桜島、噴煙と潮風の臭い。

本田。

回顧

現在。客観的視点から、人生の節目に差し掛かっていると思い、これまでの怠惰で蒙昧な愚生の人生についての回顧を文章として出力しようと考え至った。


私が生まれたのは、或、たいそう仲の悪い夫婦の家であった。淫乱で八方美人な女と、頑固で先入見な男と数匹の猫がいる、居心地の悪い家だ。

私が生まれて数年は、二人も我慢をして寝食を共にしていたが、六年経ったある日、先に夫の怒りが爆発した。当時の私にはどういった内容の喧嘩だったか分からなかったし、今では覚えてすらいないが、はっきりと言えるのは、極めて下らない理由だったろうという事だ。

それから変わった事は只一つだけで、男が二階、女は一階で暮らし、それから5年程、二人は顔を合わせなかった。その異常な家庭の中で、女は夫の悪口を私に聞かせ、男は妻の悪口を私に教えこんだ。

幸いにも(もしかするとその環境のせいかもしれないが)私は他人よりも頭が良く、また友人を作る能力も高かった。学校や休日は友達と目一杯遊び、夜の間だけ親と暮らした。

ここで勘違いしないで欲しいのは。私は母を嫌いではなかったという事だ。彼女は父の悪口を言う所と、不倫をしているという事だけで、私にとってはただの優しい母親だったからだ。

逆に父親は苦手だった。彼は少しの事で私を怒鳴ったし、精神を病んでいたこともあり記憶が不安定で、また思い込みの激しい所があった。


【ここから先、私の精神に大きな揺れ動きがなかったため中学二年生まで時間を進める。】


夏の日、両親が離婚をした。

私は父親を選んだ。選ばなくても関係を続けてくれるのが母親の方だけだったからだ。 (しかし、これは後から思えば失敗だった。)私達は生まれてから12年過ごした生家を離れ、少し離れたアパートに引っ越した。

この辺りで私は美術部に入部し、後に5年間つるむ事となる友人Eと出会った。

父親の精神は明らかに悪化していた。ここでは書けない程に。最悪だった。母と暮らしたかったが、父との縁が完全に絶たれる恐怖が勝った。

中学を卒業した私は、Eと共に頭の悪い高校に行った。皆、頭は悪かったが陽気で気さくだった、生徒数が少なかったのも起因し男子生徒なら大体と遊んだ。高校一年の秋、彼女(彼氏)もできた。家庭環境以外は概ね充実していた。(連れ合いとはその後半年ほどで別れたが。)

受験勉強をしたくなかった上、たまたま絵が上手かったので、大阪の美術短大を志望した。大阪である理由は特に無かったが、家からできるだけ離れたかった。どうしても独立したくて、奨学金も補助金も全部自分でなんとかして、絶対に受かるように死ぬ気で絵を描いた。

結果は合格だった。それから父の態度が明確に柔らかくなった、気に食わなかったが、殴られるよりは気分が良かった。


卒業式の日、高校の同級生とカラオケに行って滅茶苦茶に喋りまくった。

来週、中学の同級生で集まって焼肉屋に行く予定がある。アイツらのことだから私が泣くのをバカにするんだろうと思うと、頬が緩む。


私はこれまでの全ての選択を後悔していないし、するつもりもない。


最悪の中で最善を尽くす為、足掻き続けて、もがき続けて、数センチでも前へ、数ミリメートル上へ。


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桜島、噴煙と潮風の臭い。 本田。 @haruomanko

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