第19話 体育祭①


「ねぇ、ハルくん。そろそろ体育祭だね」


「そうだな。嫌な時期になった」


俺にとって体育祭はいい思い出ではない。去年の体育祭はサッカーで参加したのだが、補欠で一度も出場しなかった。


それどころか、練習にも呼ばれず、完全に蚊帳の外だった。


「今年は何に参加するの?」


「参加したところで、出番はないだろ?」


「ハルくんが出れば絶対勝てるのにね?」


「そんなことないよ。俺は器用貧乏というか、なんでもある程度できるけど、本当に上手いヤツには勝てない」


運動神経が中途半端に良すぎると、俺みたいに、得意なことも、苦手なこともない、中途半端な人間が出来上がる。今回も補欠が良いところだろう。


「なぁ、晴翔は運動出来るの?」


「そこそこね」


「じゃあ、しっかり応援してやるからな」


「もちろん私も応援するよ!」


おそらく今年も出場しないので、そんなに張り切って応援されても困るのだが。俺は憂鬱な気持ちで体育祭当日を迎えることになった。



ーーーーーーーーーー


「俺達A組が勝ったも同然だな」


「あぁ、俺達のチームは全員バスケ部だからな」


俺のクラスにはバスケ部がちょうど5人居るため、スタメンがバスケ部で占拠されている。補欠の俺の出る幕はないな。


ちなみに補欠は2人いたのだが、もう一人は今日体調不良で欠席しているので、実質俺だけである。


「齋藤、ごめんな。バスケでは絶対負けたくないんだ。だから俺達だけでやらせてくれ」


「西城さんの前で良いところ見せたいだろうけど、我慢してくれ」


みんなニタニタと気持ち悪い笑顔を俺に向ける。完全にハブにする気だな。俺が香織と一緒に居るのが気に食わないんだろう。


中間テストでの出来事があってから、俺への風当たりはさらに酷くなった。別に俺は気にしてないからいいが、2人がこのことを知ったらと思うと恐ろしい。


「別に構わないさ。俺は運動苦手だから」


それっぽい言い訳をして、ここはやり過ごそう。


「齋藤、本当にごめんな。本当は出してやりたいんだけど」


こいつは確か、バスケ部エースの勅使河原俊介てしがわら しゅんすけだ。運動神経抜群で女子からかなり人気のあるやつだ。


「いいんだよ、別に。気にするな」


「そうか。そう言ってくれると助かるよ。アイツらは、部活では補欠でさ、まともに試合に出てないんだ。だから出してやりたくてな」


勅使河原からは、本当に申し訳ないという気持ちが伝わってくる。クラスにこんな奴が居たなんて、思ってなかった。


「そうなのか、俺は応援してるから頑張れよ」


「齋藤、ありがとな!」


それじゃ、とバスケ部の輪の中に戻っていく。


俺達のクラスは、危なげなくトーナメントを勝ち進んでいき、遂に決勝戦まで昇り詰めた。


しかし、ここでいくつか問題が発生した。まず、スタメンで出ていた1人が足首を捻挫してしまったこと。


そして、決勝戦の相手は隣のBクラスで、全員がバスケ部。それも半分はレギュラーで構成されている。


そんな中、俺が投入されることに、応援に駆けつけていたクラスメイト達から大ブーイングが起こった。


「陰キャは引っこんだろ!」


「お前が出るなら、俺の方がマシだ」


「引っ込めー!」


同じクラスなんだから、少しは応援しろよな。ほら、香織と綾乃の顔見ろよ。般若のような顔してるぞ。


2人は競技には参加しておらず、応援係として色んな競技の応援に回っていた。


そして、ここが最後の仕事場だったのだが、悪いタイミングで来てしまったようだ。


そんな2人を尻目に、このブーイングの中、試合は開始された。


ーーーーーーーーーー


不味いな、試合も半分が経過し、ジリジリと点差が離されていく。


やっぱり、レギュラーが俺1人のチームじゃ、Bクラスには勝てないか。


齋藤は運動が苦手だって言ってたし、無理はさせられない。俺がどうにかしないと。


その後も、どんどん点差は離されていき、最終クォーターを残して30点差がついていた。


くそ、どうすれば良いんだ。


俺は疲れを取るため、とりあえず何も考えないことにした。この休憩を有意義に使おう。耳をすますと、会場中の声が耳に入ってくる。


はぁ、こんなにうるさかったのか。全然冷静になれてなかったな。少し、心に余裕が戻って来た時、俺の耳にはある会話が入ってくる。


「ハルくんお疲れ様」


「このままだと負けそうだな。晴翔が結構いいポジションに居るのに全然パス出さないじゃんか、アイツら」


ん?


齋藤と西城、それに大塚か。


冷静になって思い返してみれば、齋藤は結構いいポジションにいることが多い。何度か思わずパスを出したくなった。たまたまかと思っていたが、まさか狙ってやってるのか?


「まぁ、みんな楽しんでるからいいんだよ。邪魔したくないしね」


「でも、ハルくんがやる気出せば、絶対勝てるよ。勝てるのに、努力をしないのは好きじゃないわ」


「確かに、晴翔の活躍も見たいし」


ふむ、齋藤にパスを回してみるのも面白いかもな。俺は部員達の輪に戻って指示を出す。


「おい、最後の10分だ。俺にボールを集めてくれ。考えがある」


「わかった」


「お前が言うなら、従うよ」


「よし、いくぞ!」



ーーーーーーーーーー



最後の10分。


点差は30点。


実質5対4の試合。


これじゃあ勝ち目はない。だが、俺にパスが来ることは無いだろう。しかし、さっきの香織の言葉が頭をよぎる。


勝つための努力、か。


パスが来ないことは分かりきっているが、俺は出来ることをしよう。


「おい、ボールをくれ!」


開始早々に、勅使河原にボールが集まる。やはり最後まで勅使河原と心中する感じか。


しかし、これまでと違う事が一つだけあった。この試合で初めて勅使河原と視線が絡み合った。


その瞬間、俺は走り出した。


何故だろう。絶対にボールが来る。そんな予感がした。そして、俺の行動を見た勅使河原の口角は大きく上がった。


相手は俺が急に走り出したため、着いてこれず俺はフリーになった。


その瞬間、勅使河原からパスがくる。さすがバスケ部エース。ドンピシャだ。


「おい、勅使河原!」


「なんで、アイツに」


もちろん味方からは非難の声があがったが、この時、俺と勅使河原はそんなことはどうでも良かった。


俺はボールを迎え入れると、そのままドリブルでゴールまで走り、レイアップシュートを決めた。


パサッ


静寂の中にネットが揺れる音だけが鳴り響いた。そして、俺と勅使河原は数秒目を合わせると、高々と手を上げ、お互いの手を打ち鳴らした。


パチンっ!


「ナイスシュート、晴翔!」


「勅使河原・・・いや、ナイスパス俊介!」


高校に入って、初めて男子の友達ができた瞬間だった。まさか、こんなことでと思ったが、友達とはそんなものなんだろう。


その後、俺の加入により、状況は一変した。


「おい、あの陰キャ野郎をしっかりマークしとけ!」


「お前こそ、勅使河原をどうにかしろよ!」


俺にマークが集まれば、俊介にパスを回し、逆に俺に隙があればすぐさま走り込む。


残り時間10秒。


点差は2点。


どうにか同点にしようと、俊介がドリブルで切り込もうとするが、なかなかうまくいかない。向こうはこの10秒を守るため、中をがっちりと固めていた。


それなら。


俺は俊介を目掛けて走り出した。慌てて、相手は俺の後を着いてくる。


俺は俊介とアイコンタクトを取ると、すれ違いざまに、ボールをもらう。


そして、振り向くと体勢を整えてシュート体勢に入る。


「止めろー!」


相手はシュートを止めるために大きくジャンプした。しかし、予想していた俺は、一拍おいてシュートを放つ。


「なっ!?」


相手はどうしようもできない状況で、ただただ驚きの表情を見せる。


そして。


ビィィィィィィィィ!!


パサッ!


終了の合図と共に、俺の元から放たれたシュートはネットを揺らした。


俺が放ったのはスリーポイントラインから。


見事に3点が決まり、俺達は逆転勝ちを納めた。


「晴翔!」


すぐに俊介は駆け寄って来た。


「やってくれると思ったぜ!」


俺達は手をガッチリと握り合った。あぁ、こういうのも悪くないな。少しずつクラスに馴染む努力もしていこう。


俺は、俊介と別れると、ずっと応援してくれていた2人の元へと向かった。

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