実像の証明Ⅲ
その後は釈然としないままレディーとの会話は終わり、僕はイグサの部屋に向かうことになった。
本件については危険性も鑑みて、防衛局が介入してくるということで、担当者が数分後にウィンターミュートを訪れるという連絡がイグサに入ったようだ。アサもこの件に深く関わる可能性があるため、同席せよ、というイグサの指示を受けた。僕は煙草が吸いたくなった。
「はあ、防衛局が関わってくるなんて、物騒な話になりそうで気が滅入るな。」
イグサは今日、何回溜息を吐いたのだろう。けれど、それでいいのだと思う。溜息というのはいわば心の声で、精神を安定させるには必要な動作と言える。無意識にそれができる人は調整機能が高いのかもしれない。
こういった無駄とも呼べる動作は人工知能やロボットには無い要素で、人間の優位性だと考えている。無駄な行動、思考から発展する閃きというものは人工知能を凌駕する事がある。人工知能が人間の閃きを演算して再現することは難しいだろう。
一方で、人間が人工知能に及ばない点の方が多い。あのシロクマがリアルだとレディーはそう断言していた。どのように演算した結果なのかは分からない。
そんな事を考えながら歩いていると、イグサの個室が見えてきた。どうやら訪問者は既に到着してたようだ。個室の前に華奢で黒いスーツを着た人物が姿勢良く立ち、こちらを見ている。黒いポニーテールでヒールを履いている。
防衛局は武力行使を許された機関という認識をしていたから、かなり意外だった。筋肉隆々なボディービルダーのような人物を想像していたからだ。しかし、こんな格好で平気なのだろうか。動きやすさを考えれば、もっと適当な服装があるように思える。
スーツ姿の女性はこちらに近づいてきた。女性というのはジャケットボタンの留め方からそう判断した。誰かと似た顔をしているなと思った。
ミナマは僕とイグサにお辞儀をした。綺麗で丁寧なお辞儀に気品を感じる。真面目な人なんだろう。こういった所作には性格が出るというから。
「お忙しいところ突然の訪問となり申し訳ありません。私は防衛局のミナマといいます。」
抑揚のないフラットなトーンでミナマは挨拶した。聞き取りやすい声と話し方だ。イグサが頭を下げたので、僕も小さく頭を下げる。
「わざわざお越しいただきありがとうございます。私はウィンターミュート日本本部、所長のイグサです。こちらは研究者のアサ博士です。立ち話もなんですから、私の部屋で話しましょう。」
イグサが部屋に入る。ミナマに先に入るように促し、僕は最後に部屋に入った。相変わらず何もない部屋だ。デスクにはコンピュータしか置いておらず、モニタとキーボード、マウスは全て等間隔で平行に置かれている。
デスクの前には来客用のニ人掛けソファが二つ、ローテーブルを挟むように置かれている。
こういうときにどこに座るべきか、マナーというものが分からない。先に二人が腰を掛けたので、僕は空いているミナマの隣に座ろうしたが、イグサが怪訝な顔をした。どうやらイグサの隣に座るのが正解らしい。
僕が腰を掛けるとイグサが言った。
「いきなり質問で大変失礼なんですが、ミナマさんはどういった指示を受けてこちらに?」
「端的に言えば武力的防衛のためです。可能性は低いですが、敵性勢力の襲撃があるかもしれないということで、私が派遣されました。」
何か武器を所持しているのだろうか。とてもそうは見えない。それにしても襲撃に備えて派遣されたのがミナマ一人だけというのも疑問だ。僕はその点を質問することにした。
「お一人だけ派遣されたのですか?相手の規模も不明なのに。少し心もとない気がしますが。」
質問した後、すぐに不躾な物言いになってしまったと少し反省した。
僕とミナマの視線が合う。睨んではいないけれど、威圧的な感じがする。イグサと同じタイプかもしれないな、と僅かだけれどミナマに苦手意識を感じた。気の強い人が苦手なのだ。
「御社の人工知能、レディーがそう判断したと聞いています。しかし、必要があれば早急に応援も参りますのでご心配は不要かと。」
ミナマは真顔を崩すことなく、僕の質問に淡々と答えた。
「そうだったんですね、それは失礼しました。」
「いえ。ご心配になるのも当然だと思います。とはいえ、情報も少ないことから、現時点で何をすべきか判断に苦慮しています。」
イグサが頷く。
「そうですね。こちらとしても分かっている情報量は、あなた方と同じです。後手というのはいささか不安ではありますが、相手のアクション待ちという状況です。対象はアサに接触してくる可能性が高いというのがレディーの見立てです。」
「なるほど。」ミナマは腕を組んで僕を一瞥する。ミナマはイグサに視線を移すと少し微笑んだ。笑うと魅力的な人なのだな、と感じた。
「では、アサ博士と行動を共にするのが良さそうですね。」
僕は溜息が出そうになった。イグサが僕を見た。口元は右だけが吊り上がっている。嫌な笑い方だ。
「それがいいですね。ではアサ、ミナマさんにオフィスのご案内を差し上げて。」
「業務命令であれば。」僕は不機嫌さを声に乗せた。
「そう、業務命令。」
イグサとミナマは目を合わせ、小さく笑った。何が面白いのが分からなかったが、初対面同士がこういった状況になるのは良い事ではある。
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