虚像の証明Ⅵ
三十年程前の事だ。加齢停止医療が普及する少し前の話。祖母がその生涯を終えた。加齢停止医療は言ってしまえばかつて太古の権力者達がこぞって求めた不老不死、赤きエリクシルそのものだ。賢者の石は長き時間を経て、医療によってようやく精製された。
そんな訳で祖母は加齢停止医療の恩恵を受ける少し前にこの世を旅立った。あの頃は人の死というものがごく当たり前の事で、怪我や損傷は人工筋肉でカバーできても老いという死神から人間は逃れる事が出来ずにいた。
祖母の夫、つまり祖父は僕が生まれる前に既に亡くなっていた。祖母を火葬する際に、祖母と祖父が映った写真を棺桶に入れてやろうと、親族総出で祖母の家を探し回ったときだ。
祖母の家には地下室があって、そこに多くの思い出の品が保管されていた。長生きすればするほど、あの頃は思い出というものが創出され、何かしらの物としてバックアップが取られていた。媒体は写真、手紙、よく分からないピンバッジ、衣類、宝石、エトセトラ。
地下室にはいくつもの引き出しが備え付けられていて、その一つ一つにびっしりと思い出が詰まっていた。
目的の写真はいくら探しても見つからない。僕達が諦めかけたその時。引き出しの一つがカタカタと音を鳴らした。中を見てみると、写真が一枚入っていて、若かりし祖父母が幸せに満ち溢れた笑顔をこちらに向けている。
祖母、あるいは祖父からのサインだったに違いない。
「素敵な話です。それが魂の存在の証明ですか?」
レディーが聞いてきた。
「いえ。どちらかと言うと魂の不存在へのアンチテーゼでしょうか。結局のところ、魂といった曖昧なものを証明する術など有りはしない。それに人間を人間たらしめるものは魂ではないと思いますよ。」
結局のところ、人間だろうがアンドロイドだろうが、人工知能だろうがその違いは微々たるものだ。思考回路が違っているだけで、物質としてのマテリアルの違いや、魂の有無は関係ない。
けれど人間は、いや人工知能もアンドロイドも互いに線を引き、区別しようとする者が多い。それは仕方がない事とも言える。鳥と魚は違うという風にラベリングしてしまう。
「本筋からずれていませんか?哲学はやめにして、エジプトの人工知能について考えるべきかと。」
ミナマがそう言うと、レディーは謝罪した。
「そう。実は報告がありました。エジプトの人工知能に稼働場所が判明しました。ピラミッド・コンプレックスの地下です。」
ピラミッド・コンプレックス。所謂ピラミッド複合体と呼ばれる三人の王が埋葬されている墓陵。二本目の煙草を咥え、火をつけようとした時、一つの疑問が浮かんだ。三つのピラミッド。つまり。
「アサの察しの通り。」レディーは僕の顔を見た。もし事実だとしたら、新たに見つかった人工知能は特異な発見ということになる。
「人工知能は三機…。」煙草に火をつけ、深く息を吸い煙を肺に貯める。驚くべき事実。研究者としては胸が躍る内容だ。ゆっくりと煙を吐き出し、気分を落ち着かせる。
「総称を
呼称が無いと不便だ。三機もあるとなると、区別も難しい。僕達はレディーの提案に賛成した。
ミナマを見ると、人差し指を唇に近づけている。例の思案のポーズだ。ミナマは目を瞑り、ややあってデーツの方に歩み寄ると、
「エジプトに向かいます。」と進言した。
デーツは頷くと、僕を見た。
「アサ博士にも同行をお願いしたい。」
「ミナマとふたり、ですか?」
相手の戦力規模が分からない。相手に争う意思がない可能性もあるけれど、前回の襲撃の事もある。言うなればエジプトに向かうと言う事は敵陣に入ると言う事。デーツはそんな僕の不安を感じ取ったらしい。
「もう一名、追加で同行させます。」煙草の火を消して、そう言った。
「俺も行こう。あの手のヘリが再度、攻撃してきてもアクセスして無力化できる。」
それは心強いかもしれない。それにオーガイに対して研究者として、僕は強い興味を抱いている。ホログラムではなく、改めて対面してみたい。オーガイの特性からして対面する事自体に価値があるのかは分からないけれど。
ドアがノックされた。
「入れ。」デーツが声をかけると、ドアが開いた。
中性的な顔立ちの小柄な人物が部屋に入ってきた。やや髪は長く、肩まで伸びていて女性にも見えるけれど、黒いパーカーとスキニーパンツといった出立ちは青年のようにも見える。背格好は百五十センチ程か。
「失礼します。」声変わりしたばかりの男性らしい声だった。
「セイトです。私達とエジプトに向かいます。」ミナマが僕に同行者を紹介した。僕が手を差し伸べると、セイトは無表情のまま、握手してきた。防衛局局員は無愛想が採用条件なのかもしれない。けれど、それは合理的だ。感情というのは時として、非合理的な選択、悪手を誘発する要素と言ってもいい。常にフラットで冷静な判断をするためにも極力、感情は排除されるべきではある。
「ところでエジプトにはどうやって向かうの?また空を飛ぶのかな。」
「いえ。リニアを使います。各国の防衛局と地下で繋がっているので。」
セイトが答えた。防衛局は日本独自の機関だと認識していたので、少し驚いた。
僕は極めて狭い世界で生きているので、そう言った点については無知と言ってもいい。国内の政治動向ですら興味は皆無だ。
僕が考えなくても、より深く考えてくれる人々は確かにいて、そういう人々が政治や経済を回している。その代わり、多くの人々が考える必要のない事を日夜、飽きる事なく研究している。
好奇心というのは、生きていると時間とともに枯渇する。僕達、研究者はと言うと、好奇心はむしろ湧いて出るようなものだ。
歳を取らず、ほぼ永遠に生きることが可能になった現代においては、研究者とは幸福な職業だと思う。
透明なシロクマは何色に染まるのか? @mement_mori
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