育ての親

NADA

推し活

ある初夏の日の放課後

家に帰ると、イモちゃんはいた

お隣のミカンの木にいたの、と母

ミカンの葉っぱをモリモリと食べている

プラスチックの苺のパックの空箱にサランラップの屋根

その中で、イモちゃんは緑色の体に黒の斑点でもこもこと動いていた

芋虫や毛虫なんて、気持ち悪くて嫌だったけど、アゲハ蝶の幼虫のイモちゃんは、フェルト生地みたいにふわふわしていて、かわいかった


飼ってみる?と母が言う

小学二年生の私は、好奇心いっぱいで、うん!と答えた

こんなイモ虫が、本当にアゲハ蝶になるの?

その日から、私はイモちゃんの育ての親になった


母はいろいろなペットを取っ替え引っ替え飼って、私たち姉妹に世話をさせた

姉も私も動物が好きだったので、喜んで世話をした

犬、猫、ハムスター、うさぎ、インコ、金魚…

ありきたりのペットは当然のこと

珍しいところでは、モモンガ、フェレット、亀、ヒヨコなど

ペットショップのような家だった


イモちゃんのことを、姉はかわいく思えなかったようで、イモちゃんは私の担当になった

朝、お隣からうちの庭にはみ出しているミカンの木の葉っぱを何枚かちぎって、イモちゃんに朝ごはんを調達する

そして、小学校から帰るとイモちゃんハウスの掃除

コロコロとしたイモちゃんのフンとかじられた葉っぱを片付けてきれいにする

新しい葉っぱのごはんをあげる


掃除中、イモちゃんとの触れあいタイム

イモちゃんを手のひらの上で遊ばせる

イモちゃんの肌触りはさらっと乾いていて、柔らかく、体の表面を撫でると何とも言えない癒され感があった

モコモコとした動きも気持ち悪さよりもかわいい感じがした

毎日見ていると、本当に愛着がわいて小学生なのに謎の母性本能をくすぐられた

学校から帰ると、イモちゃんのところへまっすぐ走っていって、ただいまー!イモちゃん、お腹空いた?と声をかけた

宿題は後回しで、友達と遊ぶ前にも必ずイモちゃんの世話をしてから出かけた

私のイモちゃんの推し活の日々は二週間程続いた


気がつくと、イモちゃんはサナギになっていた

箱の隅にぶらさがって、変化していた

その日から私は、暇があればサナギの様子を見にいった


そんな私の気持ちを察してか、日曜の朝、珍しく早起きした私がサナギを見にいくと、サナギが動いた


数十秒のことなので、見逃すことなく見られたのは、とても幸運なことだった

サナギになったイモちゃんは、華麗なる変身をとげて、美しいアゲハ蝶となり登場した

私は10センチくらいの距離で最初から最後まで、マジマジと観察した

一言も声を発さず、息を飲んで見守った

生命の不思議、感動

イモちゃん、ありがとう

もう、イモちゃんじゃないね、アゲちゃんだね


アゲちゃんは、折れていた羽を伸ばしきると、私の手の上に乗り、窓から飛び立った


窓の外で一周円を描くように飛ぶと、空へ旅立っていった

アリガトウ、そう言っているようだった


何年か後、暖かい春の日に窓の外にアゲハ蝶を見つけた

アゲちゃんが飛び立った窓だ

アゲハ蝶は円を描くように飛び、去っていった


あれは、アゲちゃんの子孫?

代々言い伝えて、感謝をしにきてくれたのだろうか

今でも、芋虫毛虫は苦手だが、アゲハの幼虫とアゲハ蝶だけは、私の推しだ

今年の春も、またアゲハ蝶が挨拶に来てくれたらいいな



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

育ての親 NADA @monokaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ