第5話:本物の家族
お姉ちゃんとは、弟にとって最大の天敵だ――一人っ子だった景信が、いつも友人から聞かされていた言葉である。
景信も周囲には兄や姉、もしくは弟か妹と、兄弟がいる家庭が極めて多かった。
それ故に兄妹を羨み、中でも姉なる存在に景信は強く憧れた。
お姉ちゃんになら甘えられそう……もっとも、己が妄想を暴露しようものなら、友人達からの非難が殺到するのは火を見るよりも明らかだったので、景信は誰にも明かすことなくずっと胸の内に秘めた。
改めて見やるこの姉を名乗る3人の女性はとてもきれいだ。
異性であれば誰しもが振り返り、同性ならばきっと嫉妬するに違いない。
(俺に、こんなきれいなお姉ちゃんが3人もできるなんて……!)
厳密には、
本当と家族との再会に景信は、どうすればよいかわからずその場に立ち尽くしては項垂れた。
いきなり姉ができたという感覚の方が全面的にある景信にすれば、彼女ら三姉妹は初対面も同じ。接点もない相手をいきなり軽々しくお姉ちゃん、などと呼ぶのはいささかハードルが高い。
そして何よりも彼女達を本当の家族だと認めてしまうことは、これまでの人生に自らの手で幕を引かせるのも同じ。
できるわけがない――景信は強く拳を握った。
その時「景信ちゃん」と優しい声に自分の名を呼ばれて景信はおずおずと顔を上げた。
3人の女性が、笑みの中にどこか悲しい
そんな彼女らの様子に、景信は胸の辺りにずきりと走る痛みに顔をわずかにしかめた。
原因は他の誰でもない、自分にあるなどとは景信も重々理解している。いくら初対面と認識していようとも決して心地良いものではない。勝手に悲しそうにしているのはそっちだろう、などと思える冷酷な人間であったなら今ばかりはどれだけ気楽だっただろうか……景信は思った。
「えっと……まずはおはよう景信ちゃん。やっと起きてくれたのね」
「……失礼ですけど、あなたたちは?」
「――、ッ……私達はあなたのお姉ちゃん。家族よ」
「家族……」
「私は一番お姉ちゃんの
「ウチは
「わたくしは三女の
「…………」
「――、こんなところにいたのね!」
突然、一人の女性がこの広場にやってきた。
パタパタと駆け寄ってくる彼女に対する景信の
「お母さん!?」
「お、お母さん!?」
思わず虎美に景信は尋ねてしまう。
虎美が嘘を吐いている、と景信がそう思ったのも無理もない話だった。
何故ならば虎美が母と呼称したその少女は、彼を含めれば4児の母と思えぬほど若々しかった。
10代後半であると説明されてもなんら違和感もない。そして、比較することは極めて愚かしいことだし失礼極まりない、とそうと理解していても景信はつい記憶にある母とこの少女にしか思えぬ母とを比較してしまった――顔も胸も、こっちの方が断然上だ。草野球チームとプロ野球チームぐらいのわかりやすい、絶対的な差が二人にはある。
「あぁ、信ちゃん……よかった。あなたが無事で本当によかった」
「あ、えっと……その……」
「あ……そう、だったわね。私は
「う――」
「う?」
「……いえ、別に」
「ど、どうしたの? どうしてお母さんから顔を背けるの信ちゃん?」
「…………」
思わず、お前のような母親がいるか、とすこぶる本気で叫びそうになった。
それはさておき。
母という認識がない景信にとって、本当の母も一人の異性にしか見受けられない。
虎美の時と同様に、力いっぱいに抱擁を受けている景信は柔らかな二つの感触にドギマギせざるを得なかった。
しかし景信がいくら彼女を引き離そうとしても、まるで磁石のようにぴたりとくっついて離れる素振りを一切この少女……もとい母は見せない。寧ろ引き離そうとすればするほどに、その力は抵抗の意志を示すかの如くどんどん景信の身体を締め上げていく。ぎりぎりと骨の軋みに、景信が苦痛の
「……ごめんなさい信くん。だけどあなたが病院から急に失踪したって聞いて、本当に私達は心配したんだから……」
「…………」
「さぁ……私達の家に帰りましょう?」
「――、俺は……あなたたちを家族とは、思えません」
率直に自分の気持ちを景信は述べた。
自身にとっての真の家族は彼女達ではない。
無理矢理自分を納得させて、家族と思うようにしても、そんな生活は長続きはしない。
付け加えると、本当の家族は美女ばかりであるのに対して自分が至って平凡という事実が景信を軽い自己嫌悪へと陥らせた。これでも学校ではイケメンランキング第三位に選ばれた実績がある、のだが夢だとするとこの輝かしい成績は無効だ。
彼女らを薔薇園として比喩するなら、さながら自分はジャガイモだろう……自嘲気味に景信は笑った。彼女らの中に含まれることは、大変居心地が悪そうだ。
「そんな悲しいこと言わないで景信ちゃん!」
「そうそう、ウチら超仲良し姉弟じゃん!」
「景信……今のあなたはまだこの現実を受け入れられていないのでしょう。そしてその苦しみを、
「…………」
「ですが、例えあなたがなんと言おうとわたくし達は家族なんです。だからわたくし達からこれから先ずっと景信、あなたを支えていきます。どれだけ時間が掛かろうとも、必ず以前のように……いいえ、以前よりも楽しい時間をすごせられるように」
三女……清華と名乗った女性の言葉が景信の心に深く突き刺さる。
そこに便乗するかのように虎美と朱音に抱擁された。優しい温もりが景信の身体を包み込む。
「そうよ景信ちゃん。だって私達は皆が羨ましがるぐらい仲良し姉弟なんだもん。可愛い弟が困ってたら助けるのがお姉ちゃんの役目よ」
「そゆコト。ノブは笑ってるのが一番いいんだから」
「虎美姉さま朱音姉さまもずるいです! わたくしも……!」
「うおっ……」
「……信くん、これが私達家族の思いよ」
正面と背後、美人三姉妹からの抱擁を受ける景信に母が優しく語り掛ける。
「今のあなたは混乱しているだけ――それじゃあ帰りましょう? 今日は信くんの好きな里芋の煮っころがし作ってあげるから」
「お母さんの里芋の煮っころがし、得意料理だもんね」
「――、ッ」
好きなものを言い当てた彼女……紫苑の言葉に景信はハッとした。
奇しくも二人の母が得意とする料理が一致していた――親なのだから子供の好みぐらい把握していて当然である。
彼女達が本当の家族だ、とこの事実を思い知らされる度に景信は心を取り乱す。
「……行きましょう、景信ちゃん」
手を引かれるがまま、景信はゆっくりと歩き出す。
思考に著しい乱れが生じ、心身共に万全でなく正常に作動しない今の景信に抵抗するだけの気力も力もなかった。重苦しい空気のまま、しかし手の中の温もりを確と感じながら景信は本物の家族と共に広場を後にした。
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