまいました。一回で全て吹き消せなかったことに優希くんは残念がってます。


 すると──────


「あっ! UFOだ!」

「うぇ!?」


 突然、お父さんがそう叫んで窓の外を指さしました。子供で純粋な優希くんは、お父さんの言葉を疑うことなく窓の方をすぐに向きました。一生懸命UFOを探しています。


 その間に、お父さんは優希くんが消せなかったロウソクの火を指で握り潰しました。何事も無かったような顔で。──────え、何この人。こわ……。


 これはきっと、お父さんが優希くんのことが大好きだからなのでしょう。だからお母さんも今、UFOを探してる優希くんの姿を何枚も写真に収めているのでしょう。二人共無言ですが、とても微笑ましいですね。


「お父さん、UFOいなかったよ!?」

「そっかぁ。多分逃げんたんだろうな。次があるさ」

「本当に? お父さんいつもそれ言ってるじゃん」


 いつも同じことを言っているのに、毎回引っかかる優希くんはバカなのでしょうか? いや、子供だから仕方ないですね。


「そんな事より、早くケーキ食べよう! ほらっ、おいで〜!」

「そうだ! UFOよりケーキだ! 食べよ食べよ!」


 優希くんは、UFOよりケーキの方が大事なようです。でもそこがとても子供らしいですね。さっきまでUFO探しに夢中だったのに、今はケーキに釘付けです。


 そんな優希くんにお母さんが包丁でケーキを切り分けます。もちろん、優希くんの分は少し大きめです。何故なら、今日の主役なのですから。


 自分の分のケーキがお皿に運ばれるのをワクワクしながら待っている間に、お父さんが右手に拳をつくって優希くんにインタビューごっこを始めます。


「優希さん! 今日で何歳になられたのですか!?」

「はい! オレは、六才になりました!」

「もう六歳!? なんてこったい……。我々は今、歓喜の声を上げています!」

「カンキって何!?」

「そんな六歳になった優希くんに、お父さんから誕生日プレゼントがあります!」


 優希くんはまだ六歳なので、難しい言葉は分かりません。なので、『歓喜』という意味が分かりませんでした。ですがお父さんは特に何も説明しませんでした。これはきっと、自分で調べろという意味が込められてますね。一度気になったらしつこく聞き続ける優希くんだから説明するのが面倒臭い、なんてことは決してないと思います。


 一方、優希くんは“誕生日プレゼント”という言葉を聞いた瞬間、目を輝かせました。わーい! と、それこそ歓喜の声を上げて、手を上にあげて不思議な踊りを披露してます。──────この家族は、一体全体どうなってるんだ。


 子供という生命体は忙しいもので、が出来ると、すぐそちらに意識が向くものです。実際、今はケーキを放ってお父さんが後ろに隠しているものを見つめています。


 ニマニマと口元を緩ませるお父さん、目を輝かせる優希くん。そしてその姿を撮り続けるお母さん。まるで─────この状況は何の喩えにもならないですね。


 やがて遂に、その時が来ました。お父さんが後ろに隠していた優希くんへのプレゼントの正体を表します。そのプレゼントを見て、優希くんは更に嬉しい悲鳴を上げました。


「マントだぁぁぁあぁぁあぁ!!!!!」


 お父さんが優希くんに贈ったもの、それは赤色のマントでした。実は優希くん、正義のヒーローが大好きなのです。テレビで放送されるヒーローの番組をリアルタイムで、そして録画でも見る程ヒーローが好きなのです。


 テレビで見たような赤色のマントに興奮し、早速装着する優希くん。自分が好きなヒーローの決めポーズを取り、ヒーローになりきりました。もちろん、お母さんはカメラの連写を忘れていませんでした。


「お父さん、ありがとう! これで空も飛べる!」

「残念だが、そのマントじゃ空は飛べないんだ。というか、絶対にやるな」

「え!? ……でもでもっ、これでオレもヒーローだ!へへっ」


 リビングを走り、マントをひらりとさせる優希くん。本当に心の底から嬉しいみたいですね。お父さんとお母さんも優希くんが笑顔で嬉しそうです。


「優希、お母さんからもプレゼントがあるの」

「えっ、本当!?」


 なんということでしょう。まさかのお母さんも優希くんへ誕生日プレゼントを用意していたみたいです。今日一日で二つもプレゼントを貰えるなんて羨ま……優希くんは愛されてますね。


 満面の笑みで優希くんがお母さんに近付きます。優希くんの頭の中では、剣が貰えると思っていました。優希くんの好きなヒーローは、マントと剣を持っているからです。


 けど、お母さんが優希に贈ったものは想像と全く違いました。


「はい、ひらがなドリル」

「……え?」

「優希、来年は小学生でしょう? だから今のうちに少しでも勉強しとかなきゃね」


 優希くんに贈られたのは、『はじめてのひらがな』と書かれていたひらがなドリルでした。それが優希くんの両手にポンッと置かれたのです。笑顔が引きる優希くんと、優しく微笑むお母さん。その二人をパシャリと一枚、無言で撮るお父さん。


 勉強が大嫌いな優希くんは今すぐにでもこのひらがなドリルを捨ててしまいたかったことでしょう。ですが、優希くんは良い子なのでちゃんとお礼を言います。


「……あり、がとう。ひらがな……がんばる」

「うん、頑張って! 毎回少しづつやれば最初は難しくても──────」

「ケーキ食べる! いただきます!」


 二回目ですが、優希くんは勉強が大嫌いです。なので、お母さんから勉強の話題が出るといつも逃げるようにはぐらかします。今回はケーキに逃げました。お母さんに何も言わせないようにと、ケーキを食べ始め、「美味しい! 美味しい!」と何度も言います。お母さんが作ってくれた料理も大袈裟に褒めます。


 その優希くんのわかりやすい行動にお父さんは笑い、お母さんは少し頬を膨らませました。が、最終的にはお母さんも笑ってました。


 優希くんの家は今日も平和です。

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