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「おかしい」
不満そうにリーフェが呟いた瞬間、パチンッと
「数が合わない気がする」
馬で半日駆け通し、ピレネのふたつ先の町で馬を捨て、そこから脇に
結局、ピレネの町を出て一度は追っ手を振り切れたはずなのに、次の町でもサラ達は警邏隊に追いかけ回された。増えた追っ手をかわすためにさらに先まで馬を駆り、その先は待ち伏せを警戒して馬ではなく徒歩で街道から逸れた道に入った。今晩はここで野宿になるという。
どのみちあれだけの騒ぎを起こしてしまったら、周辺の町にはいられない。ピレネを出た後のことを踏まえて考えれば、近隣の町の警邏隊にはすでに伝令が飛んでいるはずだ。宿屋でゆっくり休めないなら、無理をせず人に見つかりにくい場所で休んだ方がいい。
「追っ手のか? ピレネの時は警邏隊もいた訳だろ? そこからの伝令で周辺の町の警邏隊が追っ手に加わるようになったからじゃないのか?」
「
ハイト達が持っていた食料を分けてもらって食事を済ませた後、サラは何をするわけでもなくたき火を見つめていた。エルザは馬酔いが良くならないまま強行軍を
──大丈夫かしら、キャサリン。
結局、ピレネのカフェでキャサリンが見せた反応についてキャサリンから話を聞けていない。ハイト達に遅れることなく見事に馬を駆ってみせたキャサリンが馬に酔ったとは思えないし、キャサリンの顔色が悪いとしたらサラの背後を何者かに取られたあの一件のせいではないだろうか。
──落ち着いて話がしたいけど……二人きりにならないとキャサリンも全部は話せないだろうし……
「最初、追っ手はエルザを追ってるボルカヴィラ王室からの刺客だけだったはずだ。宿を包囲していた人数は大体十人。で、ヴォルトが森の中で伸した人数が五人」
「多分あれはボルカヴィラ側がけしかけてきた野盗の類だろうな。宿を包囲していたやつらとは別物だと思うぞ」
「僕達が警邏隊に追われたのは、不審者扱いされたから。でもそれだけの理由で町を越えてまで追ってくる? 街道なんてそれこそ日ー凶悪犯罪に揉まれていそうじゃない。こんなに無害な不審者集団にいつまでも構っていられる余裕はどこだってないと思うんだよね」
「馬屋から馬かっぱらった一件は?」
「犯罪規模的にそこまでの事じゃなくない? 付けの支払先だって言ってあるし」
「『ボルカヴィラ王室に付けとけ』って発言を真に受ける人間、そうそういないと思うけどな」
リーフェの指摘にはっとサラは顔を上げた。自分の勘違いに気付かされたからだ。
「私、追っ手はエルザのことを追ってきているのだと勘違いしていたわ」
「そう、そこなんだよ。僕達は追われる理由に心当たりがあるから当たり前だと思っちゃってたけど、本来なら警邏隊はエルザが次期ボルカヴィラ王位継承者で、そんなエルザを消そうとしているボルカヴィラ王室に追われているっていう事情を知らないはずなんだ。それなのに追っ手があの規模に膨れ上がってるの、おかしくない?」
「ボルカヴィラ王室が警邏隊に指示を出してるっていう可能性は?」
「エルザ抹殺のために派遣されてきている刺客は、大っぴらに己の身分を明かせない。本来ならば正義はエルザ側にあるんだから。下手に事情を明かしてエルザ側に付かれたら厄介だ。そして身分が明かせない以上、上から命じる事も出来ないし、何なら協力を漕ぎ着ける事だって難しい」
ハイトの問いにもリーフェは難しい顔で言葉を返した。
「……つまり、別方面からの追っ手が追加されてて、そいつらが警邏隊を扇動してる可能性があるって事か?」
「ない、とは言えない。……雑多な気配が増えたような気がするんだよね」
リーフェの言葉にハイトとヴォルトが揃って難しい顔になった。同時にサラの顔からもスッと血の気が引く。
──まさか、フローライトから私を追いかけてきた人間が、私と同行してるハイト達を誘拐犯か何かと勘違いしちゃって裏で暗躍してるとかないわよね……!?
『雑多な気配』を『ボルカヴィラ王室関係者以外』と捉えればそういう可能性もあるのではないだろうか。そしてサラがそんな事情を抱えているということをハイト達は知らない。
──どうしよう。黙っていたら、いざ本当に私を追ってる人間に遭遇した時にみんなに迷惑をかけてしまう。
最悪の場合、リーフェが立てた計画を大きく狂わせることになるかもしれない。そうすればエルザの身にも危険が及ぶだろう。何せエルザにとってこの逃避行は文字通り生きるか死ぬかの瀬戸際を突っ走っているのだから。
──どうしたら……!
「どうする? このまま王都まで行けると思うか?」
「行ける、行けないよりも、どうやって辿り着くかを考えた方がいいかなぁ。他に選択肢も……」
「あの」
サラは思わず助けを求めてキャサリンを見やる。その瞬間、不意にユラリとキャサリンが立ち上がった。
「申し訳ありません。少し、席を外してもよろしいでしょうか?」
「どうしたの?
「暴れまわったせいか、少し服が苦しくて……」
キャサリンの顔色は相変わらず悪い。時を追うごとに悪くなっているようにも思える。暗がりでもそれが分かったのか、ハイトの顔に分かりやすく心配そうな表情が浮かんだ。
「少し離れた場所で、その……コルセットを緩めてくるので……」
「あぁ! フローライトの
行ってらっしゃ〜い、とリーフェは気軽に手を振る。そんなリーフェに目礼を返したキャサリンがチラリとサラを見た。その視線に気付いたサラはキャサリンがなぜこのタイミングでそんなことを言い出したのかに思い至り、視線だけで了承を伝える。
「手伝うわ、キャサリン。一人じゃ大変でしょう?」
「恐れ入りますが、よろしくお願いいたします」
キャサリンの後を追うように立ち上がるとキャサリンは弱ーしく頭を下げた。そんなキャサリンが一行から離れるために隣に座ったヴォルトの後ろを回るように足を踏み出す。
だがその瞬間、キャサリンの体は何かに足を取られたかのようにフラリと
「キャサリンっ!?」
「おっと」
座った状態から反射的に素早く飛び退ったヴォルトは、自分の上に倒れ込んできたのがキャサリンだと気付いた瞬間、腰を浮かせてキャサリンの体を抱きとめる。ヴォルトの腕の中に飛び込む形になったキャサリンは、地面に倒れ込むよりも早く抱きとめられたおかげで怪我をしなくて済んだようだった。
「あ……申し訳、ありません……」
「大丈夫か? そんなに調子が悪かったなんて……」
「立ちくらみかもしれません。服を緩めて少し安静にしていれば、落ち着くはずですから」
ヴォルトに支えてもらったキャサリンは、今度はしっかり自分の足で地面に立った。自分からヴォルトの腕を離したキャサリンを今度はサラが支える。
ハイトとヴォルトはそんなキャサリンを心配そうに見つめていたが、キャサリンが『
「大丈夫よ、私が付いてるから!」
そんな二人に笑顔を向けてからサラはキャサリンとともに木立の向こうに分け入った。森は鬱蒼としていて視界は効かないが、キャサリンの歩みはしっかりしている。さっきの一連の流れが一行から離れる口実を作るための演技だと分かっているサラは、サラの手首を掴んで誘導するキャサリンの歩みに素直に従った。
「……ねぇ、キャサリン」
そんなサラが口を開いたのは、しばらく歩を進めてわずかに森が開けた場所に出た頃だった。
もう十分ハイト達から離れたはずなのに一向に足を止めようとしないキャサリンを、森の中にわずかにできた月影の広場の中心で引き止めて、サラは静かに口火を切る。
「私に何か、隠し事してるでしょ?」
そんなサラを、キャサリンは振り返らない。サラの手首を取ったまま歩みを止めたキャサリンは、サラに背中を向けて一心に進む先を見据えている。
「キャサリン、エルザを初めて見た時から様子がおかしかったもの。……何か知ってることが、あるんでしょう?」
一瞬、グッとサラの手を取るキャサリンの手に力がこもった。それからキャサリンはゆっくりと、覚悟を決めたようにサラを振り返る。
その顔は先程よりも血の気を失っていて、紙のように白くなっていた。
「帰りましょう、姫様。これ以上はもう、家出なんて可愛らしい言葉を言っていられる状況ではありません」
「教えて、キャサリン。あなたは何を
キャサリンのただならぬ様子にサラは瞳に力を込めた。
キャサリンもキャサリンでサラが簡単に引っ込むような性格をしていないということは知っているはずだ。ただ『危ないから』だけならば、最初から引き留めるなり、サラを抱えてフローライト王宮に逃げ帰るなりすれば良かったはず。それを今になってあの一行から引き離そうとは何事かと、サラは視線で説明を求める。
「……私はこれ以上、姫様にボルカヴィラにもアクアエリアにも関わってほしくはありません。御身の安全に障ります」
「それは今に始まったことじゃ……」
「ボルカヴィラ王室とアクアエリア王室の争いに、姫様が関わらなければならないいわれはございません」
キャサリンはサラから手を離すとスカートのポケットからシャラリと鎖を引き抜いた。見慣れない銀の鎖は首飾りの鎖で、そのペンダントトップには優美な銀細工を台座に大粒のアクアマリンがはめ込まれている。
そう、まるで、エルザが持っていた『
「それって……」
「ヴォルト様の懐に入っていました」
『
水神『
それがヴォルトの懐にあった。しかしヴォルトは明らかにアクアエリア王族ではない。ならば残り二人のうちのどちからかが安全のために護衛であるヴォルトに託していたということか。
「ハイト様達がアクアエリア王室関係者だっただけではありません。ピレネで姫様の後ろに立っていたのは……」
「そこまで分かっていて、この状況であいつらから離れようというのか?」
不意にキャサリンの声が聞き慣れない第三者の声に
だがキャサリンの細い背中ではサラの視界をすべてふさぐことはできなかった。そしてサラは、聞き慣れないながらもそれが誰の声であるかを知っている。
「もしくは、今更俺に忠義を尽くすつもりにでもなったか? キャサリン・ヴィオレット」
常に嘲笑をまとう不快な声の主は、木立の切れ間に立っていた。
夜闇の中、月光の下で見ても燃えるように赤いと分かる髪と、飢えた狼のようにギラつく黄金の瞳。それに加えて森の中で見るにはあまりにも不相応な華美な装いが彼が何者であるかを物語っている。
サラはこの上なく苦い声で低く相手の名を叫んだ。
「カティスヘルズ・フレイ・ドルートン・ボルカヴィラ……!」
『火の国』の王太子、王位を
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