残機ゼロの村人転生~魔王軍再建物語~『魔王様残機がゼロなので別世界で転生してください』

大天使アルギュロス

第1話 モジモジ

 我は魔王。

 人は我を見て恐怖しあるいは平伏する。

 恐怖の象徴たる魔王だったが我は少し不安だった。

 いやめちゃ不安だ!!


 「魔王様。少しお顔がすぐれないようですがどうされたですか?」


 くッ!!

 いわれずとも分かっておるわ!!

 我は参謀のマンモンに内心イライラしながら魔王の玉座に座り込む。

 

 「ふん。これは武者震いだ。早く勇者が来ないかそわそわしていたのだ」

 「なるほど。それはご無礼を。確かに魔王様が勇者ごときに恐れをなすなど考えるほうがバカでした」


 マンモンは一礼すると何やら紙の資料のようなものを開く。


 「ふむふむ。勇者は今どこにいるかといいますと魔王の間の階段を上りつつあります」


 なっ?!

 もうすぐではないか。

 我は体の毛穴から冷汗が出てくるのを細胞レベルで感じていた。

 

 まずい。

 まずいぞこれは。

 

 なぜ勇者におびえているかというと、もう残機が1しかないのだ!!

 残機とは転生して一度人生を1からやり直すためのポイント。

 これがゼロになると今の世界での転生はできなくなる。

 つまりこの世界で魔族を栄光に導くことは不可能になるということだ。


 残機は通常なら1個だ。

 しかし支配者特権で我は10個の残機を持っていた。

 10個ってすごいんだぞ!!

 人生10回分だからな。

 

 我は赤子のころから魔法を極め体術を極め剣技を極め、あらゆるものを極めてきた。

 しかしだ!!

 勇者にこれまで勝てたことは一度たりともない。

 人生をやり直したら能力はそのまま引き継がれる。

 しかし10回もの人生を経験してもなお勇者は倒せなかった。

 それほど勇者は神に恵まれているということだ。

 ああ、我も魔王ではなかったらもっとマシな人生を歩んでいたのかな。


 いかんいかん。

 我は魔王。

 魔族を統べる大魔王なのだ。

 この程度で逃げ出すようでは魔王が廃る。


 「そろそろでございますね。トイレにはいかれましたか?」

 「行っていない」

 「戦闘中に逃亡することは負けを認めるということ、事前に行ってはどうでしょうか?」


 ふむ、それも一理ある。

 戦闘中にトイレに行くなど魔王として失格だ。

 しかし何度目だ?

 このセリフ9回目だぞ。

 勇者戦の時絶対行ってくるんだけど。

 マンモントイレ心配しすぎ。

 どんだけトイレ心配してくれているんだ?

 まあいいや。

 

 だが妙に下半身がむずむずする。

 なんかモジモジしてきた。

 そういえばここに来る前にジュース飲んでた。

 

「魔王様、勇者があと100メートルの地点にいます。トイレに行かれてはどうですか?」

 「いや必要ない」

 「本当ですか?」

 「本当に」

 「ファイナルアンサー?」

 「ファイ、ええい!! お前のせいだぞマンモン!! トイレに行きたくなったではないか!!」


 我の膀胱ははち切れそうになっていた。

 どれもこれもマンモンが悪い!!

 どんだけトイレ促すんだ!!


 「勇者には遅れると伝えてくれ!!」

 「は!! 仰せのままに」


 我はダッシュでトイレに向かう。

 トイレは魔王の間にはなかった。

 そもそもトイレ付きの魔王の間なんてかっこ悪い。

 魔王の間には玉座ぐらいしかなかった。

 ずっと勇者が来るまで座っていたからケツが妙に痛い。

 

 クソ。

 勇者も来るのが遅い。

 魔王軍幹部にどんだけ苦戦してるんだ。


 魔王軍には幹部がいた。

 どいつも優秀で戦闘をかなり長引かせてしまった。

 ゆえに勇者が魔王城についてからかなりの時間がたった。

 我は朝っぱらからずっと魔王の間に閉じこもっていたのだ。

 今か今かと勇者の進行具合を見ながらずっとだ。


 はあはあ。

 何とか着いた。


 我の目の前には共同トイレがあった。

 ここは魔王城のバックヤード。

 ここには関係者以外立ち入ることができない。

 え?

 まるでスーパー?

 遊園地?

 バカにするのもたいがいにしろよ。

 こっちだって魔王城に兵士配置するの結構しんどいんだぞ。

 勇者を効率的に弱らせるためにどんだけ苦労してると思ってんだ。

 まあいい。

 今はトイレだ。


 我はマントを外しズボンを下げて個室で用を足す。

 ふー。

 解放される。

 特に個室というのがいいな。

 なんだか安心する。

 ここでは我は自由。


 すると隣の個室から気配がする。

 同じく用を足しているところか。

 ここは関係者以外立ち入り禁止だからきっと兵士だろう。

 そういえばあんまり強くない兵士に声をかけたことはなかったな。

 ここは個室だし魔王とは気づきもしないだろう。

 一度声をかけてみよう。


 「君もトイレかな?」

 

 魔王とばれないように声色を変える。


 「ああ、まさかトイレに行きたくなるとは思わなんだ」

 「お互い運が悪いね」

 「ああ、本当にな。意外と魔王軍は強い。俺なんかがいなくても大丈夫だろう」


 まあ1人ぐらい欠けてても問題はない。

 屈強な魔王軍はそれほどでは揺るがない。

 しかし戦を放棄してトイレに来るとは大した度胸がある。

 今後は兵の動きにも注意深く手を入れる必要があるな。


 「でどうだ。奴らの強さは?」

 「ああ、大したものだ。光属性魔法を駆使してもなかなか倒れない。これも上に立つ上司が有能だからかもしれん」


 隣の個室からくすくす笑い声がする。

 よほど我は尊敬されているようだ。

 しかし光魔法か。

 魔族は光魔法を使えぬはずだがどうやって使えるよになったのだろうか?

 これはぜひ聞いておきたい。


 「光魔法はどうやって使えるようになったんだ? 普通ならば使えぬはずだが?」

 「神殿で修行して使えるようになった」

 「なんと?!」

 「そんなに珍しものでもない。神殿で修行している人は何人もいる」


 まさかそんな逸材がいるとは。

 神殿は魔族ならば誰もが恐れる場所。

 それを珍しくないという。

 こいつは日々神聖攻撃に対する免疫を高めていたのかもしれん。

 

 「ところであんたは何でここに? 場合によっては斬るがどうする?」


 ははーん。

 我を下級悪魔と勘違いしているのか。

 確かに光属性を使えぬ我は下級魔族と思っても仕方あるまい。

 こんな恐ろしい兵士がいるとは思ってもみなかったからな。

 しかし斬られる覚悟か。

 なんとも恐ろしい。

 魔族同士で斬りあいとは好まぬな。

 パワハラ発言だし。


 「斬り合いはよさないか。同じ魔族同士だろ」


 しばしの沈黙。

 なんだ?

 ムカついているのか?

 下級悪魔の分際でと襲ってくるのか?


 「ふん。ゴミ魔族」

 「なんだと?」

 

 こいつ随分と偉そうだな。

 今から正体を明かして魔法をぶっ放すか!!


 「敵を前にして斬られる覚悟がない? 冗談はよせ。お前の仲間は俺が壊滅した。まあ数人取り逃がしたが。だがお前は穴倉で怯えて何もしないつもりか?」


 たしかに。

 勇者を前にしてトイレ行くなどかっこ悪い。

 しかしよく勇者のパーティーを蹴散らすことができたな。

 こいつはほんとに逸材だ。


 「すまん。我も戦うべきだが勇者には待ってほしいとマンモンから言ってあるだから」

 「我? 勇者? マンモン?」


 あ、完全にいつも通り話してしまった。

 完全に魔王だとばれたりはしないか心配だ。


 「まさか魔王が下級魔族が使う共同トイレにいるとは驚きだな」

 

 やっぱばれてたか。

 だが『様』をつけないとは礼儀知らずな兵士だ。

 ここは圧をかけて魔王たる威厳を見せつけねば


 「我を魔王と知ってなおその態度。解せぬ」

 「なるほど。本当に魔王だったとは……」


 するといきなり個室の壁が両断される!!

 我はすぐさま飛びのいたがこいつまともじゃない。

 味方相手にほんとに斬ってきた。

 魔王と知っているのに。


 もくもくと埃が宙を舞い人影が近づいてきた。

 その陰から立派な鎧に身を包んでいることがわかりかなり身長が高かった。

 埃が落ち着いてきてようやくその顔を見ることができる。

 不敬にも魔王のしょんべんを邪魔するとは命知らずな奴。


 我は顔をこの目ではっきり見た。

 その顔は整っていてまるで人間の王子のようだ。

 体は屈強。

 あふれ出るオーラは我でも威圧されるほど。

 こいつ人間?

 しかも見たことがある。


 それは我の人生で生涯忘れたことのない顔だった。


 「勇者?!」

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