いつのまにか僕らは春だった

hibana

第1話 僕らは停戦協定を結んだⅠ

 在原ありはら栞乃しのは右手を上げて、宣言した。


「我々はここに停戦協定を結ぶことを、宣言いたします」


 校舎の屋上。青い青い空の下、近頃すっかり春めいた季節。澄んだ声はどこまでも通る。

 一番最初に口を開いたのは鉢倉はちくら深優姫みゆきだ。「てか、うちら戦争してたんだっけ?」と尋ねる。

 昼飯を食っていた田所たどころよう源元みなもと惇平じゅんぺいもようやく顔を上げた。

「戦争みたいなもんだろ、もう。この状況」

「平和な戦争だね」

 陽は苦笑いで、惇平はとぼけたような顔で、それぞれコメントした。


「数日前、私たちは衝撃的な事実を知ることになりました。すなわち…………」


 栞乃はまず自分のことを指さし、「私は陽が好き」と顔を赤くしながら言う。「おー……」と陽もちょっと頬を赤らめて頭をかいた。

「陽はみゆきちが好き」

「そうらしい」と深優姫は肩をすくめる。

「みゆきちは源元くんが好き」

「びっくりした」と惇平は言葉とは裏腹に無表情だった。

「源元くんは……私のことが好き」


 自分で言っていて恥ずかしくなったのか、栞乃は「ひっちゃかめっちゃかだったのです!」と言い切る。

「実際さぁ、田所があたしのこと好きなのはまあ置いとくとして、」

「なんで置いてかれた? どこに置いた?」

「あたしもじゅんぺーくんにグイグイ行ってたから全員既知だと思うけど」

「グイグイ来てたの? 全然気付かなかった」

「それはお前がおかしい。鉢倉は全力を賭していた」

「でもじゅんぺーくんが栞乃ちんのこと好きなのは衝撃だった。いつから?」

「割と最初の頃から。俺もグイグイいってたけどね、10回に1回は下の名前で呼んでみたりして」

「気分の問題じゃん」

 でもほんとだよ、と惇平は言う。「こいつ顔に出ねえからなぁ」と陽は頭を掻いた。

「まあ、確かにひっちゃかめっちゃかではある」

「戦争だよ、戦争」

「というわけで停戦です! 卒業まで全員、不純異性交遊禁止!」

「マジかぁ……ほんとにやる流れかぁ。あたし、好きな人と放課後デートとかしたかったな……」

 ちょっと駄々をこね始めた深優姫に、負けじと栞乃が駄々をこねる。「だってだって」と栞乃が腕を振り始めたので、全員ぎょっとした。

「他に友達いないんだよ!? みんながいなかったらぼっちだよ私!! 高一の終わりにぼっちはきつい!!」

「ぼっちとまではいかないけど、オレたち4人でいすぎて他にこれぐらい仲いいやつっていねえんだよな」

「それは……まあ……確かにね。4人で集まれなくなったらあたしも困るケド」

 でもさぁ、と深優姫は紙パックのミルクティを飲みながらフェンスに寄り掛かる。「仲良くできる? 全員の気持ちを知った上で」と問題提起した。「男子組も女子組も、お互いがライバルなんだよ?」と。それに対し陽が「あーできる。全然できる」と何でもなさそうに答えた。惇平も「ライバルではあるけど敵じゃないから」と瞬きをする。

「俺たちはこの事実が発覚したその日にラーメン屋に行って、お互いの健闘を祈ったから」

「考えてもみろ。こいつが頑張ったって別にオレの邪魔にはならないし。むしろ頑張ってもらった方がいいまである」

「た、たしかに……」

「それはそれとして俺は田所のこと好きじゃないけど」

「え?? なんで?? そうかもしんないけどなんで今言ったの??」

 それには答えずに惇平は「別にいいんじゃないかな、このままで」と呟いた。納得しかねる様子だった深優姫も、腕を組みながら「みんなそう言うなら、まあいっか」と肩をすくめる。


 じゃあ、と言って栞乃が全員にペットボトルを差し出した。

「これは?」

「義兄弟の盃です」

「なんでいきなり任侠??」

「私たちは恋なんかしません、兄弟だから」

「義兄弟の盃ってそういうもんじゃないと思うよ」

 早速蓋を開けた陽が「うわっ」と言いながらすぐ閉めた。中身はサイダーのようで、溢れて制服を濡らしている。陽は「振った?」と栞乃に確認したが、先に惇平が「さっき駄々こねたとき揺れたんだろうね」と推測した。

「うわー……全員分溢れるんじゃない?」

「陽のだけだよ、たぶん……」

「だとしたら逆になんでオレのだけ溢れるんだよ」

「田所はそういう星のもとに生まれてるから」

「田所はそういう星のもとに生まれるべきだから」

 わけわかんねえ、と言いながら陽はジャケットを脱ぐ。「乾かしとけばセーフかな」と独り言ちた。

 全員が恐る恐る蓋を開けるのを見ながら、「てかこれどこで買ったやつ?」と陽はしげしげとペットボトルを眺める。「1階の自販機だよ」と栞乃が答えた。


「桜味ってさ……何味なのかな」と陽が暇そうに問いを投げかける。

「桜味なんじゃない?」と惇平が真顔で答えた。


「哲学、だね……。私たちは桜を食べたことがないけれど、桜味の食べ物は口にしている」

「それさぁ、うちら中学のとき議論したわけよ」

「議論したの?? オレ、冗談で言ったんだけど」

「『桜の香りのことを言っている説』と『桜餅の味がする説』と『なんかそれっぽい色をつけてるだけ説』に分かれたんだけど」

「ある」

「この飲み物はどれかな」


 おっかなびっくり蓋を開けたものの、結局溢れたのは陽のペットボトルだけだった。「かんぱーい」「義兄弟の盃って乾杯するもんか?」と言いながら全員でサイダーを口にする。

「……味がしない」

「ナメてますわ消費者」


 ぶうぶう文句を垂れながら、その場に腰かけて4人は昼食にした。

「卵焼きくれ」

「いいけど……陽のお昼ごはん、パンだけ?」

「在原さん、俺にも卵焼き恵んでください」

「栞乃ちん、あたしにも卵焼きちょうだい」

「明日から全員分の卵焼き作ってきた方がよさそう」

「ついでに白米持ってきて」

「卵焼きと唐揚げと焼き鮭と白米セットで250円」

「買った」

「売店でパン買うより安いじゃん……ダメだよそんなの栞乃ちん……」

 冗談だよ、と栞乃は言う。「え、冗談? 俺、明日から在原さんの弁当食えるって本気で思ってたけど」と惇平がショックを受けた様子だった。

「あたしがお弁当作ってきてあげようか、じゅんぺーくん」

「おっと停戦」

「ちなみに得意料理なに?」

「たこ焼き」

「今度の休み何するか決まったな」

「あたしんち来んの? 田所以外ならいいよ」

「オレもいいだろ?? オレは人んち行くときちゃんとした手土産持っていくことで有名だよ??」

「ハーゲンダッツね」

 顔をひきつらせた陽が「オレがオレであるってだけでダッツがなきゃ許してもらえないのか?」と頬杖をつく。「違う違う」と深優姫は首を横に振った。「普通、女の子の家に行くにはダッツぐらいなきゃダメなの。栞乃ちんとじゅんぺーくんが特別なだけ。だから田所はダッツを持ってくるべき」と言い切る。ため息をついた陽が「なるほど心得ました」と苦笑した。


「じゃあ週末はタコパということで」

「今ならなんとダッツもつくぜ」

「最高じゃんか」

「材料持ち寄りでいいの? ふざけるの禁止ね、特に田所」

「オレは食い物でふざけねえって」


 予鈴が鳴る。「やばっ」と栞乃が言った瞬間には他の3人はクラウチングスタートをキメていた。「待ってよ!!」と言いながら栞乃も走り出す。鳴り終わるまではセーフ、と陽たちが教室に滑り込んでいった。廊下を反対方向から悠々と歩いてきた教師が、「在原ァ! 廊下を走るな!」と叫び、栞乃だけが「ごめんなさぁい」と泣く羽目になった。

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