潜入の勇者達
北条 賢人
第2話 序章
次の任務は東大陸、ミルン国への潜入。標的は――。
―――――――――――――――――――――――
「……パーン隊長の囮作戦も無駄になっちまった」
生き残った第二部隊には、絶望しかない。その時、一人の通信兵が無線機から顔を上げた。
「いや……待て……待て待て待て! 今夜はあいつ等が戦況報告のため、帰還する!」
その言葉で、兵士達の白くなった頬に赤みがさす。
「いつだ!? いつあいつ等は帰還するんだ!?」
問われた無線兵は辺りを見回す。
「もう帰還してる」
プラムは飛翔魔法で空に戻りながら、戦況を確認する。
「(あの女を殺すために魔力の温存は必須だが。仲間達は人間に殺られるかもしれない)」
その懸念は杞憂だった。
右端のウーランを地上から狙い撃ちしようとした人間達が、燃え、凍り、引き裂かれ、感電し、押し潰されていた。
プラムは九人の仲間を一瞥する。
「(魔力は充分だ。ここの生き残りどもを片付けたら、城内に攻め入ってやる)」
バアウンッ。
戦場でできた一瞬の静寂を、一発の銃声が破る。
銃声がした瞬間、ウーランの左肩から先が弾け飛ぶ。
さらに、もう一発。今度は右肩から先が無くなる。
「ウーラン!」
仲間の呼びかけも虚しく、最も若い魔女が墜落していく。
「人間の
二番目に若い魔女のミンミが叫び、地上を見下ろす。しかしどこにも、狙撃手の姿は無い。
「お前等、人間の援軍に集中しろ! 私の感知魔法でも狙撃手は捉えられなかった」
プラムの警告に、他の魔女達はゾッとした。プラムの感知魔法は、半径五キロ圏内の敵性勢力を察知する。魔法を使えないミルンの兵士が、五キロ圏外から狙撃できるわけがない。
残る可能性は、一つ。感知魔法でも捉えられない程、存在を消せる。そんな人間達は――。
『十三が来た!』
魔女と生き残った兵士達が同時に叫ぶ。その表情は対照的に。
戦場からニキロ離れたビルの屋上。魔女を狙撃したグランは、すぐにロープでビルから降りる。着地するなり、黒目に黒髪、精悍な顔立ちをした狙撃手は、戦場に向かって駆け出す。
「こちらグラン。そっちに急行中だ」
『ゆっくり来いよ。久々の首都の夜だ』
無線から十三部隊長の応答。その冗談を聞き流し、グランは夜を駆ける。左耳のピアスについた真紅と純白の羽根を揺らしながら。
ウーランの撃墜により、魔女の陣形が崩れる。緻密に計算された防衛魔法に穴が開く。
ドバンッと大気を震わせる音。一泊遅れて、ミンミの下肢に
「おのれっ、人間ども! 十三の奴等か!」
三番目に若いアラミルは憤怒の表情で、擲弾を放った人間を探す。
「魔女といえど、まだ若い。俺だけ探していいのか?」
擲弾を放った隊長のセゾンが不敵な笑みを浮かべる。笑いながらも、すでに機関銃を撃っている。他の十三部隊員二人とともに。
「お前等、ウーランとミンミは後で必ず救出する。今は奴等に集中しろ」
プラムは内心で舌打ちしながら指示を出す。
十三部隊は魔女を狩るが、殺すことは滅多にない。その理由までは、さすがのプラムも把握していないが。
「奴等……十三め!」
ミルンの陸軍は表向き、第十二部隊までしか存在しない。だが、機密任務を遂行する少数精鋭部隊は、「第十三部隊」と呼ばれる。存在しないと国が否定した地――「第十三地区」、通称「排他領域」と呼ばれる地域を主戦場とするからだ。
彼我の差で、魔女を無力化するのは不可能。ならば、魔力を練る隙をあたえない。仮に魔力を練られても、発動の時間をあたえない。魔女達は飛翔魔法を使っているので、戦闘が長引けば魔力を消耗し、枯渇する。対魔女戦に特化した部隊だけが成し得る戦術。
「バウアー、右から二匹目!」
『オヤッサン、分かってる。大声出すな』
セゾンから指示を受けたバウアーは既に、手榴弾を投げている。手榴弾が爆発するタイミングも計算に入れて。そしてバウアーの想定どおり、手榴弾は右から二匹目の魔女の脇腹横に達した瞬間に爆発した。
「クッ! 人間如きが忌々しい!」
魔女は練り終わった魔力を攻撃ではなく、爆発から身を守るための防衛魔法に割かざるを得ない。プラムは舌打ちした。十三の強かな戦いぶりに。
「アンリ、グランはまだか!?」
『だからおヤッサン、大声出さなくていいって。グランなら腹下して処理してる最中だよ』
分隊副長にして通信兵の女性隊員、アンリが応答する。十三の隊員は皆、首にスロートマイクを巻いている。マイクが喉の動きを言語化し、各員が耳に装着した透明のイヤホンへ送る。よって、言葉を発する必要は無い。が、セゾンは大声を張り上げられずにはいられない性分だ。
「あいつの胃腸はガラスでできてやがる!」
「(クソッ、また腹を下した! 俺の胃腸はガラスでできてやがる!)」
細い路地で用を足しながら、グランは腹痛で到着が遅れること報告していた。
「(狙撃手ってクールな生き物であるべきなのに、クソ!)」
涙目になりながら、グランは走る。
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