第五話

「すげー手っ取り早く言うと、人形が埋まっててやべーんすよ。ここ」

「はい?」

「手っ取り早く言い過ぎたんで、ちょっといっすか?」

 ちょっと失礼します、と言って904号室を出て行った二階堂は、しばらくして分厚いファイルを一冊持ってきた。背表紙には「井戸の家関連」と印字された幅の広いテープが貼られている。

「『井戸の家』って、確か前に――」

 黒木はいつだったか、見知らぬ女性に話しかけられたことを思い出した。

「あーそうそう、あのオバちゃんね」二階堂も同じ人物を思い出したらしい。「これから説明するっす。このファイル、どっかに広げていっすか?」

「ええ、何なに。二階堂くん何持ってきたの?」

 黒木は勝手に「こっちでお願いします」と言ってリビングの方に案内した。

「失礼しゃーす!」

 二階堂はそう言うなりテーブルの中央にファイルを置いた。

「ねえねえ、今重そうな音したけど本当に何やってんの?」

 志朗が怪訝な顔でリビングに入ってくる。その後をなぜかついてきたゆるぼが、廊下とリビングの境目に躓いてエラー音を立て始めた。

「二階堂さんがA4くらいのファイル持ってきました。来客があると困るんで、こっちで広げていいですよね?」

「それはいいけど、何? そのファイル」

「ここ関連っぽい資料集めてたらこんなんなりました」

 二階堂が答えて、さっそく表紙をめくる。

「えーっ、さっきドスンって音したよ。そんなになる?」

「まー、全部本物かどうかはマユツバっすけどね。あと古い雑誌とか切らないで入れてるんで無駄に厚いんす。一応時系列になってんすけど……これかなー。昭和二年の地方新聞」

 二階堂はまめにポケットを使い分けているらしい。雑誌一冊が丸々収められているものもあれば、ポケットひとつに小さな切り抜き一枚が収められている箇所もあり、これは資料が厚くなるのも道理とうなずけた。

「これこれ、『境町の生き人形騒動』ってあるでしょ」と言いながら二階堂が指さしたのは、古い新聞記事の複写と思しきものだった。乳母車を押す女性の挿絵が印刷されており、オカルト記事のイメージ画という雰囲気には乏しい。活字がところどころ掠れていて読みにくいが、

「要するに、この辺の資産家何某の奥さんがまだ幼い娘を亡くしたと。で、その娘に似せた超リアルなでかい人形を作って抱っこしたり、乳母車に乗せたりして歩き回っている。で、その人形と目が合ったとか、服を引っ張られたとかいう人が続出している。みたいな内容っすね。いやー、ヤバイっすね。何がヤバイってこの味わい的な? この『真夏の怪事件! 近隣住民戦慄』みたいなうさん臭いタイトルからのこれっすよ。今絶対載らなくないすか? こういうの」

 と、二階堂が早口で解説してくれた。

「何か二階堂さん、楽しそうですね……」

「まぁちょっとこういうの好きなんすよ。新聞のトンデモ記事みたいなやつ……で、この資産家何某というのが、当時ここに住んでた一家らしいんですね。昔はここにでかいお屋敷があって、古堀こぼりって一家が住んでたそうなんす。亡くなった娘さんというのもちゃんと実在してまして」

 生き人形騒動の記事にはピンク色の付箋が貼られており、黒いボールペンで「古堀シヅ子大正14年9月7日没(塔明寺に墓あり)」と書かれている。これも二階堂が貼ったのだろう。

「まー、この辺の古い家は大抵この寺の檀家だっていうんで、古堀家の墓を探すのは比較的簡単だったんすよね。コレ写真っす」

 とまたページをめくる。示されたポケットには、年季の入っていそうな墓石の写真が収められており、裏面には「大正十四年九月吉日建立」とあった。墓誌にも「古堀シヅ子」の名前が戒名と共に彫られている。行年七歳とあり、「たぶんこれは数え年っすね」と二階堂が補足した。

「この件に関しては、この辺に住んでた人からもちょっと話聞けました。まぁ古い話だから又聞きっすけど……なんでもこの資産家の奥さんってひとが、人形をしいちゃんしいちゃんって呼んでて、気味が悪いけど可哀想だったってその人のおばあちゃんが」

「呼ばない方がいいよ」

 いつの間にかダイニングチェアに腰かけていた志朗が口を挟んだ。

「うっかりじゃなあ、二階堂くんは。その子の名前、この部屋で呼ばない方がいいよ」

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