事件シリーズ 美味しいカレーは、恐いカレー。

龍玄

第01話 惨劇の夏祭り

 ジ~ン、ジンジ~ジ~ン。


 「今日も暑いねぇ~」

 「ほんと、歳を取ると寒さより暑さが堪えるわ」


 和歌山市園部の地蔵盆はいつの日からか暑気払いと称し、夏祭りの日にカレーライスを作り、町内の人々に振舞うのが慣習となっていた。

 定年を終えて暇を持て余していた宮本和孝は、町内会の行事に積極的に参加していた。この日も納涼を兼ねて、メインである盆踊りの準備に取り掛かっていた。


 「ぎゃ~」「うぐぐぅ」「あっあああ」


 宮本和孝の背後で多くのうめき声が聞こえた。振り返った処には、老若男女の藻掻く姿が戦場の有様のように目に突き刺さってきていた。


 「どうしたんだ?」

 「わからない…カレーを食べた人たちが次々と…」

 「早く救急車を」

 「あ、あ」


 救急隊と警察も駆け付け現場は、騒然となった。救急隊は集団食中毒を疑いつつも単なる食中毒ではない被害者の症状や吐露物から原因を決められないでいた。警察もまた事件性があるの何らかの事故なのか分からず、現場保存の手際に大きな遅れをとっていた。吐露物や遺体からヒ素が検出され、何らかの方法でカレー鍋にヒ素が混入され、それを食べた人々が犠牲になったことが後日、判明する。食した67人が急性ヒ素中毒となり内4人が亡くなる悲惨な事件となった。

 大量な被害者を出した本件にヒ素が検出され、何者かがカレー鍋にヒ素を混入したとして無差別殺人または特定の者を狙ったが結果として大量の被害者を出した者として警察は捜査を始めた。

 最後まで、被害を出した鍋の近くに居た人物を中心に、鍋に毒物を入れる機会があったであろう人物の特定に警察は躍起になっていた。

 その結果、森益美がひとりでカレー鍋の近くにいた人物として挙がった。容疑者と上がった人物の特異な様子は、マスゴミの恰好の餌食となった。森益美は、成績優秀な保険の介入員であり表彰を受ける程の人物だった。その夫の健太の有様だった。健太はシロアリ駆除の仕事をしており、仕事で使うヒ素を自分自身に取り込み、意図的に障害を発生させ、多額の保険金を得ていたことが発覚する。マスゴミは、妻の益美の保険の知識を巧みに利用した夫婦による保険金詐欺事件と合わせてセンセーショナルに日々報道を行った。最初は、冷静に対応していた益美は有名になったことと、事件の詳細を聞き出そうと記者に媚を売られ舞い上がったとの同時に、犯人扱いされた憤りから奇行が目立ち始めるとマスゴミを敵に回すようになる。マスゴミもまた益美を犯人と決めつけ、名探偵気取りで取材を強行していた。

 世間が大注目する事件だけに警察も早期解決に躍起になっており、いち早く容疑者として挙がった益美を犯人として追及の手を緩めなかった。捜査の過程を経ても益美が実行犯である決定的な証拠を見つけるに至らず、焦りの色は隠せないでいた。そんな中、有力な情報が飛び込んできた。

 事件当日の昼頃、カレー鍋の仕込み現場に益美が一人になったであろう時間に益美を見たという目撃者を探し出した。現場近くの飲食店「満ぷく」であり寸胴鍋を貸し出していた店だった。そこでアルバイトとして働いていた16歳の青年だった。

 彼は、事件当日の昼、先輩店員から近くの空き地で夏祭りがあると聞き、仕込みの待ち時間で暇な時間帯でもあったことから休憩を兼ねて行ってくればと言われ、その好意に甘えることにした。彼は寸動鍋で作られるカレーの量に興味があった。

 夏祭りの現場に向かう途中、すごく太ったおばさんが紙コップを手に持ってカレー鍋のあったガレージに入って行くのを見たと証言した。益美はその飲食店を利用していた。青年は、電話で注文を受けた際、森と名乗っていたこともあり名前も知っていた。青年の証言は、事件発生から四か月後のことだった。

 12時頃、寸胴鍋を見ようと向かったものの近くまで行って、怪しい人と思われるのを躊躇って、ガレージ近くの自動販売機でジュースを買い、その付近に腰を下ろし休んでいた。その位置からガレージの中が見えた。最初に目についたのは大きな寸胴鍋であり、店の寸胴鍋だと思った。ガレージの中には髪の長さが肩に掛かるくらいのセミロングで背は160cm位の瘦せたおばさんが一人いた。目を瞑って休んでいると小さな女の子の楽しそうな声が聞こえてハッと目を覚ました。そこには何人かの幼稚園児か小学校低学年の男の子や女の子が走り回っていた。ガレージに目をやるとまだそのおばさんがいたように思います。そこへ太ったおばさんがやってきた。それがあのお客だった。普通に歩き、右手に濃くない程度のピンク色の紙コップの形をした物を持っていた。透明容器にピンク色の液体が入っているものでないことは分かった。その紙コップの縁の部分が随分高いなと思いよく見ると二重三重になっているのが分かった。おばさんは、コップを上から掴むように持ち、揺らさずに持ち歩いてガレージの中に入ろうとするところに、おばさんと同じ東の方向から幼稚園児か小学校に入ったばかりの年の男の子と女の子が一人づつやってきてガレージを通り過ぎた。おばさんの服装は、Tシャツとズボンだった。襟の部分にタオルを巻いていており、端はTシャツの首の中に入れていた。おばさんはガレージ内に入ると奥に向かって歩き、紙コップを持った右手を体の前に交差させるようにしていたので紙コップが見えなくなり、見えた時は左手に持ち替えていた。ガレージ内には他に何人かいて話しかけていたように見えたが、詳細には覚えていない。話し声は聞こえなかった。僕の視力は、右が1.5、左が0.9であり、色盲検査も異常なしです。おばさんは僕の存在には気づいていないと思います、と証言した。

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