実像の証明Ⅶ

レディーの元へ辿り着くと、イグサが立っていた。

僕達に気がついたようで、駆け寄ってくる。

「ミナマさん、怪我を。」

「この程度は問題ありません。ご心配をありがとうございます。」

「ご無事で何よりです。」

 レディーが目の前に現れ、ミナマに声をかけた。先程とはまた違う外見だ。臙脂色のスーツを着て、黒い髪をポニーテールにしている。

 そうか。ミナマに抱いた既視感はこれだ。レディーとミナマは似た顔の作りをしているのだ。向き合った二人な顔を見比べる。もちろん瓜二つではないし、見分けが付かないレベルでもない。七割がた似ている、と言った感じだ。

「あなたがミナマ局員ですね。お二人が下の階にいるというのは想定の範囲外でした。アサを守ってくれたのですね。感謝いたします。」

レディーは深く頭を下げて礼を言った。

「他のスタッフは無事ですか?」僕は質問した。

「はい。他の従業員は事前に避難しています。」

「この襲撃と例のシロクマとの関連性は?」質問を続ける。

「関連性は極めて低いと判断しています。」レディーは首を横に振った。

ミナマが間に入ってきた。

「先程のヘリの機体にシュラウドのシンボルマークを視認しました。」

「シュラウド?」

聞いたことがない単語だったので僕は聞いた。

「中東のテロ集団です。」ミナマは僕を見つめる。「恐らくですが、狙いはアサ博士かと。」

僕は思わず目を丸くした。「え、僕ですか?」

ミナマは頷く。

「本来、戦闘というものは戦力の低い者から先に対処するのが一般的です。」

「戦力の低いって…。」

ミナマは僕を気にせず、話を続ける。

「しかし相手はそうはせず、私しか狙ってこなかった。アサ博士に危害が及ぶのは向こうの望みではなかったのだと推測します。アサ博士の捕縛、あるいは拉致が目的だった可能性があります。」

僕は口を開けて驚いた。「拉致って…。」

イグサは相変わらず無表情だ。レディーは微笑んで何度か頷く。

「素晴らしいです。私もそう判断しました。」レディーは言った。

「しかし、なぜ僕が。」

「あなたは自分が思っている以上に、有名かつ有能な存在という事ですよ。」

レディーがその疑問に答えた。僕には思い当たる節があまり無い。

「なるほど。」イグサが口を開いた。「アサの研究内容がテロ集団の目当ての品か。プレスリリースや広報でアサの論文や研究結果が公開されている。それに何度か賞をもらっていただろう。」

「テロ集団がそんな物読みますか?」僕は言った。

「アサ博士が思っている異常に彼らはインテリジェンスな組織ですよ。あるいはその裏に別の個人か組織かが隠れているか。」

ミナマが答えた。テロ集団と対峙してきた当事者が言うと説得力はかなり強い。

「僕の研究内容を軍事利用しようということなのかな?あまり有用性はない気がしますけど。レディーのような人工知能の製造ができるわけでもないですよ。ましてや兵器に転用できる内容とも思えない。」

「イグサが言うように、アサの研究内容が狙われている可能性は高いです。しかし、その理由についてはまだ解は出ません。」

レディーは僕を真っ直ぐとした瞳で見つめた。それからミナマの方を見る。

「しばらくはミナマ局員に護衛していただくのが良いと思います。お願いできますか?」

それは頼もしい。先程、ヘリを撃退した時の能力の高さに僕は肝を抜かれた。けれど、護衛というのは四六時中僕の側に居る事になるのだろうか。それはちょっとご遠慮願いたいものだけど、テロ集団と寝食を共にするよりか何百倍もマシだと思った。

「もちろん、そのつもりでおります。」ミナマは軍人ののようなハードな口調で答えた。もちろん軍人と話したことはない。古い戦争映画で見たことがあるだけだ。

「アサ博士はこの後、どうされるおつもりですか?」

「普段なら退社後には自宅に戻ります。」

「外壁は爆破に耐えられる構造でしょうか?窓は強化ガラス?」

「まさか。」

「では防衛局に向かいましょう。私の自宅があります。」

「それってつまり、あなたの家に泊まるってこと?」

「何か問題がありますか?」

僕より異性への関心度はミナマの方が低いらしい。上には上がいる。僕は観念した。

「いえ、何も。」

イグサが通信機でどこかと連絡を取り始めた。

「ミナマ局員、私がアクセスできるようにセキュリティをクリアする事は可能でしょうか。」レディーが聞いた。

「確認してみます。おそらく、会話ができる程度になるかと思いますが。」

「十分です。機密情報などもあるでしょうから。」

 機密情報とはなのだろう。兵器とかそういう情報なのかもしれない。ミナマの所持していた武器を思い出す。どういった原理なのかとても興味深い。

「エレベーターが復旧するまではしばらくかかるようだ。」通信機を胸ポケットにしまうと、イグサが言った。

 エレベーターが使えるようになるまで、僕は自室に戻ることにした。どのくらい防衛局に滞在するのか分からないけれど、ある程度必要なものをまとめておこうと思った。

「では防衛局へのアクセス許可が降りたら、こちらからご連絡します。また後ほど。」ミナマはレディーにそういうとお辞儀をした。

「おふたりともお気をつけて。」レディーもミナマと同じジェスチャーをした。

「おふたりも。」僕は小さく頭を下げて、自室に向かった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る