芋娘眠子

第1話 ひとから

入学金の支払いのために洋菓子店と居酒屋のアルバイトを始めました。

30万円を1か月で貯めようと考えていた自分は世間知らずでした。

それを聞きつけた姉が15万円、祖母が15万円貸してくれました。

姉の進学時には、ルイヴィトンの財布を祖母は買い与えていました。


大学入学してから、サークルや身の回りの物でお金がかかるでしょう、と姉が10万円貸してくれました。


登山サークルに入り7万円使いました。

月に一度山へ行き、月に一度、会議がありました。

土日にお給料が上がるアルバイトをしていましたので、山へ登ることが出来なくなり、一年で辞めました。



これまで自分は、まともに人と話したことがありませんでした。

「お手洗いに行ってまいります。」

耳にしたことがない丁寧な言葉。


あの人になるにはと羨むことばかりでした。

羨むことで自分が成り立っていました。


他人の真似をして自分が出来ています。

自分とは何者か。何が自分らしいのか、考える暇もなく日々は過ぎ去りました。


人から与えられたもので自分が出来ています。

お金も時間も場所も環境も、自分で作り出したことがありませんでした。

人から何を貰うのか、自分が選択したもので形成されます。


洋菓子店では、廃棄分のケーキとシュークリームが貰えました。

毎朝500キロカロリーの糖分を摂取し、体重が10キロ増えました。

時給650円の洋菓子店はすぐに辞めたいと思っていました。


居酒屋のアルバイトは時給950円。

仕事終わりには飲み会がありました。

内気な自分は、無理に連れられても一言も声を発しませんでした。


何が楽しくて生きているのか、当時の自分には分かりませんでした。

好きな歌手も、好きな俳優も、好きな色も景色も場所も、何もありませんでした。


人から与えられたものを、ただ消費して、ただ息をしているだけでした。


それでよかったのです。ただ、服を着て、歩いて、食べて、寝る、それで良いと思っていました。










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