姫様の疑問
1
ガッタン! と体を貫いていった振動に、サラはもう何度目になるか分からない身じろぎをした。両隣に座るエルザとキャサリンの邪魔にならないようにモゾモゾと体勢を変えてみるのだが、どう体を動かしてみても快適な体の置き方が分からない。
──荷馬車がこんなに揺れるなんて、知らなかったわ……!
今サラ達がいるのは、
『実は宿を押さえてもらう時、一つ条件を付けたんだよね』
荷馬車を持っている隊商が宿泊している宿を押さえること。できれば今晩宿を
リーフェはそんな条件をつけてヴォルトに宿を探させたという。聞いた時はそんなに都合のいい宿が見つかるものかと思ったのだが、サラ達が通された宿には本当に隊商が滞在していた。しかも今晩宿を発ち、ボルカヴィラを目指すという。
リーフェが何を目論んでいるのか理解していたヴォルトは、さらに先んじて隊商に同行させてもらえるように交渉まで済ませていた。詳しい内容は知らないが、隊商に混ぜてもらう代わりにヴォルトが護衛を担うことと、後は金子で話をつけてあるらしい。
『隊の人間が体調を崩したから数日ここに
武人としてのヴォルトの実力が相当あるのか、それとも単に交渉術が巧みだったのか、とにかくヴォルトは同行者5人という大所帯を荷馬車に乗せることに成功した。宿で隊商のメンバーと早めの夕食を取ったサラ達は、隊商の外套を借りてメンバーになりすますと荷馬車に乗り込み、日が沈む頃にはひっそりと宿から脱出することに成功した。
──あの部屋は入れ違いに宿を求めた団体さんにそのまま明け渡したから、灯りもあれば人の気配もある。『窓にカーテンを引いて朝まで開けないこと』『大きな声を出さないこと』を条件に料金こちら持ちで部屋を譲ったから、少なくとも明日の朝までは追手に気づかれないはずだわ。
これらの策を立てたのはすべてリーフェである。リーフェの無茶な要望に応えたヴォルトも相当だが、無頼漢を演じる男に絡まれたエルザを見た瞬間にこれだけの策を立てたというリーフェは一体何者なのだろう。
──本当に、一体何者なのかしら?
サラはチラリと正面に座るハイトを見やった。
進行方向に対して左側の壁際にサラ達が、対面にハイト達が並んで座っていた。
サラ側は奥側からエルザ、サラ、キャサリン、ハイト側はリーフェ、ハイト、ヴォルトの順だ。
隊商に同行させてもらえた理由が『用心棒のため』だから、それぞれ一番戦力になる人間が一番動きやすい位置に、という配置であるらしい。エルザが一番奥なのは、万が一追手から襲撃がかけられた時にエルザを守りやすいようにという理由からだ。ハイト側の配置の理由は不明だが。
──この並び、ハイトはちょっと不憫よね。
荷馬車が出発してすぐ、『体を休められる時にしっかり休んだ方がいい』と言ってハイト側は皆寝る態勢に入ってしまった。リーフェは足を投げ出して無防備に爆睡しているし、今は隊商の用心棒であるヴォルトも腰にあった
その二人ともがなぜか間にいるハイトに寄りかかっているせいで、ハイトはひどく窮屈そうだった。きちんと眠れているのか、二人に挟まれて文字通り肩身が狭そうな態勢を
──何者なのかしら? ハイトって。
馬車が出発してすぐ、ハイト達は寝入ってしまった。サラ達はしばらくそんなハイト達を驚きとともに観察していたのだが、まずエルザが疲労からコックリ、コックリと船をこぎ始め、次いでキャサリンもヴォルトと似たような雰囲気で眠りに落ちた。サラも眠れないかと目を閉じてみたのだが、逆に目が冴えてしまって眠れずにいる。
──リーフェは多分、アクアエリアの上流貴族よね。あんな情報、王家に近しい人間しか知るはずのないことだもの。
だからサラは、ひっそりとハイトのことを観察していた。
荷馬車が出発して相当な時間が過ぎた。森の中に入ってからもしばらく経っている。今の時刻はもしかしたら夜中よりも明け方に近いのかもしれない。
──ヴォルトは明らかに武人だわ。リーフェが王家に近しい家柄の人間なら、専属護衛とかかしら?
何となく二人の素性をサラはそんな風に分析していた。
三人の格好も、言葉の癖も、アクアエリアのものだから、三人がアクアエリアの住人であることに間違いはないだろう。
東方諸国とも西方諸国とも交流があるアクアエリアでは、東の文化と西の文化が混ざりあった独特の文化を作り上げている。上半身の衣は東方風、下半身の衣は西方風という装束を他にまとう国はない。
三人がそのことを知らないはずはないから、三人は自分達がアクアエリアからやってきたことを隠すつもりはないのだろう。
──二人の身分と立ち位置は何となく分かるけれど……それに対するハイトの立ち位置がよく分からないのよね……
一行の中で策を巡らせて指示を出しているのは間違いなくリーフェだ。かと言ってリーフェが一行の主格であるのかと問われれば、何となくそれには違和感がある。
三人ともが対等であるようにも見えるが、時折そうでない顔も見えるような気がする。だけど三人のかけ合いを見ている分には、間違いなくこの三人は対等なのだ。
──最初、何となく主はハイトなのかと思ったのだけど……
表立って事情を語ったのはリーフェで、策を巡らせて指示を出しているのもリーフェだが、そんなリーフェが時折うかがうようにハイトを見ていることにサラは気付いていた。まるで進む方向が間違っていないかと確認しているかのような視線に、ハイトが要所要所答えているのが何気ない仕草で分かる。
──リーフェはエルザがボルカヴィラ王になると自分達に利があると言っていた。……ボルカヴィラの王位が移ることで利が出るアクアエリア関係者なんて、外交筋を任されている貴族か、それこそ王族くらいじゃない?
アクアエリアとボルカヴィラの不仲はサラも知っている。ハイト達がアクアエリア王家の人間、もしくは王家に深く関わる人間であるならば、次代のボルカヴィラ王に恩を売ることは確実な利となりうるだろう。
──でも、容姿的にアクアエリア王族には見えないのよね……
アクアエリアの王族は、黒い髪とアクアマリンのように明るい青色の瞳をしている。夜会でチラリと目にしたことがあるアクアエリア王もその息子である第一王子もその通りの色合いをしていた。
三人とも黒髪ではあるが、ヴォルトの瞳は黒いし、ハイトの瞳も青みを帯びてはいるが、どちらかと言えば色味は黒だ。だから少なくともこの二人はアクアエリア王家の人間ではないとサラは判断している。
リーフェの瞳は分厚い瓶底メガネと長い前髪に隠されていて見えていないのだが、何となくうさんくさい雰囲気的に『こんなのが王族であってたまるものか』と、理性ではなく本能が判断した。本当は貴族という判定も本能は怪しいと思っているのだが、そこはあの弁舌を聞いた理性で補正している。
──弁が立つ貴族子息と専属護衛。……ハイトが王族だったら、主と従者って形にピッタリはまるんだけど。
その場合、なぜそんな人間がこんな場所にいるのかという話になるが。
──まさか、私みたいに家出?
まさかね、とサラは思わず自分の妄想に苦笑してしまった。
それから、ふと我に返る。
──そういえばお父様、私の結婚相手ってアクアエリアの第二王子って言ってたわよね?
当代アクアエリア王には息子が二人いるという話だが、サラは今までどこの夜会でもその『第二王子』とやらにお目にかかったことがない。第一王子ならば遠目に見たことがあるのだが、第二王子は不思議なくらい各国の交流の場に出てきたことがなかった。
──噂では、王族と呼べないくらい『
どれもこれも、人前に姿を現さない第二王子をネタにして面白おかしく憶測しただけの根も葉もない噂話だ。だがそんな話くらいしか情報がないくらいに、アクアエリア第二王子は謎のヴェールに包まれている。
──でも、『王位継承権を持つ王子』ってお父様は言っていたわ。ならば少なくとも王族として扱われているわけで、『水繰』の力はあるはずよね?
だったらなぜ表に出てこないのだろうか。次期国王候補であるならば、各国の王族と交流してコネクションを作ることも仕事のひとつであるはずなのに。
「……眠れないのか?」
「ピャイッ!?」
そんなことをグルグル考えていたら、眠っているとばかり思っていた当人から声をかけられた。思わず馬車の振動とは関係なく体を跳ねさせれば、ハイトの目がパチリと開く。
「荷馬車を降りたら、移動は徒歩になる。次にいつ休めるかも分からない。眠れなくても目を閉じているだけで多少体は休められる。……と言っても、そんな悠長な事を実践していられる気分でもないか」
「ハイト、起きてたの?」
「多少は眠れた。だが
ハイトはモゾモゾと体を動かしたが、すぐに諦めたように動きを止めた。ハイトを枕代わりにしている二人は、相変わらずハイトに体重を預けて気持ちよさそうに眠っている。どうやらハイトは己の身の快適さよりも二人の安眠を選んだらしい。
「いいの? 体を休めなければならないのはハイトだって同じはずだわ。二人はもう十分眠っただろうし、場所を変わってもらっても……」
「大丈夫だ。リーフェにはこの先も頭を使ってもらわないといけないし、ヴォルトも戦闘になれば先頭に立つ。俺が一番暇人だから、枕役くらい、甘んじて受け入れてやるさ」
そう語るハイトの表情は柔らかかった。二人への信頼が透けて見える笑みに、サラは思わずポロリと言葉をこぼす。
「宿でも思ったのだけど、随分と二人を信頼しているのね」
「まぁ、長い付き合いだからな」
「どれくらいか、
「二人共、幼馴染って言ってもいいくらいには。まぁ、リーフェは血縁でもあるんだけどな」
──血縁?
思わぬ言葉にサラは目を
「ちょっと事情があって、子供の頃は家族よりもベッタリ一緒だったから。……だからこの歳になって互いに忙しくなったはずなのに、何だかんだと一緒に行動しちまうんだよな」
そう語るハイトの口元には淡く笑みが浮いていた。『事情』という言葉にはどこか不穏な響きがあるが、ハイトにとってその日々は温かい思い出として心に残っているのだろう。
──何だか、思っていた以上に、色んな要素を含んだ関係なのかも。
ハイトは二人に絶対の信頼を置いているようだ。それでいて主従の雰囲気も感じる。家族のようでも、友達のようでもある。
同じ感情がリーフェとヴォルトからハイトにも向けられていることは、一行の言葉のやり取りや雰囲気から覚っていた。いや、どちらかと言えばリーフェとヴォルトがハイトに向けている感情の方がより強固というべきか。
──言葉の『響き』からの推測だけど……多分リーフェの献策は、全部ハイト個人のため、なんじゃないかしら?
リーフェとヴォルトがサラ達に向ける言葉とハイトに向ける言葉では明らかに温度が違う。一般人なら気付かない程度の差異なのだろうが、『
絶対の忠誠、では硬すぎる。もっとフランクではあった。だけどあの二人は自分達と外側の間に明確な線引をしていて、ハイトのためならば外側はすべて斬り捨てる、というような覚悟があるように思える。
『力』でそれを察してしまったから、サラには余計分からない。
これだけの策を巡らせるリーフェが。無理難題を吹っかけても隊商に雇ってもらえるだけの腕があるヴォルトが。
そんな二人がそれだけの感情と覚悟を向けるハイトとは、一体何者なのかと。
──私がうがった考え方をしているだけなのかしら?
「サラとキャサリンはどうなんだ?」
考えてみても、サラにはそれ以上のことは分からなかった。
そんなもつれた思考を持て余すサラに、ハイトがポンッと問いを投げてくる。
「二人も、互いに信頼し合っているように見えるんだが」
「私とキャサリン?」
思わぬ問いにサラはさらに目を瞬かせた。そんなサラにもハイトは穏やかに頷く。
「キャサリンと私が出会ったのは……もう10年くらい前になるかしら? お父様が連れてきてくれた子なの。それからずっと仕えてくれているわ」
「そうか。やっぱり長く一緒にいるんだな」
当たり障りのない言葉だったが、ハイトは口元に変わらず淡く笑みを浮かべてくれている。コベライトの瞳に宿る光も、言葉の響きと同じく穏やかそのものだった。
──もしかして……私が緊張しているから眠れないと思っているのかしら? 緊張を解きほぐすために、お喋りに付き合ってくれているの?
『目は口以上に物を言う』という言葉がある。その言葉通り、目は内心をのぞくことができる窓だ。ハイトの深く澄んだコベライトの瞳は、人一倍感情が見えやすい。
不意に、宿でのやり取りの間に、そのコベライトの瞳が陰った瞬間があったことを思い出した。
──あれは、話し合いも終盤になったころ。
エルザに玉座を勧める瞬間、ハイトの瞳は色を暗くしていた。そこに宿る感情までは分からなかったが、ハイトの心は確かにあの瞬間に沈んでいた。
──……やっぱりハイトって、貴族っぽくないのよね。
どの国の王家でも、多かれ少なかれ周囲には権謀術数が渦巻いている。腹芸のひとつでもできなければその中を渡ってはいけない。リーフェにもヴォルトにもそれができているのに、ハイトだけがそれができていなかった。
──きっと、優しすぎるのね。
それでもハイトはリーフェの策謀を止めようとはしなかった。リーフェの確認にハイトは全て肯定で答えていたと思う。
結局それは、リーフェへの信頼ゆえのことなのだろうか。それとも、ハイト自身が利を求めているからなのだろか。
「いつも一緒にいてくれる人が非常事態でも
サラに分かるのは、口にされた言葉がまとう響きだけだ。だから言葉にされない隠し事や口にされない事情を察することまではできない。
ただ、言葉にされてしまえば、サラはすべてを見抜いてしまう。嘘や謀略、侮りや虚飾を含めて紡がれた言葉は、どれだけの美辞麗句でもサラには不快なものでしかない。
──ほんっとに。
サラは少しだけうつむくと、ハイトに気付かれないように小さく笑みを浮かべた。
──ハイトが紡ぐ言葉は、信じられないくらい、綺麗。
ハイト達の素性は分からない。ハイト達が何を目的としてエルザに加担しようとしているのかも知らない。自分達はなりゆきから行動をともにしているだけで、本来ならばそこに信頼関係なんて生まれる余地もないのかもしれない。
それでもサラは、ハイトを信じたいと思った。ハイトのことを知りたいと思った。
知り合って間もない小娘に、心底本心から温かい言葉を紡いでくれる、この心優しい青年のことを。
「ええ。……キャサリンがいてくれれば、何も怖いことなんてないわ」
──案外、素性なんて、どうでもいいのかも。
分からないならば、考えても仕方がない。仕方がないことは、どうやったって仕方がないのだ。しばらく棚上げして、その間に落ち着くところに落ち着いてくれることを願うしかない。
今は自分の信じたいものを信じて、進むだけだ。
「ね、ひとまず私達が次の町に向かっていることは分かったわ。そこからはどうするつもりなの?」
こんがらがった考え事を一度放り出したサラは、顔を上げると自分からハイトに問いを向けた。
そんなサラにハイトが表情を引き締める。
「ひとまず次の町……ピレネに着いたら、現地で服を調達したい。他国の服というのは、それだけで目立つからな」
「目立たないようにボルカヴィラの人の中に溶け込むのね」
「そうだ。幸いピレネは国境から続く街道沿いの町だ。そこそこに人の流れがあって、規模も大きい。まだ国境からさほど離れてもいないから、パッと見た目で他国からの旅人だと分かる人間がいても目立ちにくい。追手が撒けた状態で、一度しっかり旅支度を整えたいと考えている」
「……追手を撒くってのは、ちょっと失敗したかもな」
ハイトの説明に頷いていたら、不意に別の声が割り込んできた。思わず肩を跳ねさせながら声の方を振り返れば、ムクリとヴォルトが体を起こす。
「付いて来てたのか」
荷馬車の中で片膝をついたヴォルトは荷物で隠れた先を見やる。その横顔はつい今しがた起きたばかりだとは思えないほどピンと張り詰めていた。
そんなヴォルトを見てもハイトは特に驚いた様子を見せなかった。ヴォルトが熟睡しているわけではないことを案外ハイトは知っていたのかもしれない。
「隊商を狙った野盗の
「そっちだった方が手間がなくていいな」
「馬車、止めてもらうか?」
「いや、いい。そのまま変わらず進んでもらってくれ」
ヴォルトは腰に長刀を差し落とすとゆっくりと後ろに向かった。そんなヴォルトを見送るハイトはリーフェに肩を貸したまま動こうともしない。
そんな二人にサラは思わず口を開いた。
「待って、ヴォルト一人で対処するつもりなの? 隊商の人達と連携してとか……!」
「ん? 必要ないだろ」
「そうだな。俺一人で十分だ。むしろ下手に手を出されると危ない」
サラの不安はまっとうなものであるはずなのに、なぜかハイトとヴォルトは驚いたような顔をしていた。一瞬『何か自分は的はずれなことを口にしただろうか?』と考えてしまったが、思い返してみてもサラの心配はごく当たり前のものだと思う。
「サラ、安心していい。こう見えてもこいつ、相当腕はあるから」
「『こう見えても』は余計だっつの」
だというのに二人の反応は変わらなかった。荷馬車の入口から外の景色を眺めたヴォルトも、それを見送るハイトも、これから戦いに臨むとは思えないくらい気楽な表情をしている。
「でも……!」
「それよか、起きてんだろキャサリン。こっちは任せたからな」
「え!?」
「……バレてましたか」
焦るサラに追い打ちをかけるかのように、今度はサラのすぐ隣から声が上がった。
ユラリと顔を上げたキャサリンも、ヴォルトと同じように寝起きらしからぬ緊張感をまとっている。そんなキャサリンを見て、ヴォルトはニヤリと笑った。
「狸寝入りしていた事か? リーフェより強そうだって事か?」
「両方ですね」
「俺は使えるモンは何だって誰だって使う主義なんだ。出し惜しみなんてさせねぇよ」
ヴォルトの言葉をキャサリンは真顔で受けた。だがその表情はすぐに溜め息とともに崩れる。
「あなた様ほどの実力者相手に隠し通せるはずもありませんでしたね」
「お、言ってくれるねぇ」
「行ってください。こちらは私が」
「おう、頼むわ」
キャサリンの言葉にもヴォルトは軽やかに答えた。
そのままヴォルトは本当に気楽に、まるで散歩にでも出かけるかのような気軽さで荷馬車から飛び降りてしまう。
「ちょっと……!」
「ご安心くださいませ、サラ様。ヴォルト様ほどの実力者ならば、本当に心配ありません。むしろヴォルト様が
『それに、あまり動くとエルザ様が目を覚ましてしまいますよ?』と続いた言葉に、サラはグッと言葉を飲み込んだ。
いつの間にかエルザの頭はサラの肩に寄りかかっていた。確かにこれ以上騒げばエルザを起こしてしまう。エルザにとって安心して眠れる環境はとても貴重であるはずだ。せっかく眠っているならば、少しでも長く寝かせてあげたい。
「ヴォルトに実力を認められるなんて、すごいな、キャサリン」
「恐れ入ります」
「ちなみに追手がどれくらいの規模か、キャサリンには分かるか? あいつが単身で行くって判断したってことは、頭数自体は少ないんだろ?」
「5人くらいかと。恐らく全員騎馬ですね。統制は取れていますが……」
「追手というには数が少ないか」
「はい。宿の監視をする組とこちらを追う組に分かれた可能性もありますが」
「状況的に野盗という線も捨てきれないか」
「どちらにせよ、ヴォルト様の敵ではないかと」
「そうだな」
──私達、襲撃されそうになっているのよね? つまり相手はこちらに害意を持った武装集団なのよね?
あまりに淡々と進む二人の会話に思わずツッコミが
「案外、逆に相手の
「ありえますね。騎馬が手に入れば旅程を短縮できます」
「いや、街中で騎馬は目立つ」
「ならば隊商に引き取ってもらって金子に変えましょうか」
「いいな、それ。ヴォルトが帰ってくる頃合になったらリーフェを叩き起こして交渉してもらおう」
──私、もしかして、結構すごい人達の中にいるんじゃ……?
一度投げ出した『彼らは何者なのか?』という疑問がもう一度首をもたげる。
その疑問は夜明けとともに荷物を満載に乗せた馬を数頭を引いて無傷で隊商に追いついたヴォルトの晴れやかな笑顔を見た瞬間、さらに深まったのだった。
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