実像の証明Ⅵ

 爆発音。続いて大きな揺れ。フロア内に警音が鳴り響く。

「なんだ?爆発?」

ミナマは左手を頬に添えている。不規則に何度か頷いているから、どこかと連絡を取っているのだろう。

「ウィンターミュートが所属不明のミサイル兵器による攻撃を受けました。しかし、ビル周囲に配置された局の防衛ミサイルにて着弾前に爆破に成功したとの事です。損壊は不明。」

「え?例のシロクマが関係しているのかな?」

「それはこちらでは把握できません。」

「とりあえずオフィスに戻りましょう。レディーのもとに向かった方がいいと思う。」ミナマは頷いた。

「アサ、ミナマさんお怪我はありませんか。」

レディーの声だ。天井のスピーカーを通して、こちらに話しかけている。僕もミナマもレディーに返答はできないので一方通行のやり取りになる。

「先程の爆発の影響でエスカレーターは停止しています。非常階段からこちらに向かってください。」

これが文字通り、非常階段の本来の使い方だな、と思った。僕達は非常階段へと走った。

 非常扉に到着すると、ミナマは僕の前に立った。

「私が先に。」腰から拳銃を取り出している。

「使用する可能性は?」

「低くないですね。できれば使いたくないといった確率です。」

ミナマは扉を少し開けると、頭を少しだけ出して外の様子を伺う。

「下がって!」ミナマは叫ぶと頭を引っ込め、扉を勢いよく閉めた。扉の向こうで短い金属音が繰り返し鳴った。

「扉の向こうに武装ヘリが一機。こちらを狙っています。」

「そんな物騒な。」

「少し下がってください。私の後ろに。」

 ミナマが扉の前から一メートル程後ろに下がった。僕はその後ろに立つと、ミナマの肩越しに様子を伺う。

拳銃を扉に向けている。銃口の前、直径二十センチ程の空間が捻れているように見える。引き金が引かれた。発砲音はしなかった。一瞬で扉に穴が空き、扉の向こうで小さく爆発音がした。直後にミナマが扉を勢いよく蹴り開けて、非常階段に出る。

 黒いヘリが煙を上げながらコントロールを失い、回転している。目を凝らすとコックピットに穴が空いているのが見えた。ミナマが拳銃を構えながら、左右を確認した。

「クリア。」

数秒の出来事だった。

「すごいね。僕が知っている拳銃とは全然違う。」

僕の方を振り返ると、ミナマは息で笑った。

「私の事、ジェイムス・ボンドが何かだと思っていましたか?」

思わず声を出して笑ってしまった。ミナマが首を傾げている。

「いや、ごめんなさい。随分、古い作品を知っているんだね。」

「近代古典が好きなんです。急ぎましょう。この銃、連続で三回しか発砲できないので。」

ミナマが走り出したので、僕も後に続く。僕達は一気に階段を駆け上がっていく。肺を人工肺に変えておいて良かった。ナチュラルだったら途中で倒れてしまいそうだ。

 左手、五十メートルほど離れた立つ高層ビルに黒い影が見えた。

「ミナマ!」僕は叫んだ。

「伏せて!」

格子状の手すりじゃなくてよかった。コンクリートが削れる音がする。しかしコンクリート製ではこの安全は長くは続かないだろう。上空に回られたら、逃げ道はない。

 ミナマは上下に頭を揺らしている。何かを数えているようだ。僕は銃口を見る。先程のように空間が捻れている。いつでも反撃できるようだ。

 銃声が途切れた。ミナマは素早く立ち上がる。発砲するとすぐさま、身を屈め手すりの陰に隠れる。

「まだ動いています。」

「外したの?」

「いえ。少々ずれました。ジェイムス・ボンドも一撃必殺じゃありませんから。」高揚しているのか冷静なのか。表情からは分からない。けれど気の利くジョークだ。余裕をあるのだろう。

「差し詰め僕はボンド・ボーイですかね。」

「ラスト一発です。次に使用できるまで十五分のクールタイムを要します。必ず仕留めます。」

 言い終わるが早いか、ミナマは立ち上がると引き金を引いた。ヘリの銃声も聞こえた。ミナマの頬に赤い線が走る。

「クリアです。」僕の方を見るミナマの頬からは赤い血が流れている。

「大丈夫ですか?怪我をしているよ。」僕が左頬を指差すとミナマは頬をさすり、赤くなった指先を見つめる。

「かすり傷です。痛みはありません。」

ポケットから白いハンカチを出し、ミナマは頬と指の血を拭うと、赤く染まったハンカチをビルから投げ捨てた。

 マスキング、か。例え腕が吹き飛ぼうと、肺に穴が空こうと、血液が枯れるまで、拳銃を構えていられるまでミナマは敵を撃ち続けるのだろう。

「急ぎましょう。この銃はしばらく使えません。」

 その後は危険に遭遇する事なく、オフィスに戻る事ができた。ミナマは拳銃をベルトのホルスターに閉まった。

「そういえばヘリの操縦士はどうなったんだろう。」

コックピットには穴が空いていた。操縦士があの銃弾を被弾していたら、と想像すると眉間に皺がよるほど気分が悪くなった。

「幸いな事に無人でした。有人だったらこれは使用しませんから。」

「さっきの武器が一番強力なんですか?」

「二番目に協力です。」ミナマは真顔で答えた。こういう時にこそ、頬んで答えてほしい。この短時間で表情の重要性が良く分かる機会が何度があった。僕も反省しなければならない。

 一番強力な武器を使うシーンにはできれば遭遇したくないな、と思った。

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