こうなったら泣くしかないじゃないか

江戸川ばた散歩

こうなったら泣くしかないじゃないか

 従妹のコロニアが婚約破棄された!

 それも相手のロッドの誕生パーティでだぞ!

 可哀想なコロニア。

 何でも、出席してくれた皆の前で、


「出席ありがとう! ここで皆に発表がある、自分は~」


 そう切り出したそうだ。

 そして横に、コロニアもよく知っている友人だと思っていたリリアナを呼び寄せて抱き寄せて、


「済まないコロニア、君には黙っていたが、僕等は実は……」

「ごめんなさい貴女にはどうしても言えなかったの……」

「君に別に悪いところがある訳じゃないんだ、ただ僕等は出会ってしまったんだ」

「貴女と一緒に彼のお友達とかとグループ交際するうちに……」


 酷いだろう!

 さすがにその日は奴へのプレゼントを顔面に叩きつけて走って戻ってきたらしいよ。

 ちなみにプレゼントは、イニシャルを刺繍した靴下一ダースだ。

 この男、スポーツマンだからな。ともかくこういうものを消費しまくる。

 だからこそ、わざわざ数揃えて、そこに自分の得意なな刺繍で独特の模様をつけてやった心の深さも判らずに……

 てぇぇっ! 

 貰えるものなら俺が欲しいわ!


 そんな訳で俺はそれからというもの、何かとコロニアを慰めに行ったよ。

 もともと俺はきょうだいの居ない彼女にとって、一番身近な親戚、歳も近いし、兄様兄様って甘えられていたからな。

 でも俺としては、実際のところ、小さな頃から笑顔が花の様な彼女をずっと好きだったんだ!

 きっと綺麗な花嫁になるだろうな、その横には俺が…… と夢見ていたりもしたんだ!

 なのに、コロニアの親父さんときたら、俺は従兄だからって初めから除外して、取引相手の同じ歳の男の子と婚約、ってことにしたんだよな。

 そりゃ仕方ないとは思うよ。

 実際身内で結婚させたってそうそう利益無いし。

 うちの一族の様な、ある程度の社会的地位のある家柄の場合、どうしたって結婚は契約みたいな形になるさ。

 だから今回も、きっと裏ではコロニアの親父さんと、ロッドの親父さんのとこでも何かあったんだろうさ。

 ただそれがうちうちで話し合われている最中に、唐突に、しかもあんな場所で言うなんて馬鹿にも程がある。

 リリアナにしたって、確かにコロニアより胸もくびれも尻もあるし派手な顔だけどなあ、可憐さではどう見たってコロニアの方が上なんだ!


 沈み込んだコロニアは、もう屋敷に閉じこもってしまって。

 食事も仕方が無いから部屋に運び込んでやっと雀の涙ほど食べる始末。

 やれやれ。

 俺はともかく彼女のドアを叩いて、何とか入れてもらったよ。

 そうすると「兄様!」って飛びついてくるんだ。

 俺ははよしよし、って髪を撫でてあげて、今までの愚痴を全部聞いてあげたよ。

 どれだけ彼のことが好きだったとか、結婚するのはもう当たり前に決まっていて、他のひとのことを考える余裕もなかったとか、リリアナは本当にいい友達だったから、きっと苦汁の決断なんだろうけど、どうしてあんな場で言ってしまうんだ、とか。

 だから俺も答えたさ。

 きっとこれは実は彼がコロニアには合っていなかったことを神様が教えてくれたんだ、だってあんな場でわざわざ言うなんて、どう見ても非常識じゃないか! 常識がある奴なら、コロニアに同情するよ、リリアナもリリアナだ、そう思うなら、せめて恋人になった奴のことを止めれば良かったのにな、と。

 今回のことはきっとこれから良くなるための布石だったんだ、とばかりに俺は泣く彼女を慰めたさ。

 そして練習用の靴下を持ち出して、これだけデザインの予定があったのに、という彼女に俺は言ったんだ。


「凄いじゃないか! 絶対君の刺繍はただの趣味どころじゃないよ! もっと生かすべきだ!」


 そう俺は言ったんだ。


 嗚呼! 俺はその時の自分を殴ってやりたい!


 ……つまりだな。

 それからというもの、まあ俺は相変わらず彼女のもとに通ったよ。

 そうすると彼女は、庭の花をスケッチしたり、外に大きなパラソルを置いて、その下で刺繍をする様になったんだ。

 ただな、だんだんその枠がでかくなってきたことに、俺は気付かなかったんだ……

 普通さ、刺繍の枠って手元でできる程度の丸いものだろ?

 気がついたら、彼女が刺しているのは、丸は丸でも台つきの大きなものになっていたし、しかも下絵が滅茶苦茶細かいんだぜ?

 そうそう、確か親父さんから、海の向こうの織物…… 

 タンモノ? だったっけな? それを取り寄せてもらって。

 何でも、博覧会で見たものに感動した様だ。

 それで彼女、そういう風景を刺繍するのに精を出し始めて。

 そしたら、いつの間にかその大会で優勝しているんだよ……

 で、その表彰の時の言葉がこうだよ。


「婚約破棄されたのは、この時のためにあったんですね。私はこの先も美しいものを作り出していくことを仕事にしていこうと思います!」


 いや待って、それは違うだろ! と俺は思ったね。

 何でそういう方向に行くんだ、と。

 確かに俺はその方面を応援したよ!

 常に顔を出して、出来た作品を誉めたし、次はどうこうしたらいいね、とか大会があるよ、とか口も出したさ。

 でもそれは彼女の笑顔見たさであって、別に彼女を仕事に生きる自立した女にさせようとかそういう意味じゃなかったんだ!

 じゃあ仕方ない、もうこうなったら叔父さんに直談判だ、と話に行ったさ。

 ところが、今度はこうだ。


「いやお前、そうは言っても、お前自身の婚約者はどうするんだ?」


 そうだった!

 よく考えてみれば、俺にも小さい頃からの婚約者っていうのが居たんだよ!


「コロニアがどうしてもお前がいいというなら考えるがな、……どう見てもお前、兄以上に見られてないぞ」


 ばっさり切られましたよ。

 俺、もう泣くしかないよね!

 婚約者? 

 コロニアとは全然違うタイブだよ。

 ずっと放っておいたから忘れていたけど。

 だけど無理そうだ。

 どうせなら、向こうから婚約破棄してくれないかな、と放っておいたら、突撃かましてきたよ!

 これがまた熱情的な大柄な女で!

 たぶん傍から見れば美人の方だよ! でもタイプじゃないんだ。

 なのにコロニアまで、


「まあお兄様もそろそろご結婚ですのね! 私気合いを入れてタペストリを作りますわ」


ときたもんだ。

 相手もコロニアの腕は知ってるから、楽しみだわとかもう仲良くなってて。

 はあ……


 そうかこれが婚約破棄したくなる男の気持ちなのね……

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こうなったら泣くしかないじゃないか 江戸川ばた散歩 @sanpo-edo

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