焼きそばはしっかり焼いてこそ焼きそばです
お腹がいっぱいになった子供たちは体力があり余ってウズウズしているようだった。私はフリスビーを取り出して子供たちに見せた。子供たちは初めて見るモノに興味津々だ。私は子供たちの目の前で、フリスビーを投げてみせる。フリスビーは回転しながら遠くに飛んでいった。子供たちはキャアッと歓声をあげる。すぐにセネカが私の投げたフリスビーを取ってきてくれた。私はみんなに、フリスビーを投げてキャッチできる?と聞く。子供たちはうなずいてフリスビーを持って、広い芝生まで走って行った。
遠く離れた場所でセネカが叫ぶ。ユーリ、来いよ。と、ユーリを呼んでいる。リュートの横にいたユーリは、チラチラとリュートの顔色をうかがっていた。ユーリはセネカたちと一緒に遊びたいのだ。ユーリは年齢的にはダグと同じで二十歳を超えているだろうに、見た目は十六歳くらいで、精神年齢は見た目よりもさらに幼いようだ。リュートはユーリをジロリと見て、ハァッとため息をついてから、いいですよ。と答えた。ユーリの顔がパアッと明るくなる。そしてあっと言う間に子供たちの所に走って行ってしまった。リュートは、ユーリが小さな子供たちと遊ぶ事をあまりよく思っていないようだった。私はおせっかいと思いながら、リュートに声をかけてしまう。
「リュートはユーリが子供たちと遊ぶ事はよくないと思ってるの?」
リュートは少し考えてから答えた。
「ユーリさまが普通の子供ならいくらでも遊んでいいと思います。ですがユーリさまは王族なのです、みだりに遊び呆けるわけにはいかないのです」
「ユーリもこの国の王さまになりたいと思っているの?」
私の質問に、リュートは黙ってしまった。眉間にしわを寄せ、そしてフゥッと息をはいて話し出した。
「ユーリさまご自身は国王になる事は望んではいないでしょう。ですが、王とは望んでなるものではありません。民に望まれて選ばれるものなのです」
「リュートはユーリが王さまになる素質があると考えているの?」
リュートは黙り込んで、しばらくしてからまた話だした。
「今はまだ幼くてその時ではないかもしれません。ですがユーリさまには公平にものを見る目と、深い慈悲の心を持っています。ユーリさまが王の座につけば、人間だけではなく、獣人も、半獣人も救われる」
私の目から見ても、ユーリはとても優しい男の子だ。みんなでバーベキューをしている時も、テーブルより背の低いノヴァに、食べたいものを皿に入れてやり、黙りがちなティアナを気にしてか、しきりに声をかけていた。リュートの言うように、ユーリは人の上に立つ器なのかもしれない。だけどユーリ自身が、王になりたいと思っているのならいいが、もし王さまなんかになりたくないと思っていたら、あまりにも酷な話ではないだろうか。私は何と答えていいかわからず、リュートとの間に沈黙が続いた。
自然、目の前の子供たちに目が向く。子供たちはみんな、獣人と半獣人なので、身体能力が半端ない。みんな体操のオリンピック選手のように、高く跳び上がり、フリスビーを投げ、また別の子が、高く跳躍し、難なくフリスビーをキャッチしている。私はまるで空中でダンスをしているような子供たちの演技に、ただただ見とれていた。ふいにリュートがボソリと言葉を発した。それは私に声をかけたと言うより、独り言のようだった。
「ダグは鈍臭いから、あの中にいたらすぐにむくれるな」
私はちょくちょく発せられるリュートのダグ発言に吹き出さないよう気をつけながら言った。
「ダグは運動が苦手なの?」
「人間だからなのかもしれませんが、ダグはあまり運動が得意ではないようです。小さい頃はユーリさまは、高い木の上に登ったり飛び降りたりしていましたが、ダグはちっとも登れませんでした。それでいてすぐ機嫌を悪くしてしまうのです」
人間のダグを半獣人のリュートやユーリと一緒にしたら可哀想だ。それにダグがここにいてもあの子供たちと一緒に遊ぶとは到底思えない。どうもリュートは、ダグの事をまだ小さな子供として認識しているようだ。ユーリの事も小さな子供という認識はえるようだが、ユーリは国王になるべき子供だから、子供らしく振るまう事を感心しないようだ。またもや差し出がましいが、私はついついリュートに小言を言ってしまう。
「ねぇリュート、人間と半獣人では成長の速さが違うみたいね。人間のダグは、もう立派は大人だと思うんだけど」
「いいえもみじさま!ダグはまだ二十年そこそこしか年を取っていないのですよ。まだ、成長を見ていてあげなければ、危なっかしくて仕方がない」
そう言ってリュートは缶ビールを飲み干した。もう何本目になるだろうか、リュートに請われるまま缶ビールを取り出したが、リュートはだいぶ酔っ払ってきてしまったようだ。リュートの中でダグとユーリはまだまだ小さな子供なのだ。私はリュートにもう一度あの夜と同じ質問をする。
「リュートはユーリとダグが大切なのね」
「ええ、あの子たちを育てたのはほんの気まぐれでした。ですが今はあの子たちのいない人生なんて考えられない。あの子達はもう十分苦しみました、これからはあの子たちが安心して暮らせる国を作ってやりたいんです」
リュートは酔っ払って、じょう舌になっているようだ。普段より本心をさらけ出しているのかもしれない。ユーリは半獣人だからといって人間から暴力を受けて育ち、ダグは敵国の捕虜の子供として育った。そんな二人が幸せに暮らせる国を作りたい。リュートとしては切実な思いなのだろう。しばらくして、リュートは突然関係ない事を言い出した。
「もみじさま、あそこにいる子供たちの中で一番小さいあの少年はなんというのですか?」
「ノヴァというのよ。竜人族の獣人ですって」
リュートは口の中で、ノヴァ、と呟いていた。リュートはノヴァに興味を持っているようだった。
「ノヴァには親はいるのですか?」
「ノヴァ本人から聞いたわけじゃないけど、いないみたい。でも小さいけれどとてもしっかりした子よ」
「・・・、もみじさまの周りには子供が集まってきますね。もみじさまがホイクシだからなのかな」
リュートは独り言のように呟いた。私もつられて子供たちを見つめる。この世界に来て、私は沢山の子供たちに出会い救われた。私たちが子供たちを見ていると、セネカたちが走って来た。子供たちは声をそろえて言った。
「もみじ!お腹すいた!」
気がつくとだいぶ日も傾いて、辺りは夕日の光に包まれていた。私はようしと、腕まくりをした。私は焼きそばの麺、キャベツ、ニンジン、もやし、豚肉を出した。キャベツ、ニンジンは食べやすい大きさに切る。焼きそばの麺は水でよく洗い、ザルにあげる。焼きそばの麺には油がまぶされているので水洗いすると油臭さがなくなるのだ。そしてバーベキューコンロの網を外して、燃えつきた炭を消して新しい炭を出し、着火剤を置き、ポケットからライターを出して火をつけようとした。だがライターから火は出なかった。どうやら使い切ってしまったようだ。するとそれを見ていたユーリが声をかけた。
「もみじさま、この炭に火を点けれいいのですね」
ユーリはそう言うと、炭に手をかざした。するとユーリの手から、炎が溢れてきた。私が驚いてユーリを見ると、ユーリは自嘲気味に笑いながら言った。
「私は半獣人だからか、火の魔法が使えるんです」
ユーリの口ぶりからは半獣人である事を卑下しているように感じられる。私はすかさず言った。
「ありがとう、ユーリ。火の魔法が使えるなんてすごいわ!」
ユーリは曖昧にほほえんだ。ティアナもそうだ、素晴らしい予知能力の眼を持っているのに、半獣人である事を良く思っていないようだった。私はユーリが火を点けてけれたバーベキューコンロの上に鉄板を置いた。最初に焼きそばの麺を油で焼く。焼きそばはその名の通りそばを焼かなければいけない。麺の袋に書かれたレシピ通りでは野菜炒めそばになってしまう。多目の油で麺の表面に色がつくまでフライ返しで押し付けて焼く、焼き色がついたらフライ返しでひっくり返してまた焼く。しっかり焼き色がついたら、次は豚肉を炒める。次にニンジン、キャベツ、最後にもやし。肉野菜を炒めたら麺と合わせて、醤油、オイスターソース、ウスターソース、酒、塩、コショウで味付けする。こうして作ると、外はパリッとして、中はモチッとした焼きそばになるのだ。
私はめいめいの皿に焼きそばを盛ってやる。そしてトッピングに、かつお節、青のり、紅ショウガをのせる。みんな焼きそばは初めてだけど、ものすごい食欲で食べきってくれた。私はお腹が空いていないので一口だけの味見をした。お野菜はシャキシャキで、麺はモチモチで美味しかった。デザートにスイカとアイスを食べて、子供たちは満足してくれたようだ。
辺りは日が落ちてだいぶ暗くなってきた。私は子供たちを集めて、花火を出してやった。バケツを二つ出し、一つは水を入れ、もう一つはロウソクに火をつけて、バケツの底に立てる。風でロウソクの火が消えないようにするためだ。私は花火セットから一本の花火を取り出し、ロウソクの火に近づける。花火は勢いよく燃えだし、暗闇に美しい炎の花を咲かせる。子供たちは初めて見る花火の美しさに歓声をあげる。私は子供たちに花火を持たせて一人づつ火を点けさせる。花火の危険性、人には絶対に向けない事を約束させてから、テーブルの側のリクライニングチェアに座る。
隣に座っているリュートはだいぶ酔いが回ってきたのか船をこぎだしている。しばらく子供たちを見ていたら、ユーリが近づいて来た。私は花火はもういいの?と聞くと、ユーリは笑ってうなずいた。ユーリはリュートの側によると、リュートが持っていた、今にと落としそうなビールの缶を持ち上げた。そして何を思ったのか、缶に残っているビールを飲んでしまった。すると直後にべぇっと吐き出してしまった。ユーリにはビールは苦かったのだろう。私は慌てて桃のジュースを出し、マグカップに入れて、ユーリに手渡す。ジュースを飲んだユーリは、ホッと息をはいて言った。
「リュートが美味しそうに飲んでいたから、どんな味がするかと思ったら苦いや」
私はあははと笑ってしまった。ユーリはまだまだ味覚も子供のようだ。私はブランケットを出してユーリに手渡す。ユーリは心得たように、寝こけたリュートにかけてやる。ユーリは優しい表情でリュートを見ていた。ふと、私はユーリが誰かに似ていると思った。だがすぐに思い出す事が出来なかった。ブロンドで青い瞳だから、きっとこの世界で出会った人なのだろうが。私はポツリとユーリに言った。
「ユーリはリュートの事が好きなのね」
ユーリはリュートから視線を外さず答えた。
「ええ、大好きです。リュートは僕の命の恩人です。きっとダグも同じ気持ちです」
私はほほえましい気持ちでいっぱいになった。リュートとユーリとダグは、きっと固い絆で結ばれているのだろう。私はふとユーリにあの事を質問したくなった。
「ねぇユーリ、ユーリはこの国の王さまになりたいと思うの?」
ユーリは一旦黙って、眉間にシワを寄せてから、ゆっくり答えた。
「王になりたいかというよりも、僕は王の器ではないと思っています。ですが、リュートは僕が王になる事を望んでいる」
「ユーリ、リュートが望んでいるから王になるなんて考えだったら、それは良くない事だと思うわ」
私はずっと懸念していた事を言った。ユーリは深くうなずいて言葉を続ける。
「はい、僕は頭の出来があまり良くないのです。政治の難しい事を言われても意味がわからない。それでいうとダグは頭がいい。難しい本をたくさん読んでいて、リュートとよく難しい話をしています。だから僕よりもダグが王さまになればいいと思うのです。だけどダグは外国人で、王の血族ではないからなれないのだそうです。それに、僕はリュートのように下の者をまとめる能力もありません、リュートは騎士たちからも王からも信頼が厚いのです」
ユーリは単純に王さまになりたくないというより、自分は相応しくないと、客観的にものを言っているようだ。それまでの幼いユーリの姿からすると、急に大人びて見える。ユーリは自信がないようだが、リュートの言うように、ユーリは王の素質があるのかもしれない。私はユーリの目を見つめてゆっくりと話した。
「ねぇユーリ、私はこの国の事をよく知らないから、私の考えは一つの意見として聞いてくれる?」
ユーリはうなずいて、私の次の言葉を待っている。
「王さまというのは、全てに秀でた人ではないと思うの。王さまは周りの人の意見を聞いて判断できる人じゃないかしら。だからユーリがダグの頭脳と、リュートのカリスマ性を必要というなら、三人でこの国を治ればいいんじゃない?」
ユーリは口の中で一言、三人で。と呟いてから押し黙ってしまった。私は話題を変える事にした。
「ねぇユーリ、ダグとは上手くやれてるの?」
ユーリはしばらく黙ってから答えた。
「僕はダグと昔みたいに遊びたいけど、ダグはもう遊ばないって言います。ダグは僕に難しい本を持ってきて、しっかり読むようにと言います。でも僕は本を読んでもよく意味がわからないんです」
もしかしたら、ダグもリュートと一緒に、ユーリを王さまにしようと頑張っているのかもしれない。ユーリはダグの事を思い出して落ち込んでいるようだった。だけどしばらくしてから、顔を上げてほほえんで言った。
「でもこの間、もみじさまにもらったましまろをリュートとダグと一緒に焼いて食べたんです。昔に戻ったみたいで楽しかった」
ユーリの嬉しそうな笑顔に、私も嬉しくなって言った。
「じゃあダグにたくさんお土産を持っていってね?」
私の提案にユーリは嬉しそうにうなずいた。私は大きな肩がけカバンを出す。その中に、ダグが喜んで食べていたパン、インスタントのコーンスープ、マシュマロ、ビンのコーヒー、甘いココアのビンをカバンいっぱいに詰めてユーリに渡した。ユーリは喜んでお礼を言ってくれた。だけど私は困ってしまった。酔っ払ったリュートが寝てしまったまま起きないのだ。心配する私にユーリは笑って、リュートをおぶって帰ると言った。リュートはユーリより身長が高い、だけどユーリは難なくリュートをおんぶした。私は子供たちに声をかける。子供たちは花火を一旦辞め、私たちの所にやって来た。ヒミカはユーリに懐いてしまったようで、しきりに帰っちゃヤダと言っていた。セネカはヒミカの手をつなぐと、ユーリにまたな、と声をかけていた。ユーリは嬉しそうにうなずいた。私もユーリに声をかける。
「ユーリ、今日はありがとう。リュートにも伝えて?そして今度はダグと三人で来てね」
ユーリは必ず。と約束して、半獣人の能力を発動させ、あっと言う間に帰っていった。私はユーリたちの去っていった方向をジッと見つめていた。すると、ノヴァが私の服の袖を引っ張った。もみじ、これ何?と言って、あるものを手渡した。線香花火だった。他の花火と違うから、子供たちはやらなかったみたいだ。私は子供たちをうながして、線香花火をローソクに近づける。線香花火に火がつくと、最初はチリチリと炎の玉になり、やがてパチパチと光の花を咲かせる。こどもたちは、その儚げな光の花を見つめていた。子供たちはめいめいに、線香花火を持って火をつける。線香花火は花火の締めくくりとしてやる。儚げで美しい、私は線香花火が好きだ。花火が終わると、私は後片付けをして、いつもの私のマンションの部屋を出現させ、子供たちを寝かしつけたのだ。
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