忘却の淵
蓬葉 yomoginoha
忘却の淵
去年は
大体の人は年を取るとお墓参りなど行かなくなるだろうが、私たちは
この話は母方の実家に行った時の話だ。
その年は、私、母、妹の三人で母方の実家に向かっていた。
暖かい、海沿いの集落で、畑があり森があるような、自然の綺麗な
あの頃はまだ
「みかんばとってくっさけ」
「ばばちゃん、おいもいくで」
いつもと違う
「お姉、お外行こ」
当時の妹はまだ
「外?」
「海行きたい」
「だめだよ。ママに聞いてみないと」
「海行きたいー!」
「そう言われても……」
「行きたい行きたい行きたい!!」
こうなるともう手をつけられなくなる。余談だけれど現在の妹も似たようなところがあって、男性と付き合っては別れ、付き合っては別れしている
しかたなく私は妹の手を取った。
海と言っても、
サンダルのまま海に入って、少しだけ水の
夏の海なのに、遠くの方にサーフィンをしている人がいるだけで、他には誰もいなかった。
「涼しいね、
「気持ちいいねー」
私はお姉ちゃんだから、妹の
「もうちょっと奥行ってみる?」
「あかりおよげないから、やだ。うきわ持ってくる」
そう言うと妹は
ほっとしている自分がいた。
当時の私にとって妹は、可愛らしい反面、
小学生中学年だったし、まだ両親に甘えたかったのに妹が優先された。
それなのに「
「なんで私の方を向いてくれないのに命令してくるの」、と。
妹が
だから私は、普段だったら絶対にしないような行動に出たのだ。
都会のプールとは違う涼しさがあった。
服はいうまでもなくびしょ
けれど、きっと大丈夫だと私は思っていた。
なぜか実家に帰って来た時の母は優しいから。ようは
ちょっと
そう思ったときだった。
姉ちゃん……
背後から腕が回ってきた。さっきとおんなじ、幼さの残る腕だ。
きつく抱かれているせいでうまく首が回せない。
「どうしたの明梨。浮き輪あった?」
「……」
「明梨?」
後ろから回された腕はなんとなくいつもより白く見える。
「
「寒い? っ……!」
私ははっと息をのんだ。
前に妹が
しかし、今はその時とは温度が真逆だ。
「駄目……早く上がらないと!」
身をよじってそう訴えた。しかし、彼女は身体を動かすどころかさらにきつく抱きついてくる。
「
「だから……!」
「なんで……?」
「え?」
「なんで。なんで……」
「明梨?」
「なんで……! なんでっ!」
「どうしたの……」
「お姉?」
「え?」
瞬間、腕の感覚が、なくなった。
あれだけきつく抱きしめられていたのに、まるで幻だったかのように。
振り返ると、浮き輪でふわふわと浮きながら、こちらに妹が来るところだった。
「あ、明梨……」
「おもしろいねー海」
けらけらと楽しそうに笑う妹。明らかに今来たという様子だ。
じゃあ、さっき後ろから来たのは、誰?
ぞわり、
近づいてきた明梨に、私は飛びついた。
「わっ! ちょっとお姉、何?」
「戻ろう……。海、怖い……」
「え、ええ……?」
水の中で、腰は抜けていた。だから浮き輪に縋りついて、砂浜まで戻った。
妹はアヒルのように、必死に足をばたつかせてくれた。
その後の記憶は、何故かない。
家に戻ったのは確かなのだけれど、どうやって戻ったのか、家族とどんな会話をしたのか、全く覚えていない。
次回完結
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