虚像の証明Ⅲ
夕食を食べた後、シャワーを借りることにした。
今日は短時間で色んな事が起こった。どれも初めて経験することだったけれど、あまりにも短い間にあれこれ発生したせいか、些か消化不利気味だ。三部作の原作小説を無理矢理二時間でまとめた映画に似ている。
リビングに戻ると、ミナマがソファから腰を上げた。
「私もシャワーを浴びることにします。」
「そう。僕は疲れたので部屋に戻って休むことにします。」
「眠そうですね。」ミナマは頷くと、そう言って微笑んだ。
部屋に戻ってベッドの中に入る。手元のボタンを押すとカプセルが閉まった。カプセルの中は高さがあるし、内側がライトブラウンの木目調だったので圧迫感はなかった。電球色の照明が足元をほのかに照らしている。温もりの感じられる空間だ。
頭上にはタッチディスプレイが備え付けられていて、幾つかの機能が使えるらしい。仮想空間へのログインができる仕様のカプセルベッドだった。
「なかなかの高級品だ。」僕は独り言を呟いた。独り言を呟く時は大抵機嫌が良い時だ。
照明を消し、目を瞑った。気持ちよく寝付けるかどうかはこのタイミングで大体分かる。マットレスにゆっくり身体が沈んでいくのを感じた。今日はすぐに眠りに落ちるだろう。
〈ログインを開始します。〉
女性の声のアナウンスが聞こえて、僕は目を覚ました。仮想空間へのログインが自動的に開始されている。驚いた僕はディスプレイのログイン中止の表示を押す。何も起こらない。
〈個人識別番号を確認しました。アサ・セイメイ。仮想空間へログインします。〉
強制的に仮想空間へログインが実行されている。停止することはできないようだ。
〈ログイン完了まで残り、五、四、三…。〉
カプセルの開閉ボタンも動作しない。カウントがゼロになると、目の前が真っ暗になった。
視界が明るくなると、ミナマが目の前に立っていた。
「博士、これは。」
普段と変わらない口調でミナマが言った。至って冷静で思考は通常運転のようだ。
「強制的にログインさせられたようだね。」
僕の方も特段驚く事もなく、脳は現状を把握しようとフル回転をしている。せっかく熟睡できると思ったのに、とんだトラブルに巻き込まれてしまった。
周囲を見渡すと小さな小部屋にいるのだと分かった。ログハウスのような内装で窓はない。
背後でガチャと音がした。音のする方を歩向くと扉がゆっくりと開く。見覚えのある白い前足が見えた。あのときのシロクマだと分かった。
シロクマは部屋の中に入ると、ミナマを一瞥する。
「防衛局の局員か。」
ミナマは腰に手を伸ばしたけれど、そこに武器はない。もしあったとしても仮想空間内では何の役にも立たない。単なる映像データに過ぎないからだ。眠る時も銃を身につけて寝ているのだろうか。
「君が僕達をここに呼んだのか?」尋ねるとシロクマは頷いた。ここで一つの疑問が生まれたので、併せて尋ねる事にした。
「唐突に聞くけれど、襲撃に君は関与している?」
「まさか。俺もそこにいる局員と同じサイドだ。」シロクマはミナマを顎で指す。
「ミナマです。我々と同じとは?」ミナマが聞いた。
「アサ博士の身を守るサイド、という意味だよ。」シロクマは答えると、僕を見る。
「僕の名前を知っているんだ。けれど僕は君の名前を知らないし素性も知らない。ましてやシロクマに身を守られるというのは安心できるとはいえないと思うけど。」ミナマが何度か首を縦に振った。その通りだという顔をしている。
「確かに失礼した。俺はナツメ・オーガイという。」
「オーガイがファーストネーム?」僕は聞いた。シロクマが頷く。
「それでオーガイ。君は一体何者なんだ?」
オーガイは腕を組んだ。何か考えているように見えた。
「俺は自分のことをゴーストと称している。」
「それは霊的な意味合いですか?」ミナマが聞いた。
「いや比喩的表現だよ。俺には肉体としての実体がない。電子的存在なんだ。」
僕はある程度、理解した。
「なるほど。踊り場にいたあのシロクマはクローンかロボットで、君はそれにアクセスして操作していたのか。今回はカプセルベッドにアクセスして、僕達をここへ強制的にログインさせたんだね。」
オーガイは頷く。
ゴーストとは言ったものだ。けれど、そうであれば煙草を吸ったり、香水をつけるという行為はますます無駄な行為に思えた。
「概ね理解できたよ。ところで僕を狙っている相手がよく見えないんだけど、君は把握しているのか?」
「実はエジプトで。」オーガイは呟くように答える。「新たな人工知能が発見されたんだ。」
これは驚くべき事実だ。思わず目が丸くなった。
「ということはテロ集団の、えっと。なんだっけ?」
「シュラウドです。」ミナマがフォローする。
「そう。そのシュラウドと人工知能が繋がっていると言うこと?」
「いや、繋がりはない。奴らのヘリが人工知能に乗っ取られたんだ。」
僕とミナマを襲撃したヘリは無人機だった。あの手のテクノロジーであれば、ハッキングする事で意のままに操る事は確かに可能だ。けれど誰でも可能というわけではない。相応にプロテクトされているはずだ。レディーならハッキングできるだろう。僕では不可能だ。そもそも専門分野外でもある。
「それでシュラウドは?」
「壊滅した。奴らからすれば、突然ヘリが暴走したのだから、武力的に対処したはずだ。それが理由でヘリに搭載されたAIが危機を感知した。」
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