第37話 それぞれの胸中

<side 桃華>


ふわぁぁぁ。昨日は遅くまで台本を読んでたから眠いわ。私は、マネージャーとの打ち合わせで事務所へ来ていました。基本的に送り迎えはマネージャーがしてくれるので助かります。


でも、やっぱり眠いなぁ。苦いコーヒーは嫌いだけど、眠気をはらうために飲もうかなぁ?そんなことを考えていると、ミーティングルームの一角に見覚えのあるお姿が!!


私がずっと凝視していると、HARU様も気がついたみたいで。こちらを振り返ります。


「HARU様、今日はどうしたんですか?」


「やぁ桃華、俺は打ち合わせにね。桃華は?」


ふふふ、これは芸能人ならではの会話ですね。彼女さんにも出来ないことです。今度自慢してやりましょうか?


「私もです。今度のドラマの件で話し合いです」


「ドラマって、『青い鳥』のやつ?」


「そうですよ。もしかしてHARU様もですか!?」


「うん、なぜか主演でオファーもらってね」


「本当ですか!?私はヒロインなんですよ!あっ、そうだ」


確か、このドラマにはキスシーンがあったはずです!


「早川さん、ちょっといいですか?」


この人は、私のマネージャーの早川京子はやかわ きょうこさん。体育会系の方で、礼儀にはうるさいがとても面倒見が良くて親切な人だ。


「どうしたの、桃華?」


「確か、このドラマってキスシーンありましたよね?」


「あるわよ。でも、あなたの要望通りにフリでも構わないって確約もらってあるわよ」


全く、と早川さんはため息をつく。


「ふふふ、今回はキスしてもいいかなって思ってます」


「えっ!?どうしたの、桃華?熱でもあるの??」


「ううん、私のファーストキスをあげる人が現れたの!」


「えっ、もしかして」


「そう!HARU様が主役で出るらしいんです!!」


いきなりのことに早川さんは驚いたかもしれないけど、恋はいつも突然だからね。ごめんなさい、早川さん。


私は、早川さんに言いたいことを伝えると、HARU様の元へ戻ります。


「ふふふ、そうですかぁ、HARU様とドラマ楽しみだなぁ」


あぁどうしましょう?考えただけで笑みが止まりません♪


「HARU様、あのドラマってキスシーンあるんですよ、知ってました?」


「あぁ、確かにあったな。でもふりでいいって書いてあったぞ」


「ふふふ、そうですね♪」


楽しみにしててくださいね、HARU様。桃華史上最大のサプライズをあなたへお届けします!


ーーーーーーーーーー


ドラマの顔合わせを無事に終え、さらに数日後の出来事。


いよいよ、読み合わせが始まります。HARU様との初共演です。私は、この時すごくワクワクしていたのですが、その気持ちは最後まで続きませんでした。


場面は学校。主人公とクラスメイト達との談笑から始まる。


もう、最初の一言で私は引き込まれてしまいました。主人公が今何を感じて、何を考えているのか、手にとるようにわかります。役者としての格が違う。安易にそう言われているようで悔しかったです。


中川さん達も、今回は必死に練習してきているのが良くわかります。いつもの演技より、明らかに良い。でも、HARU様の演技について行けない。


そして、あんな光景を見せられた後に、私の番が来てしまった。こんなに緊張するのはいつぶりだろう。心臓が飛び出そうです。


『この鳥、君の?』


『ううん。だけど、いつもそこにいるの』


『そうなんだ。おいで』


『呼んでも来ないわ。誰にも寄り付かないの』


一緒に読んでみてよくわかった。ヒロインはこんな子じゃない。これじゃ、だめだ。全然演じきれてない。


私は、反省をしながらも次のシーンが気になって仕方なかった。だって、あの真奈さんが出演するシーンだから。


『あら、おかえり。早かったわね』


やばかった。たった一言で引き込まれた。


『・・・うん』


『その鳥どうしたの?』


『ん、拾った』


そして、HARU様もすごかった。真奈さんに引っ張られ、さらに技術が磨かれていく。二人がどう演じたいのか痛いほどわかる。私達に、こうやれと言われているようだった。悔しい。


私は、試行錯誤しながら少しでも二人に近づけるように食らいついた。元々、用意していたイメージを崩したため、監督から修正をかなり入れられた。こんなに修正されたのは初めてだった。


私は、今にも泣き出しそうだった。でもこんな顔見られたくない。私は、この感情を隠すためにHARU様に抱きついて時間を稼ぐ。


「桃華復活!」


「俺にはそんな効果はないぞ?」


「いえ、HARU様がいれば私は不死身です」


待っていてくださいHARU様。リハの時には足を引っ張らないことを約束します。私は、この日から一日中台本に齧り付いた。


ーーーーーーーーーー


<side 真奈>


なんと、息子と一緒にドラマに出られる日が来るなんて、夢のような出来事だわ。大崎監督には感謝しなくっちゃ。


少しでも良いものができるように、私は晴翔に演技の指導をつけることにした。晴翔は昔から何かを演じることは上手だった。


幼稚園や小学校などで演劇をやったとき、一人だけ上手すぎて浮いていた。晴翔の才能を少しでも伸ばしてあげたかった。


「晴翔、そこはそうじゃないわ。そこはもっと感情を抑えて」


「は、はい」


普段、私は事務所の子達にもこんなに厳しく指導することはない。だって、厳しく指導したところでできるようにならないからだ。でも、晴翔は違う。1つ言えば2つ、3つと勝手に学習していく。この子は伸びる。


私が難しいことを言っているのは自覚している。だけど、頑張ってついてきて。


「あのね、完璧にやれって言ってる訳じゃないの。もっと、この作品に集中しろって言ってるの」


「作品に、集中」


「そう、出来る出来ないは二の次なの。あなたが思う成海を見せて」


その後も、晴翔は妥協することも諦めることもなく、私の指導についてきた。それだからこそ、二世タレントなんて括りで晴翔を見て欲しくない。晴翔の実力をみんなに知ってほしい。


「晴翔、私達が親子だってことは、事務所の社長とか一部の人しか知らないことになってるわ。だから現場では、母として接することはないから、しっかりしなさいよ?」


「うん、俺頑張るよ。だから、今後も指導よろしくお願いします」


本当に、これでデビューの新人だなんて信じられないわね。まだまだ直すところはあるけど、これだけ出来れば上出来でしょう。


その後も、晴翔は一人でしっかり予習復習をしていたようで、読み合わせの時にあんなに上達しているとは思わなかった。


ーーーーーーーーーー


最近、若手で良くドラマなどに抜擢されている子達が、今回も順当に選ばれていた。サプライズ出演は晴翔だけみたいね。


学校のシーンから読み合わせが始まると、我が息子ながら恐ろしい才能だ。


本番では、仕草や視線などで演技の幅が広がるため、もっと役を演じ易くなる。桃華ちゃん以外の子は実力の差もわからないみたいね。


『この鳥、君の?』


『ううん。だけど、いつもそこにいるの』


『そうなんだ。おいで』


『呼んでも来ないわ。誰にも寄り付かないの』



桃華ちゃんも必死に食らいついてるわね。鳴海が求めるヒロインが少しわかったみたい。今後が楽しみね。


さて、じゃあ晴翔にも良いところを見せなくっちゃね。私と晴翔の初共演。ずっと楽しみだったわ。


『あら、おかえり。早かったわね』


『・・・うん』


『その鳥どうしたの?』


『ん、拾った』


今、この時もまさに成長中なのね。直々に教えてあげようと思ったのに、練習で出来てなかったところも完璧じゃない。可愛くないわね。


でも、息子の成長が見れて、私は少し舞い上がっていたかもしれない。


あまり晴翔には関わらないって決めてたのに、つい話しかけてしまった。


「HARUくん、リハも楽しみにしてるわ」


「はい、真奈さん。俺も楽しみにしてます」


この後、業界内で噂が1人歩きしてきた。私がHARUくんを認めて話しかけただとか、新人を潰しにかかっただとか、みんな好き勝手言っていた。


まぁ、本番が終わる頃にはおさまるでしょう。晴翔の才能はそんな物差しでは測れない。それまでは、遠くで見守らせてもらうわね。頑張って、晴翔。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る