第18話 お兄さんと交渉

「最近の妹さんとの関係は?」


俺はほとんど確信しつつも、確認のためにと質問を重ねる。


「誰かさんのせいで男関係が出る少し前から、何やら遠ざけられているような気がしてな。昔は毎日平均して68回は会話してくれたのに、今では24回以下に減ってしまっているし。家に帰ってきたら、ただいまだけ言って、二階に上がっていってしまうし。」


回数まで数えてるとか、これは重症すぎるのでは……。


俺は初っ端からヤバい雰囲気を感じつつ、質問を続ける。


「えっと、妹さんを閉じ込めて外に出したくないというお気持ちは……?」


「当然ある。箱入り娘というように、古来から可愛い女子は猫可愛がるのが常。だいたい、最近の世の中というのは……」


「分かりました。もう結構です。あれですね、さすが佐々木さんのお兄さんですね。血は争えませんか。」


とうとう世間にまで口出しし始めたお兄さんを止めて、俺はため息をつく。


「どういうことだ?」


彼は意味がわからないと俺を見上げながらも、妹と同じと言われたことが嬉しいのかその頬はニヤけている。


そういうところですよ、お兄さん。


「あれですね、お兄さんは妹さんに対してヤンデレてるんですね。そして、年頃の妹さんにはそれが大きな枷に思えて、嫌がられると。そして、それを受けてさらに距離を縮めようとして、さらに遠ざけられると。」


「なっ!!? 私は、嫌がられて遠ざけられていたのか!!!?」


俺がそう端的に説明すると、お兄さんはまるでこの世の真理でも聞いたかのように驚いて見せる。


「さっき御自分で仰ってたでしょ……。でも、そうなると不思議ですね。」


俺は世界の終わりとばかりに頭を抱えるお兄さんを見て、この人も憎めないなと小さく笑った。


「何がだ?」


「思春期の親離れ、兄離れは普通の話ですけど。それで、佐々木さんが落ち込む理由はないですよね。怒ることはあっても。」


お兄ちゃんうるさい!! とか、死ねよクソ兄貴! とか言うのはあるある……というか、そういうものだけど。


佐々木さんの場合、落ち込んでいるように見えた。


さすがの彼女でも、家族にまで人見知りはしないだろう。てか、さっき話してたし。


なのになぜ……。


「そ、それはだな……」


首を傾げる俺を見て、お兄さんは何か言いづらそうにうつむいた。


「……何かしたんですか?」


俺はもしや……と思いながら尋ねる。


「ちょっと前に、男関係が気になって心配で、私が色々と聞きすぎて口論になってしまって。それがきっかけで、私は少し怖がられているようでな。」


お兄さんは顔に後悔を滲ませながら、小さく答えた。


「なるほど、ヤンデレはヤンデレに弱い……か」


俺は彼に聞こえないように小さくつぶやいた。


「私はただ、彼女が心配なだけなんだ!!! だから、君のようなどこの骨の馬かもわからないようなやつを、近づけたくないだけだ!!」


「お兄さん逆ですよ。前後間違ってますよ。骨の馬だとスケルトンホースです。なんかカッコよくなっちゃってます。けど、そうですね……。じゃあ、交換条件といきましょう。」


テンパって変なことを言い出したお兄さんにツッコミを入れつつ、俺はニヤリと笑う。


「というと……?」


お兄さんは俺の顔を訝しげに見つめる。

その真っ直ぐな瞳は、どこか彼女と似ている気がした。


「俺は佐々木さんとお兄さんとの誤解を解くべく、頑張ります。そして、解けた暁にはその見返りとして、彼女の傍にいることを認めてもらいます。」


我ながら完璧なプランだ。


昨日徹夜で考えた……ってのは嘘で、今思いついた。


「うぐっ……しかし、それは許させない……。」


お兄さんはそう口では否定しつつも、妹と仲直りがしたいという気持ちが溢れ出ている。


「いいんですか? このまま誤解したままで、佐々木さんに嫌われて話しても貰えなくなって?」


これは、押したらイケる。

そう確信した俺は彼に近づきながら問いかける。


「ぐぅっ……それは……」


「嫌だろうな〜、朝起きても夕方家に帰ってきても、愛する妹から向けられるのが嫌悪の視線というのは、さぞかし辛いだろうな〜」


大げさに演技のように声を出して、俺がつぶやけば、


「うぐぅっ……!!!! 嫌だ……イヤダイヤダ嫌だ!!! そんなの嫌だ!!!」


今まで溜まっていた気持ちも含め、お兄さんは一気に崩れる。


ここまで来たら、あとはもう簡単。


「ですよね〜? なら、どうです? 俺に任せてみませんか? 俺は浮気もしないし大切にしますよ。それに何より、お試しだと思って。ほら、関係改善すれば捨ててやると思って、ね?」


譲歩しているように見せかけて、何も変わらない言葉ですり寄り、自分は無害だとアピールする。


ここまでおだてれば、


「………………お、お願い申し上げる。」


さすがのお兄さんも落ちたらしく、彼はその言葉とともに俺に頭を下げた。


「よしキタコレ!!! 言質は取りましたからね!!!!」


俺はそう叫んで、お兄さんに念を押すように指を指す。


「あぁ、分かっている。だから、妹を……よろしく頼む。」


お兄さんは俺の方に手を差し出して、もう一度頭を下げる。


「約束は守りますよ。それに、こういうのは案外簡単だったりするものなのです。」


その手を取って握手しながら、俺はパチリとウインクもどきを見せる。


さぁてと、ではでは俺ちゃん頑張ろうかな。





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