第75話 どれが1番?

「じゃあ、ちょっと行ってくるねー」


「ハルくん気をつけてねー。1時間はかからないから、早めに帰って来てね」


「はいよー」


晴翔が散歩に出かけたあと、知らぬ間に料理対決は始まっていた。


「さて、晴翔のために頑張りますか」


「そうですね。ちなみに綾乃さんは何を作るんですか?」


「私はチャーハンにします。私の十八番なので。澪先輩は?」


「私は回鍋肉です。晴翔様がよく食べるらしいので」


2人は偶然だが中華で落ち着きそうである。一方、香織のダメっぷりを舐めていた美涼は、苦労の連続だった。


「では、先に香織さんの料理を作っちゃいましょうか」


「はい、先生。よろしくお願いします!」


美涼は、真奈に教えてもらったレシピで唐揚げを作っていく。おそらく、上手くできればこれが優勝するだろう。


しかし、美涼は知らなかった。


しっかりと教えた通りにやっているのに、出来上がるのは、全て物体Xになってしまうことを。


「か、香織さん。なんですか、これ?」


美涼は堪らず香織に問いかける。


「えっ、鳥の唐揚げですけど。それにしても、美涼さんは凄いですね!」


「な、何がです?」


正直、この状況で褒められる意味がよくわからない。


「教えるのがすごく上手ですね。めっちゃわかりやすかったです」


「ははは、それは何より」


まぁ、手取り足取り教えているのだから、出来て当たり前である。そんな褒めることじゃない。


しかし、これを見てしまうと、ちゃんと教えられたのだろうか?と美涼は悩んだ。このまま出すのはなんだか忍びない。


何故か、香織は上機嫌だが、これでは負けが見えている。それに、そのままにするには香織が不憫でならなかった。


「香織さん、もう一度作りましょう。次はもっと上手く出来ますよ」


「えっ、でも葛西さんが作る時間が」


「あぁ、私なら大丈夫ですよ。私はデザートですから。食べてる間に冷やして置けば完成ですから」


美涼は、香織に教えながらも自分の作業はそつなくこなしていた。もう、冷やすだけの状態になっていた。


「では、もう一度やってみましょう」


「はい!」


ーーーーーーーーーー


彼女達が、料理を作っている一方で、晴翔はとある場所を目指して歩いていた。


「今日もいい天気だなぁ」


この天気なら大丈夫かな。


俺が目指している場所は海岸沿いにある洞窟である。ここには、地元の人しか知らない、絶景が見られる洞窟がある。


よく晴れた日の夜、洞窟の中に月明かりが差し込むと、光が反射して洞窟内がほんのりと青く輝き出す。


俺はこの光景が大好きで、教えてもらってから一人でよく来るようになった。


地元の人達しか知らない秘密の場所なので、俺も誰にも言わずに黙っていた。


俺が、洞窟に到着するとまだ洞窟内は真っ暗な状態だった。俺は事前に用意していた懐中電灯で照らしながら奥を目指す。


「着いた」


俺は洞窟の奥に到着すると、月明かりが差し込むのを待った。


待つこと5分。


だんだんと天井に空いた穴から光が差し込んでくる。すると、洞窟内が青く輝き出した。


輝き出すと、懐中電灯の灯りなど、もう必要なく。洞窟内がよく見えるようになる。


「やっぱり、綺麗だ」


俺が、洞窟内の光景に目を奪われていると、後ろから人の気配がした。


「やっぱり来てたんだね、はーくん」


「やあ、久しぶり、彩葉いろは


彼女の名前は東雲彩葉しののめ いろは。俺にこの場所を教えてくれた人である。


「今年も海の家のバイト?」


「そうだよ。彩葉は?」


「私もいつも通り合宿だよ。抜け出して来ちゃった」


彩葉は、この近くの高校の陸上部で、国の強化選手に選ばれるほどの実力者だ。


「いつも抜け出して怒られないのか?」


「ははは、私がここに来ることは皆んな知ってるからね。それに私が強いうちは誰も文句言わないよ」


なんとなく寂しそうな表情の彩葉。何かあったんだろうか?


「・・・スランプか?」


「ふふふ、はーくんはやっぱり凄いね。うん、ちょっと記録がね。伸び悩みって感じ」


こんな表情の彩葉は久しぶりだ。それに、ここに来る時は、決まって何かに悩んでいる時だ。


「そうか。100mだったよな?」


「そうだよ。もう少しで、何か掴めそうなんだ。だけど、それがなんなのか全然わかんない」


彩葉ほ諦めたような表情で、天を仰ぐ。これは相当きてるな。


「なぁ、俺とちょっと走らないか?」


「今から?」


「今から」


突然の提案に驚いた表情を見せる彩葉。しかし、すぐに笑顔になる。


「ははは、やっぱりはーくんは面白いよ!うん、やろう!」


俺達は、洞窟から出ると、海岸沿いの道路でウォームアップを始める。


お互いにスポーツに関しては素人ではないため、やるからには本気でやる。そのためには怪我は御法度。しっかりと準備をする。


「はーくん、いつでもいいよー?」


「俺も大丈夫だ」


俺と彩葉のベストタイムは同じ。11.50秒。男子としては、そこまで速くはないが、女子でこの記録はかなり速い。


でも、彩葉はスランプだって言ってたから、俺が負けることはないだろう。


俺達は静かにスタート位置につく。スタートの合図は目の前の信号が赤から青に変わった瞬間だ。


俺達は互いに集中を高めていく。懐かしいこの感覚。空手の試合の時に近い緊張感。


世界大会に出た時に練習パートナーをつとめてくれたあの人との練習試合に感じた緊張感。やはり、実力者との勝負は胸が高鳴る。


静かに待つこと数秒。


スタートの合図は突然に訪れた。しかし、俺達はしっかりとスタートを決める。


スタートは同時。


その後の加速もほぼ同時だったが、ここで一歩俺がリードする。いつもより動きがいい。これならベストが、出せそうな気がする。


結局、最後までほとんど差がないまま、俺が僅かにリードした状態でゴールした。


「ハァ、ハァ、ハァ」


「はーくん、ハァ、ハァ」


彩葉は俺に手を差し出す。


俺は迷わず彼女の手を取った。


「やっぱり、ちょー楽しかった!!」


そう言う彩葉の表情は、さっきまで悩んでいた人とは思えないほど晴れやかなものだった。どうやら吹っ切れたようだ。


「ありがとう、はーくん。こうしちゃ居られないよ。今年の大会はいい記録が残せそう。本当にありがとう!」


そう言って、走って帰って行く彩葉。本当に騒がしい奴だな。同じ学校だったら、きっと良い友達になれたんだろうな。


俺は、走り去る彼女の背中を見えなくなるまで眺めていた。


さて、俺もそろそろ帰るかな。


ーーーーーーーーーー


「ただいまー」


俺が民宿に戻ると、良い匂いがしていた。どうやらご飯の方は無事に出来たようだ。


「遅いよハルくんー!」


「待ちくたびれた」


「こちらにどうぞ、晴翔様」


「おかえりなさい、晴翔くん」


座敷に上がると、テーブルいっぱいに広がる料理と、俺のことを待っていてくれた彼女達にが出迎えてくれた。


「ごめん、ごめん。ちょっと知り合いに会ったから話し込んでたんだ」


俺は、空いてる席に座ると、おしぼりで手を拭いた。しかし、食事はすぐに始まらず、彼女達は隅っこに集まって何か話している。


「ねぇ、もしかして女かな?」


「晴翔ならあり得る」


「晴翔様は友達が少ないようで、凄い人達と知り合いだったりしますからね」


「晴翔様は、毎年必ず夜は行くところがあるようですよ。お母様が言ってました」


「確かに。教えてくれないけど、いつも出かけるんだよね」


じーっとこちらを見る4人。えっ、なんでそんなに睨んでんの??


「はぁ、しばらく様子をみましょう」


「そうしよう」


とりあえず、話は終わったようで、ようやく食事が始まった。今日のご飯は、俺の好物ばかりが並んでいた。


「じゃあ食べようか」


「「「「「いただきまーす」」」」」


俺は、まず唐揚げから食べ始める。


「うん、美味い!」


その後も、他の料理を口にするが、どれも本当に美味しかった。食後にはデザートまで準備してくれたようで、終始楽しく食事を楽しんだ。


「ハルくんどうだった?」


「うん、すごく美味しかった」


「よかった。それで、どれが1番美味しかった?」


「えっ?」


その質問が出た途端、先程まで和やかだった雰囲気が一転、ピリッと張りついた雰囲気になる。


あれ?


心なしか、みんなの目がマジだ。これはどうすればいい?俺は選択を迫られていた。


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