リアル彼氏

西羽咲 花月

第1話

「それでね、弘志と一緒に駅前のショップに行ってさぁ」



6月上旬。



教室の中はまだ冷房が入っていないが、今日は気温が上がるらしい。



あたしは目の前の席に座るマリナをぼんやりと見つめ、背中に汗が流れていくのを感じた。



「ねぇ聞いてる? 美弥」



名前を呼ばれてあたしはすぐに頷いた。



マリナは大きな目をパチパチと瞬きさせてあたしを見ている。



「もちろん聞いてるよ。相変わらず仲いいねぇ」



あたしは上辺を滑っていく言葉を吐き出す。



そこに本物の感情なんてない。



大谷高校、2年B組。



友人の熊木マリナ(クマキ マリナ)と、同じクラスの飯野弘志(イイノ ヒロシ)は美男美女カップルとして校内公認だった。



そこは認める。



「えへへ、そうなんだよねぇ」



マリナは表情を崩して何度も頷いている。



あたしはマリナのツヤツヤの黒髪へ視線を移動させた。



毎日どんなケアをしているのかわからないけれど、天使の輪ができていないところなんて見たことがなかった。



大きくて黒目がちな目に長いまつげ。



学年で1位2位を争う美女だと言われるのも納得の容姿をしている。



弘志とのノロケ話よりも、あたしはマリナが自分の容姿へかけている時間やお金の方に興味があった。



あわよくば、そのプルプルの唇はどこのメーカーのリップを使っているのかが知りたい。



リップを真似したくらいで自分がマリナみたいになれるなんて思っているわけじゃない。



しかし、せっかく仲がいいのだから、そのくたいの特権があってもいいと思っていた。



こうして毎日、興味のないノロケを聞いてあげているのだから、



「あたしのことジロジロ見てどうしたの?」



マリナがかわいらしく小首をかしげて聞いてくる。



つい、マリナの顔を凝視してしまていたようだ。



その仕草は女のあたしでもちょっとドキッとしてしまう。



あたしはフッと短く息を吐きだしてほほ笑んだ。



「なんでもないよ。それで?」



聞くと、マリナはまた微笑んでさっきの続きを話出した。



あたしはマリナの話をぼんやりと聞きながら心はタイムスリップしていた。



あたしとマリナと仲良くなったのは1年生の頃だった。



そもそも、系統が違うあたしとマリナは普通じゃ仲良くなれなかったと思う。



マリナはもっと派手な子と仲良くなっただろうし、あたしはあたしで、もっと地味な友達に囲まれていただろう。



あたし自身、高校に入学するまで、自分にできる友人は中学時代とさして変わらないはずだと思っていた。



つまり、地味すぎず、派手すぎず、毒にも薬にもならないタイプの生徒だ。



そんなあたしに番狂わせが起こったのは入学初日だった。



体育館での始業式を終えた後、新入生たちは教室へと向かっていた。



まだ右も左もわからない状態で、流れに身を任せて校内を歩く。



入学試験のときに1度だけ来たことのある校舎はどこを見ても新鮮だった。



一緒に歩いている1年生たちはみな制服に着られているような状態で、この格好が板につくまではまだ半年はかかるだろうと思われた。



あたしは歩きながらキョロキョロと周囲を見回した。



いくらか同じ中学の生徒の姿を見つけたけれど、どうやら同じクラスに見知った顔はないらしい。



それがわかると途端に不安になってきた。



どのクラスでもだいたい同じ中学の子がいて、入学初日から仲良くできたりするのに、自分だけで遅れてしまった感じがした。



周囲から聞こえてくる話声や笑い声を聞くのがつらくなってきて、あたしは自然と早足になっていた。



1人で列から外れて教室へ向かう。



そんな時だった。



「ねぇ」



不意に後ろから声をかけられて、飛び上るほどに驚いた。



知り合いがいたのだと思って喜んで振り向くと、そこには見知らぬ美少女が立っていた。



あたしは瞬きをしてその子を見つめた。



見たことのない顔だ。



「ねぇ、一緒に行かない?」



「え?」



あたしは驚いて聞き返していた。



「実はあたし1人なの」



美少女の言葉にあたしは合点がいった。



この子はあたしと同じように不安な気持ちを抱えていたらしい。



形のいい眉をハの字に下げている。



あたしは即座に頷いていた。



「もちろんだよ」



こんな可愛い子と並んであるけることも嬉しかったし、なにより1人じゃないということが心強かった。



「よかった!」



美少女は心底安堵した表情を浮かべる。



それを見て思わず笑ってしまった。



意外と気さくな子なのかもしれない。



「あたしは美弥。あなたは?」



「マリナだよ」



自己紹介を済ませて一緒に教室へ向かうと、少しだけ余裕ができてマリナのことを観察することができた。



冷静になり、マリナの美少女っぷりを目の当たりにすると今度は臆してしまう自分がいた。



そのくらいマリナは奇麗だった。



「どうしたの?」



俯いたあたしにマリナは首をかしげる。



そんな些細な仕草さえ、マリナには絵になっている。

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