『川べりの家』

石燕の筆(影絵草子)

第1話

その貸家は川縁にあって、ちょうど川を挟んだ向こう側にも同じような貸家が立ち並ぶ。 ただ、向こう側とこちらでは、同じ人間というだけで、関係はほとんどない。 私は、貧しい家庭のために、たまに川から流れてくるビニールの人形や車輌のとれた車の玩具なんかで退屈をしのいだ。


幼い妹と暮らす日々は、それなりに楽しかったが、 毎日毎日、ろくに働きもせず盛りのついた犬のようにいい歳をした大人の醜態を見せつけられたのではたまったものではない。 父親の背中には、入れ墨があり、そこには観音様が描かれていたので、父親には信仰心があるのかと思っていたが、


神も仏もないような人だったので、戯れに入れているだけというのが私の見解だった。 暴力という言葉が日常的になると、逆にそれが普通になり、 泣き叫びながらただ、殴られ痣だらけになった母を見てもさほどかわいそうとは思わなかった。ただ、妹といつかこの腐り果てた家を出ていこうと金を盗んだりして、 ひそかに貯金をしていた。  母は、いつの間にかほかの男と出ていった。 ぼくらはおいてけぼりを食らったのである。 父は寝たきりになり、ろくに食事も与えないからミイラのように痩せ細った。



父が最後に、自分たちにこう言った。 『ぼーたち、ワシが死んだらあの川さ投げてくんろ』 骨になった父親を、川に撒くと、 川下へ流れていく。 この川は、天国に続いているのだとしたら父親は、極楽浄土に行けるだろうか。 ぼくたちは、みなしごだ。


明日は、知らない。



貯めたお金で、妹にアイスクリームを買ってやろうとしたが、 私には妹なんていないことに気づいた。 川の水面には、私が映る。 夕立が、降りだした。


明日は、知らない。



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『川べりの家』 石燕の筆(影絵草子) @masingan

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