子守唄
塔
夜の音
真夜中になると寝室から声がする。
これは子供の頃から続く現象だったが、この声が本から出ていると知ったのはつい最近の事だ。
耳を澄まさないと聞き取れないほどの小さな呟きは、思えば新月の夜に起こることが多かった。
あるときは少年の声が、あるときは老婆の声がふつふつと湧いては消え、もうすっかり怖いという感情も持たずにいた頃、ふと、その中の一つが歌声を紡いでいるのに気づいた。
それは本ではなくパンフレットだった。
おそらく仕事でもらってきたのであろうそれは、柔らかな色合いに大胆に花が配置されたデザインの、女性向け化粧品のものだった。
なぜここに挟めていたのかはもう覚えていない。
パンフレットはどの月の夜でも構わずに歌っていた。
薄暗い部屋にほんのりとたゆたうそれは、さながら子守唄のようだった。
いつしか私は、それを聞きながら眠りに落ちるのが日常になった。
ある時、私はそのパンフレットを間違って捨ててしまった。
その時はさしてショックは受けなかったのだが、歌声の聞こえない夜が寂しいとこの歳になって思うようになった。
それから私は、それまであまり興味のなかった音楽に触れるようになった。最初はあの歌声を求めてヒーリング音楽を聴いていたが、そのうち様々なジャンルを聴くようになった。
文庫本ばかりの部屋にCDと音楽雑誌が増えていく。文字という楽しみの他に、音という楽しみが加わって、私の生活に色彩が増えたようだった。
そうして数年後、私は偶然あの歌に再会した。
それは化粧品のCMに使われた楽曲だったのだ。
私は妙に納得し、すぐさまそれを購入した。
月のない夜は本の呟きとともに、あの曲が寝室を撫でていく。
それを聴きながら私は、深い眠りに落ちていくのだった。
了
子守唄 塔 @soundfish
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