オタク
富升針清
第1話
「やあ、兄弟。こんな所で何してんの?」
髭の男がタブレット片手に唸っているシルクハットの男に声を掛けた。
「やあ、兄弟。いや、なに。寝室に飾っている絵画を変えようと思ってね」
「へー。今は何飾ってんの?」
「……エドヴェルドの四人の少女」
「それはラノベ? それともギャルゲ?」
「何の話をしているんだ、君は」
「四人も少女が描かれてると聞いたら、みんな同じ事を思うよ」
「君だけだよ。君の好む可愛らしい絵も悪いとは思わないんだけどね。けど、日常生活でふとした時に眺めるのは心安らかになる絵がいいんだ」
「え? アンタ死ぬの? 礼服あったかな。靴、このサンダルでいい? 気に入ってるんだよ、私が」
「心安らかになるのが死ぬ時だけだと思うなよ。悪魔のような発想だな」
「だって悪魔だもん」
「外見だけの話かと思っていたよ。次はゴッホと思っていたけど、彼の絵は二つ前だったしな」
「向日葵沢山描いてる人ね」
「……ヴュイヤールにしようかな」
「誰それ?」
「いや、しかし……、ルノワールも捨てがたい」
「何かとデカい喫茶店の?」
「……君、五月蝿いな。人が吟味していると言うのに、余計な合いの手を入れてくれるなよ」
「アイドルのライブだったらもっと輝く合いの手入れれるんだけどね」
「え? 君、アイドルのライブに行くのかい?」
「こう、両手を青く発光させて、一気に力を吹き地獄の業火を……」
「凄く迷惑な客だと言うことだけ分かった。見せてくれなくていいよ。戦場で君がそれを口から吐くの、嫌ほど見たから」
「口から吐いたら、嫌な客じゃないか。周りのお客さんに迷惑だろ」
「手からでも同じだよ」
「手は消毒してるから。私、消毒のボトル持ち歩いてる系悪魔だから」
「脳みそを一度消毒すべきだな」
「それ、悪魔みたいな発想だと思うよ」
「見た目通り、私は立派な山羊頭の悪魔だよ」
「その返し、カッコいいね。今度使っていい?」
「君、山羊頭じゃないだろ?」
「遠目で見れば誰でも山羊に見えるよ。八十キロメートルぐらい離れてばだけど」
「いい考えだ。今から、八十キロメートルぐらい離れてくれないか?」
「いいけど、君の車借りていい?」
「おっと、たった今この件はなくなったみたいだ。まったく、君といると考え事が進まないよ」
「そこが私はおかしいと思うんだよ」
「何だ? まさか、君、自分が脳みそがないために考え事が出来ないからって、僕の考え事の邪魔をしようって言うんじゃないだろうな?」
「脳みそあるよ! 酷い言いがかりだな! 違うよ、兄弟。アンタは今、何で悩んでるの?」
「寝室の絵画をなんに変えるか、だな」
「それがおかしいんだよ。自分の寝室なんだから、自分が一番好きな絵を飾る。これがベストだ。これ以上のアンサーはないだろ?」
「一番好き、か」
「アンタ、絵が好きなんだろ? 古今東西色んな画家を知ってるじゃないか。その中で一番好き、一番推している画家はいるんだろ? 何故、そいつを選ばない?」
「……勿論いるさ。しかし、彼の絵ばかり買っているもなぁ……」
「おいおいおいおい、一番好きな絵師なんだ。推しのために経済活動を勤しむ姿を誰が批判できる? 兄弟、アンタほどの画家マニアから好かれるマイナーな画家が、描き続けるための資金を提供してあげていると思いなよ。推しを生かせるパトロンなんて名誉じゃないか」
「あ、いや……」
「芸術家なんて、いつ筆を置くのか折るのかなんて誰も分からない。勿論、私たち悪魔にでも、だ。応援は、大切だ。芸術家達を生かすのも応援だろ?」
「そうだが……」
「で、誰が一番好きなんだい?」
「……エドヴェルド」
「へー。どんなマイナーな画家なの? Twitterやってる? インスタ登録してる? ちょっと検索してみるね」
「……」
「……」
「……」
「……え? アンタ、画家マニアじゃないの?」
髭の男が、携帯の画面から顔を上げて、少々引いた顔でシルクハットの男を見た。
「これだから、オタクは! オタクの推しが、皆んなマイナーだと思うなよ! 有名になっても推しは推しなんだよ!! クソ!! この前も局長に同じ顔されたばかりなんだぞ!」
おわり
オタク 富升針清 @crlss
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